#彼女の葬式なう

「はい、という訳で今日はこれから彼女のお葬式です」俺はスマホに向かってつぶやいた。
 
 あれはバレンタインの数日前の事だった。
以前自分がネットに投稿した、回転ずし店で割り箸を口に入れて唾でべとべとにして戻す。という動画があまり伸びなかったので、俺は派遣先の食品加工工場で次のネタを考えていた。
 クリエイティブなのにボーっとしているように見えたのか、先輩からめちゃくちゃ怒鳴られた。チョーむかつく。あ、閃いた。次のネタ。
翌日、後輩にスマホと千円札を手渡し、自分を撮影するように頼んだ。
 ポケットから大量の唐辛子と画鋲を取り出し、目の前でぐつぐつ云ってる鍋のなかに放り込んだんだ。「うえーい、日給上げろバカヤロー」などと騒ぎながら。
 青い顔をしている後輩からスマホをひったくり自宅に帰ると、さっきの動画にモザイクやテロップを入れ、サイトにアップした。
 さらにその翌日、サイトを確認すると、再生回数がえげつないことになっている。百万回をとっくに超えていた。
おっしゃ、これがバズるってやつか。生まれて初めて他人に認められた感。ネガティブなコメントは見ない。俺、ポジティブだから。
 そして迎えたバレンタイン当夜。
 車で彼女を迎えに行き、海が見える公園までドライブした。次のネタを考えながら。
 公園の駐車場に車を停め、高台までの階段をあがると、彼女からプレゼントを手渡された。
「はい、これ。私の気持ちだから……」
「おー、やった、嬉しいー」
 俺は棒読みで感想を伝え、プレゼントの包装を開くと、何の捻りもなくチョコレートだった。
「あのさ、このチョコ食べてるとこ動画撮ってもらってもいい? 最近俺のアカウントの再生数めっちゃのびてるのよね」
「え? あ、そうなんだ。別にいいよ」
 サンキュー。俺は彼女にスマホを渡し、チョコの入った箱を開けた。
「おー、めっちゃ美味しそうじゃん!」
「行列の店で大変だったんだからね……」
 俺はそのチョコを一口頬張った。
「ぶっ、なんふぁこえ! 画鋲が入ってる! うわ、辛れえええ! 痛てえ」
 これまさかあの時の! そんな偶然ある!
「え、嘘、そんなはずは。私も一口……」
「ちょっ! 止め……!」
 言葉は間に合わず彼女はそのチョコを口に入れる。
「ぶはっ、ナニコレ!」
 彼女はチョコを吐き出すと同時にひっくり返り、階段を下まで転げ落ちていった。
 慌てて追いかけ、彼女のもとに近寄ると、首が変な方に曲がり、呼吸は止まっていた。
 スマホを拾い上げ動画を確認すると、その一部始終が録画されていた。おーラッキー!
 119番に電話し、状況を伝えるとすぐに救急車がやってくる。そして隊員から彼女の臨終を聞かされた。マジか。キテルネコレ!
 その後、警察の聴取があり家に帰ったのは朝方だった。俺はすぐに動画を編集しアップした。
 そして今、彼女の葬式なうです。
 あの動画も再生回数がえげつないことになっている。俺、神じゃん。そして今日はお葬式。さらに伸びるだろ。ふふふ。
「ごっ」頭に強烈な衝撃を受け振り向くと、そこにはバットを持った彼女のお父さんが立っていた。その周りにも大勢の人が。
 いいね、クリエイティブだね。俺は彼らにスマホを向けたまま、意識を失った……。
 了

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