クルパカ!⑩ vol.455
この男、俺の親友である。
俺はこの男が円満に退職する姿を優しく眺めていたいと思う珍しい人間のひとりである。
にも関わらず、会議で俺が話している時に寝ている。
しかも営業所の頭であるのに、メモも取らない。
その悠長さは、まるで田園風景の中で呑気に蝶々を採るべく追いかけている山下画伯を思い出させる。
今となっては怒りも悲しみもしない。
この男だから許されるのか、あるいは俺は心の何処かでこの男のことを諦めているのか。
諦めている。
この男には響くことは響くが、ただ響くのは一点だけで、下ネタまわりのやり取りの時だけである。
会議終了後俺は嫌味ったらしく、「◯◯さん、また寝てんだからよー。」とチクチク攻撃する。
何考えてんだか………
終盤、この会議は修羅場を迎える。
我々のエリアを含むもっと広大な版図を管轄するゼネラルマネージャー的な人物が姿を見せる。
クルパカの営業所はエリアでどん尻。
さらに複数のエリアで括られる地区エリアの中でも底辺を極めている始末。
その責任を一手に引き受けるべき立場であり、と同時にあらゆる方面からサンドバッグ状態と化すほどの攻撃を受けている。
それをこの男は理解しない。
もちろん、他の営業所長も当然数字的に責めを追うべきは多分にある。
だがこの男の呑気さは、おそらく一方的にゼネラルマネジャーの網膜に悪意の色覚を帯びさせるのにうってつけだ。
この男が言い訳をしている時に、ゼネラルの表情がガラッと変化したのを周囲は見逃さない。
その間、クルパカはゼネラルと目を合わさずにおよそ見当違いな内容をいかにもか細い声で囁いている。
やばい!
この男、きっととばされる。
閑職になって今の持ち場をきっと離れざるを得なくなる。
そんな確信的な未来を予想させた。
俺はこの男の貧相で哀愁漂う、そして昔懐かしい後ろ姿の輪郭が大好きだった。
常に俺の目の前にあることを望んでいた。
俺はこの男が円満に退職していく姿を今、想像できない。(終)
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