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【#2】ドキュメンタリー三点盛り

今回は日本の古い団地に暮らすお年寄りへの密着映像、世界中の美食家が注目する北欧レストランの東京への出張の記録、フランスを代表するファッションブランドの誕生と終焉を振り返るドキュメンタリーをご紹介します。U-NEXTに加入していれば3本とも見放題プランで視聴できます。

『Danchi Woman』(U-NEXT)

 昭和30年代に建てられた横浜の公営住宅。取り壊しを目前に控えてそこに暮らす80代の女性にカメラは密着する。まだ子供が幼いうちに母親が亡くなったため、彼女が母代わりとして弟を育ててきた。気づけば結婚適齢期を過ぎてそのまま独身を貫くことになる。30年間一人で暮らしてきた小さな部屋には所狭しとモノが溢れている。

 新しく建てられた団地への入居が決まり、彼女を気遣うご近所さんがやってきての荷造りが始まる。赤の他人から見れば無用に見える品の数々。「新しい部屋にこんなにたくさんのモノは入らない」と言われても、彼女は手放そうとしない。そしてピカピカの部屋には大量の段ボール箱が積み上がっていく。そこは生活空間というよりは単なる物置と呼ぶのがふさわしいだろう。

 断捨離とは程遠い光景に若い世代は呆れてしまうかもしれない。しかし彼女がそうまでして手放したくない理由が明らかになってくる。“モノより思い出”というキャッチコピーを覚えている。しかし彼女にとっては“モノに思い出”が宿っているのだ。モノに執着しないことが美徳とされる現代に、そうは言ってもなかなか手放せない事情を描いた良作だと思う。

●監督:杉本曉子 2018年 27分


『ノーマ東京 世界一のレストランが日本にやって来た』(U-NEXT)

 フェラン・アドリア率いるエル・ブジがレストランとしての営業を終えて以降、世界のベストレストランといえばデンマークのノーマを連想する人が多いだろう。その独創的なノルディック・キュイジーヌ(北欧料理)は世界中の美食家を魅了している。日本でもノーマの厨房に立った経験のあるシェフや、このレストランと取引がある地方の農家が注目されるなど話題は尽きない。

 この作品はノーマが2015年に東京で限定オープンするまでの一部始終に密着している。洗練されたスタッフと独創的な料理の数々。在りし日の築地で著名人たちと交流する料理人たち。きっと最初から最後までお洒落なグルメドキュメンタリーだと確信していたのだが、それは大間違いだった。

 ホテルの地下で慣れない食材と格闘するメニュー開発チーム。同じ野菜でも北欧と極東では味が違うのだ。地の利ゆえに鮮魚の質には何の問題もない。だが刺身を出すことは許されない。名だたる料亭や寿司屋がひしめく東京で生魚の扱いで勝てるわけがない。一体どうすればよいのか。開店までのタイムリミットが近づく中で、レストラン本体のチームが合流する。次第に追い詰められていく料理人たちの姿がこのドキュメンタリーの見どころだ。

 ●監督:モーリス・デッカーズ 2016年 1時間28分


『We Margiela マルジェラと私たち』(U-NEXT)

 2021年は『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』が公開されたこともあり、名前だけは知っているという方も多いかもしれない。こちらは本人へのインタビューだったが、『We Margiela マルジェラと私たち』はメゾン・マルタン・マルジェラの誕生と事実上の終焉、当初からカリスマとしての才能を思う存分に発揮していたマルタンと、それを取り巻くスタッフたちの歩みを振り返るドキュメンタリーだ。

 マルタンは活動初期から自分の姿を撮られることを拒否し、その素顔はほとんど知られていない。もちろん当初はそれは建前であり、業界を取材する記者たちとの接触は少なからずあったようだが、後にそれさえも拒否する。その頃の記者との軋轢は中日ドラゴンズ監督時代の落合博満を彷彿とさせる。

 組織の規模が大きくなるにつれて、服のデザインだけでなく展示会の要請も増えてくる。その結果としてこのメゾンは独特な意思決定プロセスを持ち始める。マルタンの意思ではなく、みんなで決める。みんなの意志がメゾンの行く末を左右する。早すぎたティール組織。もしくはスタンドアローンコンプレックス。主役不在のSF映画と錯覚するような作品だった。

●監督:メナ・ローラ・マイヤー 2017年 1時間43分






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