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「小世界大戦」の【記録】 Season1-2

*注)物語の設定時代背景が「昭和末期」の学校であるので、現在においては一部不適切(職員室の喫煙、体罰、上司のパワハラ、現在では差別用語ととられる表現)と感じられる表現が、演出上混じることを、ご容赦くださいますようお願いいたします。また、制度その他の呼称も当時の表現です。

「要注意って・・・?」

 吾郎は財前に聞き返した。
財前は声を潜めるように辺りを見回しつつ・・。
「ここだけの話ですけどね。
・・あ、学校ではこの話題には触れないように。」
「・・・はい・・。」
「あの本間という卒業生は、在校中に人を殺してるんです。
「えー?」

財前は口に手を当て、「しずかに」というそぶりをした。
「あくまでも、結果なんですがね、
彼は産休寸前の女の先生のおなかを蹴り上げて、
結果おなかの子どもを流産させてしまったんです。」
「・・え?それってまずくないですか?・・。
警察沙汰になったんですか?」
「・・それを話すと長くなります。
どうです、今日の帰りでも駅前で歓迎会やりませんか?
酒巻先生はたしか僕と同じ学年団だったと思いますよ。」
なんだかうまく、かわされてしまった。

「おはようございまーす」

校門の前で、数人の教師が一列に並んで、
部活動に登校してくる生徒に声がけをしていた。
今日はまだ春休みのさなかなので、
学校には部活動で登校する生徒しか見かけなかった。
そのせいか、ほとんどの生徒はジャージ姿だった。

 「荒れている学校」だと聞かされていたので、
いささか拍子抜けするおとなしさだった。

「予想と違いました?」

財前が吾郎の表情を見取ってか、そう話しかけてきた。

「・・そうですね・・。」
「荒れてるといっても、部活に真面目に取り組んでいる生徒は、
たくさんいるんです。」
「・・はい・・。」
「ああいう真面目な生徒を守ってあげないと、ダメって事ですよ。」
財前は先輩らしくそう言った。その言葉には吾郎も共感できた。

職員玄関を抜けると、ホールの真ん中に案内板が立っていた

「新任の先生方は会議室にお入りください」

矢印と見取り図にしたがって、上がってこいというメッセージだ。

「酒巻先生の下足入れ、ここです。」

財前が指さす向こうに「酒巻」と名札が入れてある下足があった。
吾郎はその下足箱の多さにまず度肝を抜かれた。
来客用を含めたら100位はあるだろう、
向かい合わせにぎっしりと並んでいた。

「財前先生、この学校の先生って何人くらいいるんですか?」
「驚きました?教員定員数マックスの76人です。
臨採の先生も入れたら80人はいますね。
生徒数がハンパないから。・・じゃぁ僕はここで。」

そう言って職員室の中に入っていった。
職員室の方は何やら改装工事をしているらしく、
時折機械の音が騒がしく響いていた。
新学期に向けて仕上げを急いでいるようだった。

二階の階段わきに校長室があり、その隣に「会議室」があった。
ノックをすると、ドアが開き、
そこに40代くらいの小太りなスーツ姿の中年男性が立っていた。

「酒巻です」
「あ、酒巻先生ですね、お待ちしていました。さ、どうぞ。」

中に入ると、コの字型に並べられた机の上に、
それぞれ名前が書かれた付箋のついた、
校名入りの書類封筒が置かれていた。
何人かの教師はすでにそこに座っていたが、
吾郎はその多さと、年齢層の若さに驚いた。
ざっと15人はいたが、これがみな新任や転任の教師なのだろうか。

吾郎が教育実習に行った地元の出身校は、
新任も含め転任者はせいぜい4~5人程度だし、
若い教員はさほど多くはない。それが普通だと思っていた。

 ところが、入ってきた教員たちは、
みんなどう見ても20代がほとんどのように見える。
昨日の辞令交付式では、周りは若い教員ばかりだと感じたのは、
ほとんどが新採用の教員だとばかり思っていたのだが、
どうも、この教育委員会の管轄では、
年齢層が若いのかも知れない。
聞けば、県全体でいえば、
中学校だけでも1000人位の採用があったそうだ。

・・・さすがは大量採用の県だなぁ・・・。

 しかしながらよく聞いてみると、
「辞める」教員の数も多く、
特に中学校では充足が追いついていないということだった。

 吾郎はなにかしらイヤな予感がしていた。

TO BE CONTINUE

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