夜想曲《ノクターン》
ひとりの夜
ふと、ショパンの旋律が頭をよぎった。
「これ、ノクターンの第2番 変ホ長調っていうのよ。 」
中空から「彼女の声」が聞こえたような気がした。
老いのせいか、近頃しばしば「幻聴」がする。
これも、そろそろ呼ばれてるのかもしれないな。
そんな仕方のないことを考える事もある。
遙か前に、自分の心が戻る瞬間でもある。
まぁ、それは記憶というデータが、脳のどこかのデバイスにアクセスしただけの事だ。
人の肉体も、なにがしかの「機械」であるから、こういった故障はつきものだ。
問題はその劣化を意識が、己が認めるか否かだろう。
確かに記憶とは不思議なものだ。ふとした拍子に鮮やかによみがえる。それは、私のどのデバイスから語りかけているのか、知るよしもない。
とりあえず、私は耳から入ることにした。彼女は、時々ピアノを奏でていた。曲はいつもショパンの練習曲だった。
ソファに腰掛け、デッキに向けてリモコンを押す。
なぜか今夜はショパンが聴きたいのだ。
私の「耳」というデバイスから入ってくる音の調べは、私自身の記憶を引き出してゆくのだ。
私は、やがて聞こえてきた曲が、その時彼女が弾いたものだと気づいた。
・・・・「練習曲第3番」・・。
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