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「小世界大戦」の【記録】 Season1-1

*注)物語の設定時代背景が「昭和末期」の学校であるので、現在においては一部不適切(職員室の喫煙、体罰、上司のパワハラ、現在では差別用語ととられる表現)と感じられる表現が、演出上混じることを、ご容赦くださいますようお願いいたします。また、制度その他の呼称も当時の表現です。

その日、酒巻吾郎さかまきごろうはいつもにない高揚感で駅に向かっていた。

大学を卒業して以来、ろくな就職活動もせず、
日銭を稼ぐ毎日と、各地のユースホステルや
ゲストハウスに逗留して、放浪の旅に明け暮れていた吾郎も、
さすがにこれではいけないと、彼なりに考えていたのだ。

そして、吾郎は、中学校の教師になる道を選んだ。

 吾郎の地元は北海道だ。
しかし、石油危機以来の構造不況で、ろくな就職先がなかった。
まして、高学歴が災いして、地元の企業には敬遠され、
公務員になるしかないという状況だった。

それほどまで不景気な世の中だった。
首都圏への人口集中が激化していく中、
地方でははたらき場所はなく、
人口需要のある大都市圏に様々な職種の需要が高まった。

それは、教育機関とて例外ではなく、
首都圏、特に周辺の県は規模拡大と教員不足に苦心していた。
その事情もあったのか、彼はC県の採用試験に合格した。

地元の教員採用は交代期にないらしく、
教員養成系でもない大学出身の吾郎は、小学校の免許は持っていなかった。
しかも、ほとんどが地元の教員養成大学出身者で固められるため、
地元に残るという選択枝はなかった。

そんな中で吾郎はいってみれば「奨学金の返済免除職」である
「教員」を自分の職業として選択した。
時流に乗った結果のなのかも知れない。

・・・まぁ、8年勤めれば、あとは自由だし・・。

 そういう打算もあった。
だから、どこの自治体でもよかったのだ。
とにかく「返済免除職である教員」になることが当面の目標だった。

その背景もあり、首都圏の教員採用はハードルが低く、
なんとか潜り込めたのだ。
吾郎としては本意ではない選択だったが、
そのほかにも、いくつか理由があった。

その大きな要因には、学生のころからの恋人である、

結城涼美ゆうきすずみ」。
彼女との結婚もそろそろ考えていたからだ。

彼女は都立高校の養護教諭として、すでに就職していた。
吾郎は、「返済猶予」を申請しながら、気ままに生活していたが、
今年にはいって、涼美がついに「最後通牒」を出したのだ。

「吾郎ちゃん、あたしね、あんたをヒモにする気はないって事だからね。
言ってる意味、あんたもバカじゃないからわかるよね・。」

 吾郎はさすがに考え込んだ。

何よりも、彼女はまだ、自分に期待しているという実感だった。
しかも、仕事の選択も、ただ、安易に
「自分の楽な方」でめざしてなかったか・・。
これでは、さすがに念いは叶うはずはない。

「おれは、仕事を選ぶ前に、社会人としての構えが
まったくなかったんだ。」

そう考えて、真面目に就職をすることにしたのだ。

 ただ、現実はそんなに甘いものではなかったことを、
吾郎はやがて知ることになる。

 吾郎のこれからの職場である、梅鉢うめはち市立厨子ずし中学校は、
私鉄駅で降りて、十分くらいのところにあった。
最近急激に宅地化が進んでいるが、そこかしこに農地が残っている、
一見のどかな、田舎の中学校だった。

バリバリ~、ブブンブブン~パラパラ~パラパラ~

甲高いバイクの音が背後から通り過ぎていき、
やがて、落花生畑の真ん中にある中学校の校舎の前で、
その音はひときわ大きくなった。

・・・なんだ?・・あれ・・・・

 吾郎は何があったのか信じられないという感じで、
その一団を見ていた・。

「・・あ~、また、今日も派手にやってますねぇ~・・。」

振り向くと少し小太りの身体だが、
妙に眼光が鋭い「いかにも先生風」のジャケットを羽織った
ノーネクタイの若い男が、無表情につぶやいていた。

「・・・あ・・これ、いつもなんですか?」

その男はにっこりと笑って、人差し指を立てながら。

「うん、そう。」

吾郎は、その言葉より、日常茶飯事だという彼のに言葉に驚いていた。
その男は、慇懃な風で吾郎に話しかけてきた

「・・失礼ですが・・・。」
「・・はい・・。」
「・・新任の先生ですか?厨子中の・・・。」
「・・はい・・・。」

 その男は、今までの眼光の鋭さを、すうっと引っ込めて
握手を求めてきた。

「あ、僕は厨子中二年目教員の、財前正人ざいぜんまさとといいます。
教科は社会科です。」
「あ、自分もそうです。酒巻吾郎といいます。
よろしくお願いします、先輩。」

 財前はくすくすと笑って、
「やだなぁ、先輩はやめてください、たぶん僕の方が年下なんですから。」
「え?・・なんで?」
「今度の社会科の先生は、新卒じゃないって教頭が言ってました。
口の悪い教頭ですよ、【中古車】だからな。って・・。
あ、僕が言ったんじゃないですよ、あしからず。」

吾郎は、少し不愉快な気持ちになった。
だが、屈託もなくすべて話してくれる、
同僚になるであろう目の前の、
財前という教師になんとはなしにシンパシーを感じていた。

「さっきバイクで通っていったやつは、
本間っていう、一昨年の卒業生です。
高校には行ってません。

日中やることないんで、ああやって、
時々中学生相手に粋がってここに来るんです。
考えれば哀れなやつですよ。」

「へぇ、そうなんだ・・。暴走族ではないんですね。」

財前はくすくす笑った

「ああ、あいつは暴走族にも相手にしてもらえない、
まぁ、原付免許しか持ってないハナクソなんで、
原付乗り回しても、中学生にしか相手にされないんです。」

「あ・・そうか。」

暴走族になるのにも「免許」がいるんだよな・・。

吾郎は妙な納得をした。

「ただ、ああいうハナクソが、要注意なんです。」
財前は、真面目な顔で吾郎を見ながらそう言った。

 TO BE CONTINUE


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