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JAKE THE STARDUST 第一話

小ぶりなステットソンハットを斜に被った男の似顔絵の入った その手配書には、こう書かれていた。
ジェイク・ザ・スターダスト。
報酬5000ドル。
生死を問わず。 
それ以外は何も書かれていない。写真も無ければ、本名も罪状も。
これがジェイク・ザ・スターダストの通り名で知られる男の手配書だ。
西部一のガンマンの。


針葉樹の鋒が並ぶ深い森の中。
白煙を東に置き去りに突っ走っていた蒸気機関車が、レールと車輪の間で熱る癇癪女さながらの金切り声を響かせた。
不調法に急停止した列車は、大陸を西海岸まで貫くカンザス・パシフィック線の上。
レールを擦って撒き散らした鉄粉の匂いが、辺りに焦げ臭く仄かに香り、
吐き出す息を抑止された熱のこもる蒸気タンクは、依るところなくパチパチと膨張音を囀らせた。
斧で切り倒されたアメリカ杉が一本。
機関車のほんの数ヤード手前で、行き先を塞ぐように跨いでいた。
そして、顔の下半分を揃いの白い三角折のネッカチーフで隠した男たちが、森の中から姿を現した。

「停まったな。おいっ」
一等車の四人掛けのボックス席でポーカーに興じていた俺は、ゲームの邪魔をされたからなのか、急ブレーキにつんのめる事を強要されたからなのか、多分、その両方なのだろうが兎に角、予定外…否、それでは言葉が弱い。不意極まりない急停車への苛立ちの同意を取り付けるべく、窓側に座るチャールズ・ゴールドスミスに、その旨、話しかけた。
が、彼は対面の肘掛に、支え棒替わりにしていた足を戻して、「ああ停まったな」とだけ、細く整えられた端正な口ひげの口角を10分の1インチも上げる事もなく、また配られたカードに目を落とし、外も見ずに請け負った。
駄目だ。この男には運行状況より、手札の方が大事なようだ。
しょうがないので俺は、勿論そんな事はないのは分かっていたが、自分の対角上、ゴールドスミスの向かいに座る、磊落さを前面に押し出した丸い顔のロブ・マクギブンに尋ねた。
「まさかと思うが、駅に着いたのかい?」
ベルトの上にたっぷり乗っかった腹をよじって、窓から汽車の前方を覗き込んだマクギブンが、平均よりもほんの少し甲高い声を出し言う。「いや、でも客が乗ってきたようだ」と。
「客? こんなところで?」
窓の外は、森林浴を是としない限り、シケた、と称していい濃緑一色の森の中だ。
プラットホームなんて、ありはしない。もし見えたのなら、それは天国行きの列車用のものだろう。聖ヤコブか、誰かが、おっ建てる類の。
一般的な子羊である俺の視力では、そいつは同定できなかった。
「招かれざる客ってヤツさ」俺の問いにマクギブンが答えた。
 ようするに、列車強盗御一行が、ご乗車あそばした、と彼は言いたいのだ。
 車内を埋めていた一等客の紳士淑女もざわつきだした。
「狙っている賞金首(あいつ)の一味だったらラッキーだな。探す手間が省ける」希望的観測を述べる。
「な、ワケねーだろ」とマクギブン。現実的な否定。
「違うにしたって、名うての列車強盗団なら、いい小遣い稼ぎにはなるぜ」
「じゃあ、いくらの賞金首か訊いてこいよ」
「答えてくれそうかい? 何人ぐらい居る?」
 マクギブンがもう一度、覗き込んで言った。「7、8人てトコか」
「行くか?」俺は、身を乗り出し、お誘い申し上げた。
「やめとけ。オレ達の仕事じゃねえ」俺の対面に座っていた顔半分ごま塩の髭に埋まった最年長のバート・ブロンソンが落ち着き払い、滅多に開かない口を開いた。
 チームの頭領である彼の言葉は、ただでさえ貫禄が違う。そのうえ口数が少ないだけに吐く言葉の濃度は他者よりも断然濃くて、従わざるを得ない重みがあった。
だから、ほんの少し上げた尻も下げざるを得なかった。
「いや、行こう。むしろ行くべきだ」下げた皿を喰らう声。
 皆で声の主を見やると、ゴールドスミスは目を離さず、大儀そうに愛でていた手札を皆に見せた。
 黒いカードでエースと8のツーペア。広く西部の男たちの間ではインケツとされている組み合わせであった。
 数年前、拳銃王子と異名をとった名うてのガンファイター、ワイルド・ビル・ヒコックが酒場でポーカーの最中に、兄弟の仇討ちと称する名も知らぬチンピラに後ろから撃たれ、おっ死んだ時に作っていた役だ。
だからデッドマンズハンド。死人の手と呼ばれていた。
どうりでカードばかり見ていたわけだ。
「随分、キュートな役じゃねえか」と俺。
「だろ?」
ゴールドスミスは、茶化した俺に「この勝負、オレが勝っていたんだぜ」とは言わずに一言だけで済ませた。その代わりと言ってはなんだが、立ち上がりガンベルトを腰に巻いた。
 他の三人は有無を言えなかった。
なにせ縁起が悪い手であっても勝負はゴールドスミスの勝ちであったのだから。
それをチャラにするという超法規的処置を表明したのであるからして、彼が物見遊山に出掛けると言えば、それに応じなくてはならない。
抗うなどする事は西部の男の名折れとなってしまうのだ。
「行くか」
 ゴールドスミスの言葉に俺、マクギブンだけでなくブロンソンも、ため息つきながら立ち上がった。きっと彼の手札は、俺以上に安い手だったのだろう。
 俺たち四人はガンベルトを念入りに巻き直しながら、ざわつく車内を不承不承、友人の立ち小便に付き合わされる不幸を負わされる体を装いながら、内心はピクニック気分で客車の扉を開け放ち、ステップを降った。

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書籍詳細:JAKE THE STARDUST | 書籍案内 | 文芸社 (bungeisha.co.jp)

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