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句集・歌集・俳誌

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『惑溺Ⅱ』10句選

『惑溺Ⅱ』10句選

 なんとなく惑溺は造語だと思っていて、改めて調べてみるとすでにある言葉だということが分かった。
「ある事に夢中になり、本心を奪われること。」
 句会に多く参加したり主宰したり、大量の句作をしたりと彼女の熱量はすさまじいものがある。彼女の惑溺っぷりとしての作品集なのかもしれない。

夏痩や渚見てゐるだけでよく
 季語は「夏痩」。夏の暑さで食欲が減り、体重が落ちてしまうこと。
 作中主体は「渚」を「見

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「変容する連句」と潮目

 言語学に「ドリフト」という言葉がある。ざっくり言うと、長い時間をかけて単語の意味が変わっていく動きのこと。「微妙」が「言葉にできないほど素晴らしい」から「良くもなく悪くもない」へと変わったように。私はこれを拡大解釈して変化全般に対して「ドリフト」と使ってしまいがちで、「さんざか」から「さざんか」、「きぬかづき」から「きぬかつぎ」などもドリフトと言ってしまう。ドリフトについての詳しいことはゆる言語

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『溺れておいで』

昨年の春、叔父が死んだ。長いこと病気と闘っていた。
今年の春、友人が二人死んだ。一人は十年ほど鬱病と闘っていた。もう一人は保育園からの仲だったが、何に苦しんでいたのかは今も知らない。
先日、アントニオ猪木が死んだ。心アミロドーシスという病気を患っていた。長州力は「やっと解放されましまね。(ママ)」と最初に書いた。

叔父の葬式で、父は「死んだら楽しいことも苦しいことも終わり」と言った。まったくその

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『ふりょの星』10句選

ようやく買うことができた。買わねばと思って半年ほど経っていた。
面白い句だとか、感想を書きたいと思った句が40ほど。あまり引用しすぎてもよろしくないので死ぬ気で10句に絞った。

  前脚はとても短いエレベーター
「めっちゃわかる!」と心の中で叫んでしまった。脚の血液が戻っていく様子を「エレベーター」に見立て替えることもできるがそうではない。単純にビジュアルとして納得してしまった。本当に二物衝撃を

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『展開』を読む 補遺

素人の分析である。精度、順序など、ご容赦頂きたい。

まっさらでまっしろでまっすぐでまっとうな彼氏が選んだあたし
形容動詞が「ま」で頭韻を踏んでいることはもちろん、「彼氏」「あたし」にも[a]の頭韻がある。さらに形容動詞の三音目が「さ」「し」「す」とサ行で構成されており、「と」も舌頂音で無理矢理グルーピングできなくはない。
当然「で」で脚韻も踏んでおり、五音の区切りと「ま」と「で」がリズムを構成す

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『展開』を読む

『展開』を読む

作者と作中主体が別物というのは重々承知していて、それでも作中主体はそのまま豊冨さんだと信じたい歌集だった。彼女の大切な思い出や感情が優しく、短歌の形を借りて保存されている。「俺が俳句にできなくて諦めていたことは短歌だったらできたかもしれない」と少し悔やむほど。
「かわいい」「嘘」という言葉がたくさん使われていて、もしかしたら彼女のいるコミュニティには「かわいい」と「嘘」がたくさんある場所もあるのか

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『いぶき』第20号を読む

 今号の「いぶき実験室」に連句のことについて書かせていただいた。その際に失礼や補足したい箇所があり、取り急ぎこのようにツイートした。国光さんには改めてお詫び申し上げたい。

共同代表作品 「喧嘩で一番強いのは黙ること」と聞いた。夫に不満があったにせよ、他所から持ってきた怒りにせよ、どこか他人事のような書きぶりである。確かに黙られてしまっては介入の仕様がない。何者も寄せつけない雰囲気が黄身を閉じ込め

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