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解説記事:世界互聯網大会(World Internet Conference、WIC)と晩餐会、そしてその参加者について

  皆さんこんにちは。夏目です。
  先日執筆したSequoia Capital Chinaのニール・シェン(瀋南鵬)についての記事が思いのほか多くの方々に読んでいただき、大変嬉しい限りです。
さて、次回の記事は中国にベンチャーキャピタルという概念を米国から輸入し、中国VC界の礎を築いたIDG Capitalのグローバルチェアマン、ヒューゴ・ション(熊曉鴿)についてですが、その前に前回の記事に添付した世界互聯網大会(World Internet Conference、WIC)の晩餐会の写真に興味を持っていただいた方がたくさんいらっしゃったので、この機に解説記事を書きたいと思います。
  最後までお付き合いいただければ幸いです!

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  2017年、中華人民共和国国家互聯網信息弁公室(国家インターネット情報室)と浙江省人民政府が共催する第4回世界互聯網大会(World Internet Conference、以下WIC)において、とある集合写真が多くの人々の注目を集めていた。それは、上座にTencentのポニー・マー(馬化騰)を中心に、JD.comやMeituan、Bytedance、Xiaomi、DiDiなどといった中国のインターネット業界を代表する企業の創始者/CEOのほか、Sequoia China、Hillhouse Capital、GSR VenturesなどトップティアVCのマネージングパートナーの姿がうつる一枚の写真だった。

東興局

2017年WIC後、非公式で開催された晩餐会「東興局」(主催者出会うJD.com劉強東、Meituan王興の両者の名前を冠した食事会)

  2014年の発足以来、毎年永久開催地である浙江省嘉興市桐郷烏鎮で開催するWICは、中国国内でインターネット版のダボス会議とも呼ばれ、中国を中心としたインターネット関連企業のトップがゲストとして招待されている。特に2017年のWICは史上最高規模・規格のカンファレンスとなり、Apple CEOのティム・クックや、Google CEOのサンダー・ピチャイも参加している。
  では改めて、WICとは何か。公式では、WICは「中国と世界を繋げる国際的なプラットフォームであり、グローバル・インターネット界の共存とナレッジの共有のために作られられた中国起点のプラットフォーム。WICを通じて、世界で羽ばたくインターネット企業がそれぞれの思想や認識、インターネット業の法制について共有をする」とある。実際、WICでは中国と米国のITジャイアントのみならず、中国の国家政策の根幹ともなる、一帯一路政策の沿線国家からも要人が参加している。
  永久開催地である浙江省嘉興市桐郷烏鎮が選ばれた理由としては、インターネット経済が発達していると同時に、ダボスのような小さな町なため、インターネットの魅力を付与することができること。烏鎮は、中国の行政区画の中でも、省・市・区・郷・鎮・村の順で村の次に規模が小さい町だが、浙江省というアリババを始めとした、EC事業を中心とするインターネット経済がとても発達しており、またWICが烏鎮を永久開催地と指定したことによって、Wi-Fiが全地域に普及するなど、インフラの整備が急速に進められている。
  今では毎年11月になると、このWICの話題で持ちきりになるが、それと同時に注目を集めるのが前述の非公式で行われる"晩餐会"だ。この晩餐会に参加するメンバーは、中国のITジャイアントの創始者やCEOであると同時に、晩餐会ごとの顔ぶれは中国インターネット業界の勢力図とも捉えられることができるため、メディアからも注目される。IDG Capitalのグローバルチェアマン、ヒューゴ・ションもこの非公式に行われる晩餐会について“正式のカンファレンス中は、それぞれの関係を築き上げるのは難しい。やはりこういったプライベートな食事会でこそ、それぞれ興味があることについて喋り、関係を作っていくものだろう。人との交流はやはり対面回数が多いことに限る。人脈作りは恋愛と同じだ”と恋愛に例えて、晩餐会について評価をした。
  実際この非公式に開かれる晩餐会は、WICが発足した2014年から毎年開催されている。初年度から続けて晩餐会を企画しているのがNetEase創始者でありCEOのディン・レイ(丁磊)だ。ディン・レイの名前を冠するこの「丁磊宴」は2014年から毎年開催され、中国インターネット業界の大物が一堂に会する。余談にはなるが、ディン・レイはこの「丁磊宴」をとても重視しており、自家繁殖している豚や鶏以外にも、紹興酒などを烏鎮に持参し、参加者に振る舞ったという。

丁磊宴

毎年、WIC後に開催される「丁磊宴」(写真は2017年のもの)

  さて、本題に戻るが、なぜこのWICの晩餐会がメディアやスタートアップ、VC界隈からも大きな関心を集めるのか。それは前述のように、晩餐会に出席する顔ぶれは、中国インターネット界そのものの縮図であり、勢力図とも捉えられることができるためである。特に2017年は、これまで毎年開催されていた「丁磊宴」以外にも、JD.comのリチャード・リュウ(劉強東)、Meituanのワン・シン(王興)が企画した「東興局」もあり、二つの晩餐会の出席者リストにスポットライトが当たる。

席次表

2017年WIC後に開催された「丁磊宴」と「東興局」の席次表。席次や参加者によって、それぞれの関係性を知ることができる。

  まずは例年開催されていた「丁磊宴」の出席者を見てみよう。中国インターネット三剣士と呼ばれるNetEaseのディン・レイや、Sohuの創始者兼CEOのチャールズ・ジャン(張朝陽)を始め、Tencentのポニー・マー、Baiduのロビン・リー(李彦宏)、Xiaomiのレイ・ジュン(雷軍)、Hillhouse Capitalのジャン・レイ(張磊)、Sequoia Chinaのニール・シェンなどが出席。その他にも、JD.comリチャード・リュウ、Meituanワン・シン、Bytedanceジャン・イーミン(張一鳴)、DiDiチェン・ウェイ(程維)も参加しているが、この後に開催している「東興局」に席を移している。
  2017年の「丁磊宴」には注目すべきポイントが二点ある。一点目はTencentのポニー・マーの出席と、二点目はHuaweiユー・チェンドン(余承東)とXiaomiレイ・ジュンの相席だ。
  ポニー・マーが前回「丁磊宴」に参加したのは2年遡ること2015年のWIC。ポニー・マーと「丁磊宴」の主催者であるNetEaseディン・レイの間には度々不仲説が出ていた。その理由として、TencentとNetEaseはエンターテイメント領域、特に音楽とゲーム分野においては熾烈な争いを繰り広げており、「荒野行動」vs「PUBG」、「網易雲音楽」vs「騰訊音楽」といった対立があった。しかし、両者は晩餐会で食事を共にすることで不仲説を払拭。元々、ポニー・マーが創業に至った経緯としても、90年代後半にディン・レイが当時まだネット上の友人であったポニー・マーがいる深センを訪れ、彼の背中を押し、創業するよう説得したことがある。いずれにせよ、2017年の「丁磊宴」は両者の関係に亀裂が生じているとの噂をポニー・マーの参加によって否定する形で終わった。
  もう一点がHuaweiユー・チェンドンとXiaomiレイ・ジュンの相席だ。HuaweiとXiaomi、両社とも中国を代表する携帯メーカーでありながらも、国内市場においては価格競争からの全面戦争を繰り広げていた。元々、2011年にXiaomiがスマートフォンをリリースした当初こそ、ユー・チェンドンはウェイボーでXiaomiのリリースを祝福した。ところが、2013年になると、Huaweiは低価格帯スマホのHonorをリリース。そこで、Xiaomiとの価格競争に乗り出すと、新機種のリリース日やプロモーション内容、広告表現などもXiaomiのものと近づけ、全面戦争を繰り広げる。しかし、それでも2014年までレイ・ジュンは表立った争いは避け、Huaweiとの友好関係を示したが、同年9月にとあるウェイボーインフルエンサーがXiaomiとHuaweiの低価格帯スマホの比較投稿を載せたところ、レイ・ジュンはこれを転載する形でHuaweiを責め立てた。そこから両社の全面戦争が勃発し、2017年における「丁磊宴」の相席は注目を集めたが、ここでHuaweiユー・チェンドンとXiaomiレイ・ジュンは盃を酌み交わし、その様子を撮った一枚の写真がネット上にアップされ、競合関係ではあるものの、両者の間には亀裂は存在しないと、不仲説を一蹴した。

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左:Huawei ユー・チェンドン
右:Xiaomi レイ・ジュン

  そして「丁磊宴」の後に開催された「東興局」は、中国のインターネット史にも刻まれる晩餐会ともなった。「丁磊宴」とは異なり、ここでは不仲説という観点での注目ポイントこそなかったものの、上座にポニー・マーを据えた、いわゆるTencent系(Tencent派閥)の面々が一堂に会し、Tencentの勢力がいかに強大かを世に知らしめた。
  「東興局」の注目ポイントは席次とその出席者、そして会後に流出した当日のメニュー表だろう。まずは上記に添付した席次表を振り返りながら、「東興局」の出席者を簡単に説明したい。

席次表

  まずは上座に据えるポニー・マーについて。彼に関してはもはや説明は不要であろう。中国を代表する企業群、BATのTencent創始者であり、今や世界有数のゲーム会社でもあるTencentを1998年に創設。今ではSNSを始め、ゲーム、音楽、フィンテックなど数え切れないほどの領域に参入し、成功を収めている。
  ポニー・マーの両隣に座るのが「東興局」の主催者であるJD.comのリチャード・リュウとMeituanのワン・シン。通常であれば席次的に、主催者である両者が上座に据えるが、この「東興局」がTencent系、もしくはTencent派閥の会合と呼ばれる由縁がここにあり、両社ともPre-IPOのラウンドでTencentからの資金調達を実施しており、Tencentの影響力がこの席次表からも垣間見える。
  そして、先に開催された「丁磊宴」から「東興局」に駆けつけたHillhouse Capitalジャン・レイ、Xiaomiレイ・ジュン、Bytedanceジャン・イーミン、DiDiチェン・ウェイ、Sequoia Chinaニール・シェン、Lenovoヤン・ユェンチン、58ヤオ・ジンボーなどがいる。先の会合には参加しておらず、「東興局」から参加したメンバーは先日2月5日に香港で超大型上場(19兆円前後)を果たしたKuaishou創始者のスー・フゥア、すでにMeituanに買収されたMobike創始者のワン・シャオフェン、GSR Venturesマネージングパートナージュ・シャオフー、Zhihu創始者のジョウ・ユェン、JD Finance CEOのチェン・シェンチャン(現JD.com幕僚長、事実上の二番手)、Meituan EVPのワン・フゥイウェン(退休済み)。これらの参加者で、創業者ではないメンバーはLenovoのヤン・ユェンチン、またグループCEOでないメンバーはJD Finance CEOのチェン・シェンチャン、Meituan EVPのワン・フゥイウェンになる(だが後者の二人は主催者の右腕であると同時に、席次表から他のゲストをもてなすための席次に座っていることがわかる)。
  ここで関係性を整理すると、Tencentから直接出資を受けているのはJD.com、Meituan、DiDi、Kuaishou、Mobike、Zhihu、58の七社のため、事実上この円卓にいる過半数のメンバーの株主はTencentとなる。Tencentと資本関係が存在しない企業はBytedance、Xiaomi、Lenovoになるが、それでも業界の盟主であるTencentを前に、席次はやはり上座から離れた位置となる(それでも出資先企業よりは上座に近いゲスト席になる)。
  またこの場にいるSequoia China、Hillhouse Capital、GSR Venturesとこれらの企業の関係性を整理すると:Sequoia ChinaはJD.com(シリーズCラウンド)、Meituan(シリーズA、B、C、E及びその後の追加ラウンド)、DiDi(シリーズD+ラウンド)、Bytedance(シリーズC、Dラウンド)、Kuaishou(シリーズA、B、E及びその後の追加ラウンド)、Mobike(シリーズC、C+、D、Eラウンド);Hillhouse CapitalはTencent(戦略投資)、JD.com(シリーズCラウンド)、DiDi(シリーズD+ラウンド)、Mobike(シリーズC、C+、D、D+、Eラウンド);GSR VenturesはDiDi(シリーズAラウンド)一社のみとなる。ここでもニール・シェン率いるSequoia Chinaの圧倒的な成績と影響力が窺える(ちなみに次の記事で書くIDG Capitalもこれらの企業に多数出資しているが、それについては次回の記事で言及する)。
  わずか一つの食事会と席次でもその裏にある勢力図や対立、そして資本関係が及ぼす影響力を読み取ることができる。余談になるが、「東興局」後に流出したメニュー表からも、各社のランク付けを鮮明に読み取ることができる。

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それぞれ「東興局」に参加した社名に基づき作成したメニュー表。上からTencent、Meituan、JD.com、Xiaomi、Hillhouse Capital、Lenovo、Bytedance、Mobike、Kuaishou、58、Zhihuの企業名に基づき作られた料理名。

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中国の席次マナー(円卓において)

  最後に、なぜBAT企業群の中でもAlibabaのジャック・マー(馬雲)がこれらの食事会に参加していないかについてだが、あくまでネット上の推測によると、ジャック・マーは元からこれらの中国企業との親交は深くなく、むしろWICに参加した海外の要人と共に食事をしているという説がある。実際、「東興局」のみならず、毎年開催される「丁磊宴」にもその姿はなく、ただ毎年WICには必ず出席している。

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  今回は、前回執筆したニール・シェンの記事の中で登場した、WIC晩餐会の内情についての解説記事でした。一つの食事会からも中国インターネット業界の勢力図や対立を読み取ることができ、執筆側としてもとても興味深く、記事を書かせていただきました!中国のインターネット事情は歴史や政策、派閥なども深く影響しているため、その背景を理解した上で一つ一つの事象を解説する必要があり、毎回記事もかなり長くなってしまうのですが、それでも皆さんに読んでいただけるよう、わかりやすくまとめていきたいと思います!
  次回の記事はIDG Capitalのグローバルチェアマン、ヒューゴ・ションについてです。VCという概念を中国に輸入し、今や中国を代表する企業に黎明期から投資を続けた伝説のキャピタリストです。自分も彼の記事をまとめるのが楽しみで、次回も読んでいただけますと大変幸いです!!!

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