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浦上咲を・・かたわらに  Ω (omega)=「最終章」

Episode of Final 
アルファはオメガであり、オメガはアルファである 


 深い深い眠りだった。

 記憶も何もない、だだ、いきなり光とともに真っ暗な闇に放り込まれたのだ。まったく感覚とか、感じるとか、熱いとか冷たいことか、硬いとか柔らかいとかそんな「五感」は全くなかった。

 ただ、そこにいた。

 「・・こうさく・・いらっしゃい・・・」

 なんとなくそんな声のようなものを感じた。顔を上げると、ものすごく懐かしい感じの姿がそこにいた。なにか光を帯びた、形とも形でもない何かが目の前にいた。だがそれは不気味でもなく、ただ、たとえようもなく懐かしくてしかたのない「存在」だった。

 「・・・咲・・・?」

その姿はこくりとうなずいた。そして、手のようなものを差し出すと、ふわっと出会ったころの「浦上咲」の姿になっていた。

 「せんぱい、お久しぶりだね。」
「え・・?咲??」
 「今はそういう名前にしてあげるわ。」
 「え??」
 咲はあの頃とまったく変わらない感じでくすくすと笑った。

 「チョットうれしかったかな・・。」
 まぎれもなく「十代のころの咲」は僕にむかってそう言った。僕はまず、咲のその姿が驚きだったのと、この状況の「超越」したような不思議な感覚に自分がついていないでいた。まったく何が起こったのか解らなかった。

咲は、そこでクスッと笑うと、いきなり神々しい如来像の姿になった。
 「・・え???」
僕が驚くと、いつもの「咲」の姿に変わった。
 「驚いた?」
「そりゃ・・」
 「無理はないよね、ここって、何でもありの世界なんだ。」

 僕は、たぶん別の世界に来たんだという事がだんだん理解し始めてきた。で、咲はその「先輩」なんだということも徐々に理解し始めた。「死」という概念すらなかった。思う現象がそこに思った形で現れるが、ふわっと消える。だが、また思うと同じものがそこに現れるのだ。そういう「世界」に来たんだと思った。

 ここに比べると人間界は思い通りに行かない「苦界」であるということをある意味感じた。で、僕はどういう世界に来たのだろうという素朴な疑問がわいてきた。僕にはすでに肉体とか姿形はなく、咲のあの姿も幻のような概念。夢で出てくる姿のようだ。であれば、僕はいったいどういう存在なのだろうか・・。少なくとも「肉体」というどうしようもない「縛り」からは放たれたのだと感じた。

 「存在などはそもそもない・・。」 

そのような声が聞こえたような気がした。声の主は僕が認識している「咲」だった。

 「あなたは、まだ慣れてないようだから、この姿と声で教えてあげるわ。」
「・・・この世界というのは・・。」
「あなたのいる世界と、あたしのいる世界は違うの。」
 「でも、今こうしてお互いにいるけれど?」
「それはね、あなたとあたしが『逢っている世界』なの、これは無限に生滅を繰り返しているの、まるで人の一生のようによ。」

諸法実相という言葉がふと心に浮かんだ。

 「その通りよ、そもそもすべてには実体があるの。でも、そのように見えないのは、あなたが自分の実体を実体と捉えてないからなのよ。」
「本当の自分というのは、今この自分じゃなく、どこかにあるって事?」
「そんなものはないわ、でも実体であるととらえられるものがあるの。それに気づくのには特別なことは要らない、何もかもゆだねれば、その瞬間ぱっと開けるわ。」
「きみはそう気づいたの?」

 「咲」は静かに「目を閉じて微笑んだ」ように感じた。

「すべての実体を実体ととらえたとき、時間も存在も五感も空間もすべて実体だと見通せるのよ。そうすれば、どのような姿も時間も空間も自在になるの。」
 「そう考えると、何か大きなものにすっぽりはまっているような気がする。」
「そう、ここにあって、あなたが観じるものは、ありのまま。」

 「ありのまま?」

 「ここでは、すべてのものは、姿のままに現れるの、性質、形、能力、作用、なぜそうなったかの理由、今置かれた状況、その結果、そして未来。・・・このことは何が大きな要素というわけでなく、よい、悪い、きれい、汚いというものもなく、すべてが平等に見通す世界なの。で、その大いなるものの一部にあたしたちはいるの。」

 そのとき一陣の風が吹き、遙か彼方から一条のまばゆい光が一面に広がった。「咲」の概念はそこにはすでになく、光の虚空の中に僕は投げ出されていた。それが「創造主」の創り出す世界だったのか、あるいは「三世の諸仏」によるおおいなる「真理」の現れなのか、僕には何も表現するすべはなく、ただ光の中にその身をゆだねるしかなかった。

「あたしには、創造主に見えるけど、あなたにはどう見えた?」
 「解らないけど・・・、イメージでは毘盧遮那仏みたいな姿・・。でも違うような。」 
 「うん、あたしもそうなの。でも、そんなのはどうでもいいというのがここなの。」

 僕は咲のような存在が語りかけた事に自分の心が落ち着いた。ここには「区別」そのものがないのだ。時間や空間、そして個々の想いというものまで超越してここにあると言うことだ。すなわち、相対がない。もしかして絶対としたら、「真理」に対するおのれの存在なのだろう。しかし、存在すらないのだから、絶対すらあり得ない。

また、風が吹いた。「咲」の声がまた聞こえた。

「ねえ、こっちに来ない?」
 「え?・・・」

 なんと目の前に咲の細い手があった。僕がその手を握ると、また、風が吹いた。そして闇のような光のような、なんとも言えない空間をすり抜けると、何も身につけていない「咲」がそこにいた。

 「あらぁ・・」

咲はくすくすと笑った。

 「なあんだ、あなたも一緒だね。っていうか、あたしが望んだことが、そのままシンクロしてたんだっていうことかな?」

 目の前の咲は裸だったが、かくいう僕も全裸だったのだ。

「え・・そんなこと・・。」
「あら、ここは何でもありなんだ。って言ったでしょ、あなたがそう思うなら・・・」

 咲は微笑むと、咲も僕もあっという間に着衣の姿になった。そして、咲は僕の目の前でじいっと深い瞳を向けた。今まで見たこともない深い深い瞳だった。

「どっちが落ち着く?」
「どっちでもかまわない。」
 「じゃあ、フラッシュでやっちゃう?」
「あはは・・。」

 試してみると、本当にそういう光景になった。僕はさすがに疲れたので、ありのままでいい、と答えると、咲は何も身につけない姿でそこにいた。むろん僕も同じだった。

 「考えれば、これが一番落ち着いたんだよ・・。」
「そうだろうな。」
 「そうでしょ?」
「そうだ。」

 気がつけば、そこには何もない、どっちが上でどっちが下かも判らないところにいた。ああだ、こうだ、ある、ない、上、下、明るいとか暗いとかそういった「区別」が一切感じられないようなところにぽつんといたのだ。

 「恥ずかしい?」
 「いや、なんでかこの方が落ち着くなぁ、楽園のようで。」
 「蛇が来てリンゴを食べろって言うかも・・・。」
 「食べたらここを追放される。」
 「でも食べたい気はするわ。」
 「それは同じく感じるけど。」

 そこで裸の咲は少しうつむいて言った。

 「それが、あの世界に戻りたいという執着の心なのかも知れないね。」
 「ああ、そうか・・。」

 僕は妙な納得の仕方をした。しかし、そこにはリンゴもなければ蛇もいなかった。

「あたしは、あなたの肋骨から造られた存在じゃないし。」
「ああ、そうか、そういうことだ。」

 「いろいろ姿考えるのめんどくさいから、このエリアでは、お互いこのままでいない?」
「なるほど、冥界のラブホという感覚だな。」
「ものすごくわかりやすい表現ね。でもね、それはたぶん「波長」の世界だわ」

そこで咲の気配はふっと消えた。僕はまた、虚空の中に漂っていた。だが、自分の存在のような気がするだけで、周りの虚空との区別が全くなかった。そこに確かにあるのだが、虚空全体が自分のような感覚だった。

 「あなたはあたしであり、あたしはあなた。そういう感じなの」

 虚空全体から咲の声が感じられた。すぐ隣のようでそうでなく遙か彼方から呼びかけられたとも、耳元で囁かれたともいえる不思議な声だった。

 「あたしたちすべての『存在』は一つの大きなものに乗っていて、それとと一体になっているの。そして、そこには区別というものはない、すべてが平等なの。」

咲のようで咲ではない。何もかも超えた至上に心地のよい声だった。

「あなたも含めて、今あたしたちを包んでいる乗り物は、すべての命、それは一つの大きな命であり、無限に消滅を繰り返す無数の命・・・。そこには空間とか時間とか、形、感覚の区別はないのよ。アルファはすなわちオメガであり続ける。あなたが今観じているすべてのものは、あなたが最後にメモリーとして残ったうたかたの記憶。」

  そこでまた一陣の風が吹き、声を感じていたところから吹き飛ばされたような気がした。向こうに無数の窓のようなものが見えた。

「そこからはあらゆる世界、時間、そしてこの空間を見通せるの。」

 それは特別な修行が必要なのではないのか?あるいは、おのれの醜い姿がありのままに映されているのではないか・・・。そういう恐れがわいた。

 「ここは何よりも平等、見える、見えないという区別もない。そこは如来の窓、だから、如来でないあなたは如来の眼で観じることができる。恐れることはない。」

 響いてくる声はもはや咲なのか、何なのか区別もつかなくなっていた。咲であり咲でないそんな不思議な声だった。

「執着のこころはある?生まれ変わりたいとか・・・。」

ものすごく難しい問だった。

 「では、あそこを覗いてみればいい。」

 僕の目の前に一つの鏡のような円があった。穴というか、鏡というか、そういうものだった。のぞき込むとその瞬間、自分の「人生」が走馬燈のように進んで。ぱっと今のここにいた。

 「え?」

「あなたの、『その意識』は、こうやって一瞬に繰り返されている。でも、その一瞬はあなたとあたしの縁を生み、それが因になって次の因と縁を呼んで、命の連鎖を生むのよ。これが真理・・・。一つには、自分の心の連鎖はまた、次の連鎖も生む。
 だから、無念を残して死ぬことは、もう一度その無念をまた繰り返す。・・・魂が知るまで、永遠に繰り返す・・・。あなたは、どうなんだ?」

そして、再び「咲」の声が聞こえた。

「あなたも如来、そして、あたしも如来・・・。だからあなたはあたしの声を聞くこともできるし、聞かなくなることにもなるの・・。そうなればいいけれど。」

 その瞬間、咲は咲でなくなり、僕は僕でなくなった。しかし、まだ、咲であり僕でもあるのだ・・そういう世界に舞い込んだのだ。如来とは存在ではなく、「そのもの」なのだ。 それは自分の肉体はもとより、「咲」という究極の執着から離れたという事になる。

その瞬間、一瞬の暗闇と、懐かしい暖かさに僕はいた。形はない。そして意識もない。

 一瞬の光が見えたあと・・・・・・・。


柔らかな朝の日差しがカーテン越しから指していた。

そこからか・・・・・。


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