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花束(落選) 短編童話

たかし君は、シールが10個貼ってあるカードを見て心が、高鳴っていました。

たかし君は、お母さんのお手伝いをする度に、シールを1枚貼ってもらいました

「10個貯まると、100円と交換してあげるね」

 お母さんが言って、くれたカード。

 カードを両手で、お母さんに手渡しました。

「もう10個貯まったのね。頑張ったね」

 たかし君の鼻は、天狗と間違えるのではないくらい、高くなっています。 

 小銭入れからキラッと光る100円玉を、たかし君の手のひらに優しく乗せました。

 手のひらに乗せられた100円玉は、重く、温かく感じられます。

「ぼくの力で、手に入れたお金」

 心臓が、ドクドクと騒いでいるのが、伝わってきます。

「お母さん、商店街へ行ってきてもいい」

 お母さんは、眉をㇵの字にしました。

「1人で行ったことないからね。大丈夫かしら。少し心配だわ」

「大丈夫だよ。ぼく、学校で算数を勉強しているから、1人でお買い物できるよ」

 お母さんは、首をかしげて、腕を組みながら言いました。

「たかしも、小学生だものね。近くの商店街なら、そろそろ1人でお買い物に、行ってもいいころかしら。お手伝いだって、立派にできるようになったし」

 たかし君は、跳びはねました。

「やったぁ。お母さんありがとう。ぼくのお金、大切に使うね」

 たかし君は、この日のために、買ってもらった小銭入れに、そっと100円玉を入れました。

なくさないように、小さなポシェットに入れると、元気よく外へ飛び出しました。

初めて1人での商店街、1人でのお買い物。

最初、足取りは軽やかでした。しかし、次第に、その足取りは、重くゆっくりとなっていきました。

少し心細くなり、手は汗でベットリです。

 1人で行く。自分で決めたことです。

 たかし君は、ポシェットの紐を、ギュッと強く握って、前を向きました。そして、怯えている足に、力を入れました。

 商店街へ着くころには、心臓は優しく動き、手が乾いてきました。

 心臓はさっきから、慌ただしく感情を、コロコロ変えているようです。今度は、ドッキンドッキンと、たかし君をせかしてきます。

 たかし君は、静まるように胸を撫でました。

「ふぅ。さて、お目当ての駄菓子屋さんに、さっそく行くぞ」

 そう言うと、商店街の入口近くにある、駄菓子屋さんへ吸い込まれて行きました。

 たかし君を待っていたように、駄菓子たちが、各々輝きながら手を振っています。

 全部家へ連れて行ってあげたいところですが、あいにく100円しかありません。

 自己主張をしてくる駄菓子たちを、審査員になった気分で、吟味していきます。

 その中で、一際輝いている駄菓子がありました。

 砂糖がまぶしてあり、5種類の色の飴が、長くて細い棒の先についており、棒は花束のように、キレイに束ねられています。

「わぁ、キレイ。それに1つで5回味わえるぞ。これはいいなぁ」

 値段を見るとちょうど、100円と書かれていました。

「ピッタリか。これだと、1つしか買えないなぁ。もう少し考えよう」

 たかし君は、小さな店の奥へ入って行きました。

 奥の方で、私たちもいたのよと、ばかりに奥の駄菓子が歓声を、挙げています。

 たかし君は、1つ1つ、ゆっくりと見ていきます。

「これは、とても美味しそう。これは、キレイ。これは、お腹にたまりそう」

言いながら、手にとっては戻しを、繰り返します。

大事な、大事なお金です。一番満足する買い物をしたかったのです。

駄菓子屋のおばあちゃんは、その様子を見ながらニッコリと、微笑んでいます。

たかし君は、おばあちゃんの視線に気づき、そちらに顔をやりました。

「こんにちは。ぼく今日は、1人なんだ。ぼくが、お手伝いしてもらったお金で、お買い物するんだ」

 胸をそって元気よく言いました。

「そうかい。それは、すごいねぇ。たかし君も、1人でお買い物できるようになったのね。お手伝いしたなんて、たいしたものだ」

 おばあちゃんは、メガネを持ち上げて、まじまじと、たかし君を見ました。

 たかし君は、そのおばあちゃんの様子に、急に顔が赤くなりました。

 気づかれないように、視線を駄菓子に移し、にらめっこをしました。

「ぼくが欲しい物って、なんだろう」

 ふと、そんな疑問が頭に浮かびました。

「お手伝いして、お金をもらって、何を買いたかったんだろう。何を買うと、満足するんだろう」

たかし君は、すごく、すごく考えました。学校の授業やテストをする時よりも、うんと考えました。

 でも、なかなか答えが出ません。ポシェットを握りしめ、髪の毛をグシャグシャにしました。

 今日という日を、ずっと心待ちにしていたのに、いざ手にすると、どうしていいのかわからなくなるんだなと、たかし君は思いました。

 考えている内に、駄菓子屋さんは、たかし君より、ずっと上のお兄さん、お姉さんたちで溢れていました。

 みんな、小さなカゴを持って、次々に駄菓子を入れていきます。

「わぁ、すごい。さすが上級生。みんなちゃんと計算しながら、色々買っている」

 たかし君が感心して見ていると、ふいに後ろから、声をかけられました。

 ビックリして、肩が上がりました。

 振り返ると、友だちのお兄さんがいました。

「たかし君だよね。1人で買い物に来たのかい。偉いね」

 そう言って、頭をなでてくれました。

 嬉しいけれど、恥ずかしくて下を向きました。

「そうだ。ご褒美に何か1つ買ってあげる」

「本当に」

 たかし君の心は舞い上がりました。

 お兄さんは、優しく笑って頷きました。

 たかし君は、駄菓子を眺めて、どれにしようか考え始めました。

「ゆっくりでいいよ。ぼくもまだ、何を買うかを、悩んでいるから」

 お兄さんはさらに奥へと、行ってしまいました。

 たかし君は、1人で買い物をしに来て、よかったなぁと、思いました。

 悩みながら店の中を、ゆっくり歩いていると、店の入口の方に立っていました。

 最初に見た、あの飴の花束が目にとまりました。

「そうだ、これを買ってもらったら、他の物が買えるぞ」

 たかし君は、震える手で1つ、掴みました。

 お兄さんがちょうど、やってきました。

「決まったかい。その手に持っている飴、キレイだね。じゃあ、それを買ってあげる」

 たかし君は、目をキラキラさせて、手渡そうとしました。

 手をお兄さんに伸ばした時、お手伝いしたことを思い出しました。

 たかし君がお手伝いをする度に、お母さんは笑顔で「ありがとう」と、言ってくれました。

 たかし君にとっては、大変なお手伝いでしたが、お母さんのやっていることに比べれば、とても簡単なことです。

 たかし君は、伸ばしかけた手を止めて、言いました。

「お兄さん、やっぱり自分で買うよ。ぼくね、初めて、お金もらって、初めて1人で買い物に来たんだ。もし、お兄さんに買ってもらったら、ぼくの初めてのお使いは、失敗ってことになっちゃう」

 お兄さんは目を、大きくして、口をぽかんと、開けました。でも、すぐに笑顔になり、また頭を撫でてくれました。

「そうだよね。たかし君の初めてのお買い物の邪魔をするところだったね。ごめんね。たかし君は、とても賢くて、偉いね」

 お兄さんは、お会計を終えると、もう一度、頭を撫でて、手を振って去っていきました。

 たかし君は、手を振り返しながら、買うものを心に決めていました。

 それを買うと、おばあちゃんにお辞儀をして、家へ向かいました。

 家へ着くと、買うのに時間がかかり過ぎて、遅くなったたかし君を、心配したお母さんが家の前で、待っていました。

 たかし君を見ると駆け寄って来て、抱きしめてくれました。

「お買い物はできたの」

 たかし君は、頷いて、あの飴の花束をお母さんに差し出して言いました。

「お母さんいつも、ありがとう。ぼくが、1番良いと思う、お金の使い方をしたよ。これ、お母さんに。本物の花束は高くて、買えなくってごめんね」

 お母さんは、黙ってたかし君を力強く、抱きしめました。そして、やっと小さく言いました。

「ありがとう」

2人の目には、涙が浮かんでいました。

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