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「小世界大戦」の【記録】 Season1-6

2号棟の校舎は、一旦屋外の渡り通路を抜けた先にあった。

「・・ほら、あったよ・・。」

そう言って財前が火ばさみで拾い上げたのは、たばこの吸い殻だった。
吾郎は、ぎょっとした顔でそれを見た。

「う~ん、今日は大漁かなぁ・・。」

財前は、手慣れた感じでそうつぶやいた。
「財前先生・・・、おそうじって・・。」
「・・そ、生徒の吸った吸い殻掃除です。」

吾郎は言葉を失った。

「これは、部活の生徒が・・?。」
財前は、そこでケラケラと笑った。

「まさか、・・あの子たちは真面目ですよ。」
「・・じゃあ、誰が?」
「ここを先月まで使っていた卒業生たちの置き土産ですよ。」
「・・・・・。」

そこで、あのイガクリ頭の教師がぼそっと低い声で言った。
「新3年生には、負の遺産は引き継がせちゃいけないんです。
そのための【おそうじ】だと思ってください。」

吾郎は少し違和感を感じた。

「環境整備は、大事なことですよ。」
そうたたみかけられると、そういものなのかな・・。
という気にもなっていた。この生徒指導部長は
妙に説得力のある物言いをするのだ。

担当の3階に上がった。その時に吾郎は言葉を失った・・。

・・・なんだこりゃ・・・・

着任の際には「ジャージ持参」と届いた文書に
書いてあった理由がよくわかった。

「うわ~何じゃあこりゃあ・・」
そう叫んだのは満仲だった。彼も「生徒指導部」だったのだ。
彼らの班は、同じ階の反対側の階段から攻めて来るという案配だった。

同じように驚いたに違いない。

3階はもう「学校の姿」ではなかった。
教室の戸は外され、トイレは仕切りがなく便器が無造作に並んでいた。
そして、廊下に散乱しているたばこの吸い殻と、
床のPタイルには一面たばこの消しあとと思われる、
無数の黒いシミが広がっていた。

「明日から、ここは突貫で改修工事が入るんで、
大掃除しないといけないんですよ。」

財前が冷静な口調でそう言った。
見ると、廊下の突き当たりに、ドアや床材の資材が立てかけられていた。

小一時間で、なんとか掃除し終わると、
バケツは吸い殻で一杯になっていた。

「この辺でいいでしょう、休憩したら分掌部会に入ります。
会議室にお集まりください。」

階下から上がってきた白衣姿のイガクリ教師がそう告げた。

吾郎たちは、バケツ一式を持って職員室の方へ向かった。
収集した吸い殻は、中庭にある焼却炉前に集められた。
これも会議後に生徒指導部で焼却する算段になっていた。

会議室に入ると、すでに数名の教員が一角を陣取っていた。
生徒指導部ではない。「おそうじ」のメンバーには
いなかった面々だったからだ。

さっきの白衣イガクリ先生と、少し神経質っぽい
度がきつめのめがねをかけた、癖毛の教師が司会の席に着いた。

「この時間ですが、生徒指導部と研修部の合同の分掌部会にします。」
癖毛の教師がそう告げた。
隣でイガクリ教師が少し不機嫌そうに腕を組んでいた。

「転任、新任の先生には始めてお目にかかります。
私は研究主任の栗山と申します。
文部省の研究指定を受けて、生徒指導部と研修部とで共同して
研究概要のアウトラインを今年から作っていきますので、
よろしくご協力願います。」

生徒指導って「規律指導」というわけではないんだ・・。

吾郎は「研究指定」と生徒指導とが
どうしても感覚的に結びついてはいなかったのだ。
荒れを抑える方法論の研究なんだろうか・・。
ふとそんなことを思っていた。

「今年度前半は、先生方の意識改革から進めていきます。
来週、本校に講師をお呼びして座学研修する予定です。
あと、担任の先生には、今年度から生活ノートの活用を開始しますので
その旨お伝えいたします。」

栗山の話はそこまでだった。
つづいて、あのイガクリ教師が前に立った。

「皆さんこんにちは、生徒指導主事の永山です。
今研究主任からでた提案は【予防処方=積極的生徒指導】ととらえてください。
すなわち、問題行動が起きない環境作りだと考えていいです。
 私がこれから言うことは、
言ってみれば【臨床処方=消極的生徒指導】です、
いわば、問題行動時における先生方の対処の基本を述べます。

それは【共通理解・共通行動】です。

この原則だけは徹底して守っていただきたい。」

 共通理解、共通行動・・・。

吾郎は何度も反芻して心の中で唱えていた。


TO BE CONTINUE

*注)物語の設定時代背景が「昭和末期」の学校であるので、現在においては一部不適切(職員室の喫煙、体罰、上司のパワハラ、現在では差別用語ととられる表現)と感じられる表現が、演出上混じることを、ご容赦くださいますようお願いいたします。

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