Perfect Days / ヴィム・ヴェンダース監督
ヴィム・ヴェンダース監督の「Perfect Days」を見る。世間の評判の高さに比して、残念ながら自分はこの映画にはあまり共感が持てなかった。そもそも映画内でも明確に示されるが、平山(役所広司)が作業服の背中に背負う「THE TOKYO TOILET」とは、渋谷区内の公共トイレの刷新プロジェクトのことで、この映画製作は、というよりはヴィム・ヴェンダース監督自体がそのプロジェクトのPRのために召集されたという経緯である。
だからこの映画の各所に於いて、そういう広告臭さ(あるいは胡散臭さ)を、自分は感じてしまうのだ。例えば潤沢な資金を振り分けただろうキャスティング、もちろんヴェンダース監督自身がその筆頭なのだが、主役の役所広司を囲んで、居酒屋のママの石川さゆりには歌まで唄わせ、彼女の元夫には三浦友和を配するという念の入れようなのだが、正直なところ「映画の」プロットから考えても、かような過剰であざとい配役がどうにも鼻につく。正直俳優の無駄遣いだろう。「こんなふうに生きていけたなら」というコピーにしても(よくもまあ)…。
もっとも、1945年生まれで、79歳にして「禅僧」と化したかのようなヴェンダース監督は、その欺瞞を認識しつつもあえて排除しなかったわけである。その点は賞賛に値するだろう。
映画の全体を通してみれば、誰もがそこに「小津」の存在に気づくだろう。とはいえ、その映像はローアングルでもなく、固定カメラも使わずに、また唐突に置かれた静物の描写(!)も無くして、それでも「小津映画」を感じることがあるとすれば、それは一体何ごとなのだろうか。しかも形式で映画を見れば、それはまさにヴェンダース仕様の小さな軽バン・ロードムービーなのである。
ひとつには小津安二郎監督が「家族」を、それも戦後の「壊れかけた」家族関係を撮り続けたことと関係があるだろう。もちろん「東京物語」他、主演する笠智衆の背負う役名である「平山」を、今回の「Perfect Days」では役所広司が引き継いでいることは言うまでもない。
役所広司の扮する「平山」は、古びたアパートで一人暮らしをする寡黙な清掃作業員である。彼がこのような生活を送っている理由は、映画の後半になるまで明かされない。自分は上記のように「Perfect Days」のキャスティングに批判を加えたが、唯一素晴らしい抜擢だと言えるのが、平山の姪、ニコを演じた中野有紗であろう。
平山には妹がいて、その娘がニコだ。その久方ぶりの再会(というか「家出」をして平山のアパートを訪ねてきたのだ)、平山と若い姪っ子との思いがけない「交流」を通じて、隠された平山の「家族関係」が明らかになっていく。その過程の美しさ。自転車を連ねたロードムービーの行先が平山自らへと向かう時、映画のスピードは加速する。
笠智衆が「小津映画」で築いてきた「日本の父親像」と、そしていまだ家父長制度に振り回される日本の「家族」の肖像と、役所広司の「平山」は戦っていた。もともとは父親の庇護の元で豊かな暮らしをしていたはずだ。それが清掃作業員「平山」の実態である。あるいはこの映画の登場人物は皆、日本という構造の生き辛さに苦しんでいると言ってもよいだろう。ニコもまた然り。
だから、考えようではあるが、三浦友和扮する男との絡み(遊戯)は、平山の父親(代理)との「和解」であるとも考えられなくもない。見上げるばかりの大木とその葉の隙間から溢れる眩い光。足下の若い芽。それらのモチーフもニコの登場により、それぞれが意味を持って来るだろう。
監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:役所広司 | 柄本時生 | 中野有紗
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