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感情的な発言とその影響:企業が学ぶべきコミュニケーションの教訓ー日経新聞の記事から学ぶ

 日本経済新聞2024/6/16に、『「勤まらない」「私物片付けて」と応酬、辞職か解雇か』が出ていました。

 運送会社に勤めていた男性が、年末の大学構内での荷下ろし作業中にトラブルに巻き込まれ、思いもよらぬ形で退職の危機に直面する事態となりました。男性は、先に到着していた同僚が現場の雰囲気を悪くしたのではないかと疑念を抱くほど、ピリピリとした空気に包まれていることに気づきました。具体的には、荷下ろし作業を誘導するガードマンが不機嫌な態度で指示を出したり、周囲の人々が険しい表情を浮かべていたりする様子が見られました。

 数日後、社長から男性に連絡が入り、男性の言動が原因で取引先である資材会社から出入り禁止を通告されたと告げられました。身に覚えのない男性は、詳細を聞くために社長との話し合いの場を設けましたが、社長は聞く耳を持たず、一方的に男性を責め立てるばかりでした。この会話の中で、男性は「もう勤まらない」と発言し、社長は「私物を片付けて」と応じました。

 男性は、社長の発言を解雇通告と受け止め、会社から貸与された携帯電話と保険証を返却し、会社を去りました。しかし、会社からは正式な解雇通知や解雇理由の説明は一切ありませんでした。男性は、自身の状況を明確にするために労働審判を申し立て、会社側は解雇を否定しました。

 裁判では、双方の発言の真意が争点となりました。男性は、「もう勤まらない」という発言は、社長に問い詰められたことへの不満から出たものであり、辞職の意思表示ではなかったと主張しました。具体的には、年末の忙しい時期に突然解雇されることに納得がいかず、感情的に発言してしまったと説明しました。一方、社長は、「私物を片付けて」という発言は、文字通りの意味であり、解雇を意図したものではなかったと主張しました。あくまでも、男性が冷静になるために一度私物を整理するように促しただけで、退職を迫る意図はなかったと説明しました。

 裁判所は、男性の「もう勤まらない」という発言は、辞職の意思表示とまでは言えないと判断しました。感情的な発言であり、状況から見て辞職の意思を明確に示したとは言えないと判断されました。一方で、社長の「私物を片付けて」という発言は、状況から見て解雇通告と受け止められると判断しました。会社から貸与された携帯電話や保険証を返却するように促すことは、一般的に退職手続きと関連付けられるため、男性が解雇通告と受け止めたとしても不自然ではないと判断されました。

 この判決を受け、会社側は控訴しましたが、最終的には和解が成立しました。男性は、トラブル発生日をもって退職扱いとなり、会社側は解決金を支払うことで合意しました。和解内容は、男性が受け取る未払い賃金や退職金、慰謝料などを含むものでした。

 この事例は、感情的な発言が思わぬ誤解を生み、重大な結果を招く可能性を示しています。特に、職場でのコミュニケーションにおいては、感情的な状況下でも冷静さを保ち、言葉の選び方や伝え方に注意することが重要です。また、企業側も、従業員とのコミュニケーションを密にすることで、誤解やトラブルを未然に防ぐ努力が求められます。

企業人事の視点から考えること

 企業人事の視点から考えること今回の事例は、企業の人事担当者にとって、従業員との関係構築やリスク管理の重要性を改めて認識させるものでした。

普段のコミュニケーション不足

 社長と男性社員の間には、日頃から意思疎通が円滑に行われていなかったことが伺えます。もし、定期的な面談や1on1ミーティングなどが実施されていれば、互いの考えや状況を深く理解し、誤解を防げたかもしれません。  例えば、社長が男性社員の仕事に対する不満や不安を把握し、適切なサポートやフィードバックを提供できていれば、男性社員が「もう勤まらない」と口にすることはなかったかもしれません。また、男性社員も、社長に対して日頃から業務上の悩みや疑問を相談できていれば、誤解を生むような発言を避けられた可能性があります。

感情的な発言が引き起こすリスク

 本件では、社長の「私物を片付けて」という発言が、解雇通告と受け取られてしまいました。感情的な状況下では、言葉の真意が伝わりにくく、誤解やトラブルを招きやすいものです。
 例えば、社長が「一度冷静になって、今後のことを考えてみてほしい」といった意図で発言したとしても、男性社員にとっては一方的な解雇宣告と受け取られてしまった可能性があります。このような事態を避けるためには、感情的な発言を控えるだけでなく、言葉の選び方や伝え方にも配慮が必要です。

解雇・退職手続きの重要性

 本件では、明確な解雇通知や理由説明がなかったことが、男性社員の不信感を増大させ、訴訟に発展する一因となりました。企業は、法律に則った手続きを遵守し、従業員に対して誠実かつ丁寧に対応することが求められます。
 例えば、解雇を検討する際には、事前に就業規則に基づいた解雇理由の説明や、改善の機会を与えることが必要です。また、退職手続きにおいても、未払い賃金や退職金の支払い、雇用保険の資格喪失手続きなど、必要な手続きを漏れなく行う必要があります。

ハラスメント防止の観点

 本件では、社長の言動がパワーハラスメントに該当する可能性も指摘されています。企業は、ハラスメント防止に関する研修を実施するだけでなく、相談窓口を設置するなど、ハラスメントのない職場環境づくりに積極的に取り組む必要があります。
 例えば、従業員が安心して相談できる窓口を設け、ハラスメントに関する相談を適切に受け止め、迅速に対応することが重要です。また、管理職に対しては、ハラスメントに関する正しい知識を習得させ、適切な対応ができるよう指導する必要があります。

まとめ

 企業にとって、従業員は貴重な財産です。従業員との信頼関係を築き、良好な関係を維持することは、企業の成長と発展に不可欠です。人事担当者は、今回の事例を教訓として、コミュニケーションの改善、感情的な発言への対応、解雇・退職手続きの明確化、紛争解決手続きの整備、ハラスメント防止対策の強化など、多岐にわたる取り組みを推進していく必要があります。

会社の社長と男性社員がオフィスで緊迫した状態で話をしています。社長はデスクの後ろに座り、険しい表情を見せています。男性社員はデスクの反対側に立ち、防御的で不安げな様子です。


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