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すばらしき世界/西川美和監督

2021-03-27鑑賞

西川美和監督の『すばらしき世界』を見る。
https://wwws.warnerbros.co.jp/subarashikisekai/about.html

『すばらしき世界』は、1990年に出版された佐木隆三のノンフィクション小説「身分帳」をもとに、西川監督が設定を現代に据えて翻案した作品だという。身分帳とは、収容者の経歴や入所時の態度など全てが記された刑務所での書類のことをいう。物語は三上(役所広司)が13年の刑期を終え、雪深い旭川刑務所から出所する場面から始まる。

身分帳は、本来ならば本人に公開される類のものではない。裁判の証拠として提出されたそれを三上自らが書き写し、出所にあたり私物として持ち帰ることが許された。「母親を探す手掛かりに」とテレビ局に送られたそれは、元制作会社の社員で小説家を志す津乃田(中野太賀)の所に届けられた。「殺人犯」の詳細な記録に恐れを禁じきれない津乃田だが、やり手プロデューサーの吉澤(長澤まさみ)の強引さも手伝い、三上への「取材」を引き受けることになる。その「取材」を契機とし、「犯罪者」である三上の「人生」が徐々に明らかになっていく。

三上という人間は、人当たりが良く実直で、また生真面目で几帳面な男なのだが、一方でその生い立ち故、自分でも制御不能な暴力性をも合わせ持つ。三上の人柄は、彼を親身に思う人の輪を広げ、彼ら市井の人たちの支えによって、少しづつ自立へと向かっていくのだが…。

西川監督の映画を見るのは今回初めてだが、彼女の社会に向けられた眼差しは強く、かつ繊細だ。三上についてはもちろん、彼の周りの「普通の」人たち、身元引受人の弁護士夫妻(橋爪功/梶芽衣子)、スーパーの店長(六角精児)、生活保護の担当官(北村有起哉)、また津乃田や吉澤らについても、三上と向き合わせることで、弱者に不寛容な現代の社会に生きる、彼らひとりひとりの人生をも透かして見せるよう、丁寧に撮影され、描写されている。

世にありがちな業が深いTVプロデューサー像を背負う吉澤にしても、会社や社会から彼女自身が受ける抑圧については想像に難くないし、三上の勤務先の介護施設の職員たちもまた悪意だけの人間というわけでもない。映画はそのような私たちの「世界」のありようを「すばらしき」ものとし、そのことを私たち自身に問いかける。

三上と真剣に向き合い小説に書くことを誓う津乃田だが(とりもなおさず社会と向き合い自分自身と向き合うことでもある)、それは映画の原案となる「身分帳」の執筆を手がけた佐木隆三に捧げられた役でもあろう。

監督:西川美和  
出演:役所広司 | 仲野太賀 | 六角精児

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