Q-vism

今日も舞台観劇してきました。
KERA×生瀬勝久『グッドバイ』
いやー、面白かった。(あらすじについては割愛します)

出てくる男がことごとく、清々しいまでのクズばかりでどうしようもねぇなと(笑)。
一緒に観た友人と、でも戯曲の中心にいる男ってだいたいクズだよねクズ男が物語を動かすんだよね、って話してました。

平穏な日常に波風を立てる存在があるからこそ、物語足り得るってのは確かにあるよね。善人ばかりだったら騒動は起こらない。何より、人は綺麗事だけ並べて生きていくのは恐らく不可能だ。善行も悪行も、人の成してきたこと全てが文化や世界を形成してきたのだから、それら全てを織り交ぜた物語の方がリアリティがある。
「クズの方が人間味がある」なんて表現してしまうと少々ありきたりな気もするけど、そういった泥臭さや負の面というのは大抵の人が持ち合わせていて、清廉潔白な善人の姿を観るよりも、よほど感情移入して劇を楽しめると思う。
あと、ろくでなしの人間の姿を見て、「自分はまだマシな方なんだ」と思える、というのもあるのかな。人としての格なんて、上を見ても下を見てもキリがないけど、自分より下の人間を見つけて安心したいというのは、自然な性なのかも知れない。

物語はその後も、クズな男が周りの人間を巻き込んで騒動を起こしていくのだけど、一方で周囲に対して優しさや強さを分け与えたりして、人望を得ることもある。それだって、ほんの少し視点を変えて見てみたら、けして褒められたようなことではなかったと思う。本当に些細な偶然やすれ違いが、登場人物たちにとっては良好に作用していただけだ。
現実の人生も実はそんなものじゃないのかな。善意が善果を生むとは限らないし、悪意が悪果を生むとも限らない。世界は、物語は、白か黒かだけじゃない。ほとんどは灰色のような中間色でマーブル模様で、曖昧なものだ。

そういった多面性をあぶり出し、複雑に絡まった人間関係を無理に取り繕うことなく多方向から投影して、一枚の絵として舞台の上で完結させる。劇というのは社会と同じで、清濁併せ呑んで多様な人間模様を受け止める器であり、それを描き出すキャンバスなんだね、ということを強く感じた内容でした。

もしサポートしていただけたら、本を買おうと思います。心を豊かにして、良いアウトプットができるように。また貴方に読んでもらえるように。