小説 | マイ・ディア
この作品は、生活に寄り添った物語をとどける文芸誌『文活』2022年3月号に寄稿されています。定期購読マガジンをご購読いただくと、この作品を含め、文活のすべての小説を全文お読みいただけます。
すっかり放置していた僕のスマホに光る、赤い③の文字。
『ハル、最後の晩餐どないする?和洋中なんでもええで!!』11:48
『あかん・・・仕事詰め込んだからやっぱり遅なるかも・・・』16:07
『帰り道に店長の日かどうか覗いてみて』17:30
昼前から夕方にかけて状況が険しくなる一方の文章が見事に“さーちゃん”で、無意識に声を出して笑ってしまった。
「やぁらしい笑い方。結婚式前日に浮気発覚だ」
キャリーケースの中身を最終確認しながら僕の漏らした音に反応した香里(かおり)は、ほとんどスッピンなのにむき卵みたいな真っ白い肌をピカピカに光らせている。昨日は美容院・ネイルサロン・エステとフルコースだったらしくそれぞれにしっかりと相応のお金が掛けられていることも知っていたが、外見以上に内から溢れ出るそのオーラをきっと花嫁特有の美しさと呼ぶのだろう。
慌ただしい前日準備の最中でも輝きを放つ綺麗な我が婚約者に見惚れつつ、
「ちゃうねん、冴子(さえこ)が」
と弁明すればそのたった一言で、あー、と香里はつるつるのむき卵にえくぼを浮かべた。頭の回転が早く、理解力に優れ、芯が強くて、とても優しい。こんな人と結婚できるなんて、一生分の運を使い果たしたかも知れない――、いや、正確には2度目の一生分の運だから、二生分?
「…じゃぁ、冴子さんによろしくね。遥斗も明日寝坊しないでよ?」
関東から前乗りしてくれている義両親が泊まるホテルへと向かう彼女を玄関まで見送って、もう一度明日の荷物を点検してから僕も部屋を出た。結婚式の頃にちょうど咲くといいねと2人で話していた桜は残念ながらまだ二分咲き程度だけど、春が始まりかけの柔らかな気配がする。
線路を挟んで反対側に位置する実家的一軒家は、半年前から共に暮らし始めた僕達の新居であるこのマンションから徒歩20分。まずは商店街のココイチを覗いて、“店長の日”かを確認しなければならない。
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混み合う電車内で私がようやく既読をつけた時、最後のメッセージから2時間も経っていた。
『ほーい!今からそっち帰るわ』17:50
『店長おったで』18:03
『おれ、いつもの!』18:04
こんな日にもいつも通り待たせてしまったけれど、穏やかなあの子はきっと何も言わない。
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