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心の深層に潜む影ーコンプレックスの心理学

 川上真史ビジネス・ブレークスルー大学教授の「企業と心理学 トピックス #6コンプレックス」というテーマは、コンプレックスの本来の意味、そしてコンプレックスをどのように扱うべきなのか、深い洞察を与えてくれました。

 まず、コンプレックスとは、自分の心の最深部に潜んでいる、直視することも思い 出すこともためらわれるような辛く苦しい経験や感情を、無意識のうちに強く抑圧し、心の奥底に封じ込めてしまった状態を表す心理学の概念です。これは、一般的に誤解されがちな劣等感とは本質的に異なる概念であり、複数の要因が複雑に絡み合って形成される、人の心の深層に根ざした問題です。

 コンプレックスに支配された人々は、以下のような特徴的な反応パターンを示すことが知られています。

同一視
自分には現状できないことでも、「自分も一生懸命努力を重ねればいつかはできるようになるはずだ」「単に今はやっていないだけであって、本当は自分にもその能力があるのだ」と自分に言い聞かせ、現実との乖離を感じないように無理やり自分を納得させようとする心理機制です。

反動形成
自分にはできないこと、あるいは現状の自分には手に入れられないものに対して、「そんなことをしても人生に意味なんてない」「そんなものには全く価値がない」と一方的に決めつけ、自己を防衛しようとする、現実から目を背ける反応です。

投影
自分の能力不足や置かれた環境的制約を直視することができず、「できないのはすべてあの人のせいだ」「今の状況が悪いからこそできないのだ」と責任を外部に転嫁し、自分の抱える問題から目をそらす心理的な投影メカニズムです。

 コンプレックスを根本的に解消するためには、長年にわたって抑圧され、無意識下に封印されてきた苦痛に満ちた経験や、それらが呼び起こす強い感情を意識の表層に呼び戻し、それらと真摯に向き合う勇気を持つことが不可欠です。そうすることで、それらの経験や感情が引き起こす心理的な苦痛を徐々に和らげ、最終的には克服することができるようになります。特に、自分は他者と比べて劣っているというコンプレックス(劣等コンプレックス)の場合は、自分にはできないと思い込んでいたことを実際にできるようになる経験を少しずつ積み重ねていくことが、解消への大きな一歩となります。

 一方で、日常生活の中でより簡便にコンプレックスをコントロールする方法もあります。それは、上述した3つの反応パターン(同一視・反動形成・投影)を自分が無意識的に示してしまった時に、即座にそれに気づく習慣を身につけることです。自分の反応を客観的にモニタリングし、コンプレックス由来の反応を出さないように意識的にコントロールすることを繰り返すうちに、次第にコンプレックスが行動や思考に与える影響力は弱まっていきます。こうしたセルフコントロールの積み重ねにより、人は徐々にコンプレックスの呪縛から解き放たれ、自分の意思で人生を切り拓いていけるようになるのです。そうすることで、一人一人がより自由で充実した人生を歩んでいけるようになるでしょう。

人事の世界ではどのように活用するか

 コンプレックスに関する考察は、人事領域においても大きな影響を与えます。私たちが目指すべきは、社員一人ひとりがコンプレックスの呪縛から解放され、自分自身の可能性を最大限に引き出すことができる環境を整えることです。これは、採用、教育、パフォーマンスマネジメント、キャリア開発など、人事が関わるあらゆるプロセスにおいて、中心的なテーマとなり得ます。

採用プロセスにおけるコンプレックスの克服

 採用プロセスでは、応募者のコンプレックスに配慮したアプローチが求められます。例えば、面接時には応募者が持つ劣等感や不安に対して共感を示し、その能力を正当に評価する環境を提供することが重要です。応募者が自己紹介や過去の経験を話す際、彼らがコンプレックスを感じる部分についても理解を深め、それを克服するためのサポートを約束することで、企業としての魅力を高めることができます。

教育・研修における自己受容の促進

 新入社員研修や階層別研修では、自己受容と自己成長の重要性を強調することが効果的です。自分の弱みやコンプレックスを受け入れ、それを成長の糧に変えることの重要性を学ぶことで、社員は自己肯定感を高め、より積極的に業務に取り組むことができるようになります。また、エンゲージメント向上のためにも、社員が自分のコンプレックスと向き合い、それを乗り越える過程をサポートすることは非常に重要です。

パフォーマンスマネジメントとコンプレックス

 パフォーマンスマネジメントでは、社員が自身の仕事に関するコンプレックスを克服できるようなフィードバックの提供が求められます。例えば、目標設定の過程で社員が自己評価を行う際に、彼らが自身の弱みだけでなく、強みや過去の成功体験にも焦点を当てるよう促すことが重要です。また、定期的な1on1のミーティングでは、社員の成長と自己受容を支援するポジティブなフィードバックを心がけることが、コンプレックスの克服に繋がります。

キャリア開発における自己実現

 キャリア開発のプロセスでは、社員が自分自身のキャリアにおける目標を設定し、それを実現する過程で自己成長を遂げることができるように支援することが重要です。社員が自分のキャリアに関するコンプレックスを乗り越え、自己実現を達成できるよう、メンタリングやキャリアコンサルティングを通じて個々のニーズに応じた支援を提供することが求められます。

まとめ

 コンプレックスの克服は、人事領域においても中核的な課題の一つです。社員が自己受容を深め、自分自身の可能性を最大限に引き出せるような環境を整えることで、組織全体のパフォーマンス向上に繋がります。これは、社員一人ひとりがより充実した職業生活を送り、組織としても持続可能な成長を遂げるための重要なステップです。人事担当者としては、社員が自分自身のコンプレックスに直面し、それを克服する過程を全面的にサポートすることが求められます。

心理学における「コンプレックス」の概念を視覚的に表現したものです。暗めの部屋に座る人物が、自分の無意識の深層に封じ込められた感情や記憶を象徴するアイテムが少し見える、半開きの大きな箱をじっと見つめています。この静かでありながらも何かを秘めたシーンは、抑圧された記憶や感情の複雑さと、それに向き合う内省の瞬間を柔らかく、しかし力強く伝えています。画風は柔らかく、色使いも抑えめで、心理的な深みと感情の濃密さを表現しています。

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