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世の中が非常につまらないと思えるほどの絶望の中に、希望の種火をどこに見出すのか?とぼんやりと考えてみた。ぼんやりと。

こんばんは。毎日毎日煩わしい日々が続いております。楽しい話題、嬉しい話題、そんなものはほとんどなく、得体の知れない何者かが発信する情報なのか妄想なのかもわからないモノに一喜一憂し、それを基に自己の快楽に浸るために他者を貶めることに勤しんでいる、というところが現在の世の中という気がしてなりません。

果たして何が楽しいのか、嬉しいのか、お前の喜びとは一体何なんだ?というところで全く以って理解不能なのですが、おそらくはそんなものは無いのであろうと思えるくらい、非常につまらない存在がそこら中に渦巻いていることに絶望しか感じられません。

自己の意思の無い人と、AIや機械・ロボットとの違いとは一体どこにあるのだろう?という気がしてならないのですが、昨今の将来AIに仕事が奪われる!なんて話はどうでもいい気がしていて、人だろうがAIだろうが側から見たらどちらでもいいし、それらを区別する必要も無くなっているのだろうというところだと思います。それを突き詰めて考えたときに、お前は人としてのステートメントはどこにあるのだ?というのを突き付けられているのですが、世間には暴走した欠陥ロボットがたくさん歩いているんだなぁ、くらいにしか思えません。欠陥ロボットでもドラえもんなら良いんですけどねぇ。

ではどこに希望はあるのか?とぼんやりと考えているのですが、果たしてどこにあるのかさっぱりわかりません。例えば貧しい国でバラック小屋で勉強をしている子供の写真を見ると非常に希望を感じたりしますが、身近には感じ得ません。どちらかというと、道端に咲く小さな花を暴走欠陥ロボットが踏み潰して行く、そんなイメージしか持ち得ません。

そんなこんなでカメラを片手に、"ステキなSomething"がどこかにあるのではないかと探し続けています。カメラのファインダー越しに何を見出しますか?何を見出すためにファインダーを覗いてシャッターを切りますか?あなたのステートメントは何ですか?そんなことをぼんやりと考えていました。ぼんやりと。

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写真撮ったり、歩いたり、登ったり、車を転がしたりしています。