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従業員教育の新時代-「勉強してはいけない」という挑戦

 川上真史ビジネス・ブレークスルー大学教授の「企業と心理学 トピックス #3『勉強』してはいけない」というテーマは、企業や組織における教育と学習のあり方に対する深い洞察を提供しています。

 この視点は、私が長年関わってきた人事領域においても非常に重要な示唆を与えるものでした。従業員のスキルアップについて、教育の機会・メニューを取りそろえること中心に考えがちですが、それだけでは不十分です。
 川上教授の提言を掘り下げ、企業における学習の実践にどのように応用できるかを考察します。私も、ビジネス・ブレークスルー大学大学院を修了しました。同大学は「教えない大学」ということを打ち出していました。その点でも納得する点もあります。


学習への従来のアプローチの問題点

 多くの企業では、従業員の教育や研修が一方的な知識の伝達や技能の習得に重点を置いています。このトップダウンで一方向のアプローチは、個々人の興味関心や動機づけを無視しがちです。学習する個人のモチベーションや学習内容がその人の実務やキャリアにどのように結びつくかという観点をしばしば欠いているのです。さらに、そのようなプログラムは、しばしば企業が一方的に決めた内容や形式を従業員に課すものとなり、個人のニーズを十分に反映していません。加えて、そうした従来型の学習は、従業員にとって義務や負担と捉えられがちで、そのプロセスが内発的な動機付けや自己実現に結びつくことが少ないのです。

「勉強」という概念の再評価

 川上教授は、「勉強」という行為が持つ負のイメージに注目します。中国語における「勉強」が持つ「いやいや何かに取り組む」「無理やり何かをやる」というニュアンスは、学習への否定的な捉え方を象徴しています。このように学習が強制や義務と結びつけられることで、それ自体が嫌悪の対象となり、真の意味での学びが阻害されてしまいます。このような視点は、学習を単なる義務ではなく、自らが真に関心を持ち、実生活や仕事に役立てたいという欲求から自発的に行うものとして再定義する必要があることを示唆しています。

企業における学習の新たな実践

 この新しい視点を踏まえ、企業における学習プログラムの設計においては、従業員が自らの意志で積極的に学習プロセスに参加することを促すアプローチが求められるでしょう。具体的には、以下のような方法が考えられます。

  1. 実践的な学習
     
    学びは実際に自分で試し、経験することから最も効果的に得られます。企業は、シミュレーション、プロジェクトベースの学習、実務に密接に関連したケーススタディを通じて、従業員が実際の課題解決に取り組む機会を提供するべきです。このようなハンズオンの学習は、理論知識の座学だけではカバーできない実践的なスキルの習得を促進します。

  2. 自主的な探求
     従業員が自ら問題を定義し、解決策を探究するプロセスは学習をより意味あるものにします。これは、研究プロジェクトの立ち上げ、自己学習の時間の設定、オンラインリソースや社内ライブラリへの自由なアクセスを提供することで促進されます。こうした自主的な学習は、単に与えられた知識を受け入れるだけでなく、新しい知見を自ら発見し、創造的な問題解決力を育むことができます。

  3. 即時の応用
     学んだ知識やスキルを直ちに実務に適用する機会を提供することで、学習の効果を高めることができます。これには、オンザジョブトレーニング、ロールプレイ、メンターシッププログラムなどが考えられるでしょう。理論と実践を効果的に結びつけることで、学習内容が実際の業務パフォーマンスの改善につながります。

  4. コラボレーティブラーニング
     学習が一人で行うものではなく、チームで共に学ぶプロセスを重視することも重要です。ディスカッショングループ、学習サークル、相互コーチングなどを通じて、多様な視点や経験を共有し合うことができます。このようなコラボレーティブな学習は、社員同士の絆を深め、組織の知的資産を共有・拡大する上でも有益です。

  5. パーソナライズされた学習体験
     一人ひとりの個性、学習スタイル、キャリアゴールに合わせて学習機会をカスタマイズ
    することで、より意欲的な学習が可能になります。ラーニングマップやカリキュラムの自由なる選択、eラーニングコンテンツのオンデマンド提供など、柔軟で個別化された学習体験を提供することが重要です。

エンゲージメントと自己実現の促進

 川上教授が指摘するように、学習プロセスがエンゲージメントと自己実現のレベルを向上させることは、従業員が仕事においてより高い満足度とモチベーションを感じることに直結します。個々人が自発的に学習に取り組み、自らのニーズや関心に基づいて知識を吸収できる環境が整えば、学習は単なる義務や負担ではなく、自己成長のための機会となります。これは、従業員が自分の仕事や組織内での役割をより深く理解し、その中で自分自身を実現していく過程となります。自己実現を果たせる従業員は、やりがいと充実感を持って業務に臨むことができ、パフォーマンスの向上にもつながります。

組織文化との統合

 企業が従業員の学習と成長を真に支援するためには、学習文化の醸成が不可欠です。これは、組織全体で学習と個人の成長を価値あるものとして認識し、奨励する風土を作ることを意味します。具体的には、学習機会を積極的に提供すること、上司や同僚から学習を後押しされること、個人の成長が人事評価に反映されることなどが重要となります。さらに、リーダー自らが常に学び続け、学習するロールモデルとなることで、組織全体に学習の重要性を示すことができます。

 また、従業員が自発的に学習を行うためには、時間や資源を確保することが不可欠です。学習のための特別な時間を勤務時間内に設けたり、学習活動に必要な設備やツールを整備したりすることで、従業員が自身の成長に注力できる環境を整備することが大切です。さらに、学習を奨励するインセンティブ制度、報奨制度を導入することで、積極的に学ぼうとする風土を育むことができます。

 最後に、学習は個人のみならず組織全体の成長にもつながるという認識を組織内に広めることが重要です。従業員一人ひとりが学び、スキルを磨き、新しい知識を取り入れることは、組織の知的資産を豊かにし、革新性を高めます。さらに、多様な視点を持った有能な人材が組織内で活躍することで、新しいアイデアが次々と生み出され、創造性と競争力が大きく向上することが期待できます。このように、個人と組織の成長が好循環を生み出すことで、真の企業の発展が実現するのです。


モダンなオフィス環境内で様々な学習活動に取り組む従業員のグループを柔らかなタッチで描いています。プロジェクトに協力的に取り組む小さなグループ、本に深く集中する個人、仮想現実ヘッドセットで実験をする別の個人、そして年下の同僚に指導をするメンターが描かれています。オフィスは開放的な空間、緑の植物、豊富な自然光で設計され、ポジティブで魅力的な雰囲気を強調しています。オフィス全体には、壁に掲示されたモチベーショナルな引用句、書籍とデジタルリソースで満たされた図書コーナー、創造的なブレインストーミングセッションに捧げられたエリアなど、支援的な学習文化の兆しが見られます。


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