【いまさらレビュー】映画:インフル病みのペトロフ家(ロシア・フランス・スイス・ドイツ合作、2021年)
今回は、強烈なイメージと斬新な手法がとても印象的なロシアほか合作映画『インフル病みのペトロフ家』について、記憶が鮮烈なうちに記録しておこうと思います。
監督はロシアの鬼才キリル・セレブレンニコフで、第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作。アレクセイ・サリニコフのベストセラー小説がベースとなっています。なお、殺人、セックスや暴力・流血などの過激なシーンもあり、苦手な方はご覧になることをおすすめいたしません。
おはなし
病んだ世の中、病んだ人生…そんな中、高熱で脳がイカれるとはこういうことかと重い気分にさせられる。映画は一見、関係性が乏しいシーケンスの羅列のように思える。現実なのか幻視・幻覚なのか、それとも回想なのかさっぱりわからないまま、エピソードが積み重ねられる。
主人公のペトロフは「公開処刑に参加」「高熱なのにウォッカで飲み潰れる」「友人の作家の自殺を幇助」「入れ歯が喋りだす」「UFOを目撃」「霊柩車で死体と化す」…熱発の子供を看病し、次の日イベントに連れて行く過程は辛うじて現実か。
離婚した元妻は「図書館でセックス」「気に入らない男をボコボコに殴り血まみれに」「子供の喉を切る」「公園で男を滅多刺し」…現実なら完全に凶悪犯だ。
中盤以降、旧ソビエト連邦時代を象徴するかのように、雪娘の黒歴史的エピソードがモノクロで綴られる。ラスト、バスの運賃取り立てババアとして再登場し、観客を驚かせる。ロシアではインフルの熱でうなされるが如く、すべてが悪夢のように混沌・混乱の時代だが、過去(ソ連時代)とは切っても切れない関係にある。後味の悪さとともに映画は終わる。
ワンカットの長回しで別シーンがつながったり、変態カメラワークを駆使したり、回想は昔の8ミリカメラ風の映像だったりする。幻覚的な見せ方も凝っており、その点でも見どころは多い。
デビッド・クローネンバーグ監督『ヴィデオドローム』『裸のランチ』の粘液をまとったような表現を思わせなくもないが、こちらは快楽と隣合わせの幻だったか。『ペトロフ家』では幻がひたすら迷宮的であり絶望とお友達。
見えている世界の色
舞台はロシア第4の大都市エカテリンブルク。だが、デジャブーのように脳裏に浮かんできたのは、山口県出身の洋画家・香月泰男の作品だった。香月泰男は戦後の壮絶なシベリア抑留体験をテーマとした作品を多く残した画家である。
代表作「シベリヤシリーズ」のほとんどは、なんとも言えない冷たさと重さをたたえ、色彩の乏しい濃密な空気が支配している。激しいタッチは死の恐怖と生への渇望を物語る。シベリアの抑留地と大都市ではまるで様子が違っているはずなのに、相通ずるものを感じるのはロシアというバイアスのせいか。
ロシア社会が内包する(と思う)混沌・混乱・絶望・閉塞感は、『ペトロフ家』ではやや青みがかった独特の色味で表現されていた。一方、ペトロフの幼少期、つまりソ連時代の回想は少しくすんだパステル調のエモい色調。やはり世の中が変われば、おのずと見えてくる世界の色も変わっていくのだろうか。自分が見ている世界の色は何色なのだろう、とふと思う。
風刺として語られることもある『ペトロフ家』。試みは成功していると思う。生理的に受け入れられないタイプの人間もいるだろうと想像はつくので、あまりおすすめはしない。個人的には高く評価したい作品ではあるけれども。
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