海外大学院・専攻選び…の前の「探し方」①何が問題なのか

あけましておめでとうございます。

突然ですが問題です。
Q1: 次の同じ大学の農業経済学の修士課程の「制度的」な違い、と「実質的」な違いはなんでしょうか。
MSc Food, Agricultural and Resource Economics
MFARE Food, Agricultural and Resource Economics

Q2:​この大学のGender StudyのMAプログラムは1年と2年の物がありますが、「制度的」な違い、と「実質的」な違いはなんでしょうか。
Gender Studies, Queens University

Q3:イギリスのこの2大学にはそれぞれHigher Educationのコースがあり一方はMSc、もう他方はMAです。「制度的」な違い、と「実質的」な違いはなんでしょうか。
Oxford, MSc in Education (Higher Education)
Manchester, MA International Education (Higher Education)

回答は最後に書きますが、これから2回は、前回の話の流れで「制度(de jure/デジュリ)」と「実質(de facto/デファクト)」という観点から「大学院や専攻/プログラムを選ぶ前にそもそもどうやって探して見つけるか」について、特に今回は「探す前の予備知識」とそこに関わる問題を書いていきます。

まず、日本の大学(学部)”選び”はおそらく以下の様な要素から成り立つものかと思います。
・起点となる内的な情報:自分の実力と予算と興味関心・目標
・考慮すべき外的な情報:大学の学部と専攻、学費・諸経費(通学/下宿、国公立/私立)、難易度/入試種別
・情報源:大学の入試情報、教育情報産業の入試情報、口コミ、オープンキャンパス、高校の進路部門等
当人は初の経験として内的な情報を持っていても、外的な情報の評価と判断をどうして良いか分からない中で、親自体が大学に行っていれば世代は違えど自身の経験から文化資本として「入試での振る舞い方(情報の探し方&要点の読み方)」を持っているのでそのノウハウ伝えられたり、手助けが出来たります。(※大学がまさにブルデュー的な意味で既存の格差を再生産する仕組み)

一方で大学に行ってない第一世代(First generation)で、家族内にそうした情報が無くても、国内であれば大学だけでなく、高校や教育情報産業が「広義の」大学入試制度を構成しており、そこに関わる人々が情報の要点や探し方&見方を知っているから、それなりに対応出来る(現状の実力に照らし合わせた難易度という量的情報や、キャンパスの文化についての質的情報について助言が出来る人々が居る)と言えます。(こちらは逆に大学の社会的上昇を助ける機能)

次に(国内の)大学院となると、学部を終えている時点で方向性は見えていて、相談出来る先生もいるでしょうから、自分で広義の制度を理解してその中での「探し方と読み方」を知っており、また相談相手もいるので、余程分野を変えない限り探して選ぶことは大きな問題にはならないと言えるでしょう。

言い換えれば「(狭義の)制度情報は、一般的に読者が前提として諸常識を持っている体で書かれているため、「厚い記述」(Geertz, 1973)を欠いているが、個人レベルでの読解力が無くても、その隙間を埋める広義の制度が成立しているため、狭義の制度上で妥当な意志決定が出来る」という事です。

…と、その「外的な情報に対応するための条件」
・国外(の未知の狭義の制度についての対応である)
・大学を卒業してから間がある(ので情報源が少ない)
という二点から難しくなるのが、最初の3つの問題を上手に答えられない理由であり、他国の大学院に働き出してから行く…というかそもそも「行きたいけど何をどうやって探し、どう情報を評価して、どういう判断をして良いかが分からない」の本質(外部の曖昧な状況に対して適用させられる知識が自分・自分達に無い=sense-makingの根拠が無い)です。(Weick, 1995)

さて、その点を踏まえて3つの問題の答えを考えていきましょう。
Q1はカナダのUniversity of Guelphという元々は農業学校から始まった大学の修士課程からの出題です。制度面についての模範解答はこのGraduate informationにある通り、MFAREはcourse-based、MScはthesis-basedという違いです。

…と、言われても分かりづらいので以下解説。まずは前提として以下の分類があります。
Thesis-based program:Research degreeとも呼ばれる、最後に論文を書く研究職につながるのプログラム。
−日本で一般的に言われる「修士課程」
−科学の研究という広い意味での公益のためのものなので、政府の補助が出されており、学費が(Course-based比で相対的に)安く、奨学金も出やすいが、受け入れ枠は小さい。(外国人であっても同様*)
Course-based program:Professional degreeとも呼ばれる、主に実務者のキャリアアップを目的とした、授業(course work)だけのプログラム。
−日本で言う「専門職修士」の元ネタだが、分野が広いためあまり似ていない気もする。
−個人の利益のためなので一般的に政府の補助が少ない、または大学として収益を目標としている場合もあるため学費が高く、受け入れ枠もやや広い
−出願時に実務経験を問われがち(ただ厳密にn年と言う所もあれば「○○ equivalent/同等の」とフワッとした書き方をしているものも少なくない)→実務経験があれば、学力が素晴らしくなくてもチャンスは大きい筈。
−社会科学に限らず、実務系の分野に置かれている事もあるが、全ての分野にあるとは限らない。
−Q1に関わって、一般的には最初はThesis basedしかなかった所に、実務者からのニーズ(高度な知識は欲しいが研究はしない)を受けて後から作られたプログラムと言える

(*私は出願時点で、OISEのMAとM.Edの差を理解せずにMAに出した所「MAはダメだけど、M.Edなら良いよ」と言われました。学費は2019/20でCAD25,000/約200万円とCAD38,000/約300万円、プログラムは2年と1.5年、前者は倍率10倍超、後者は4倍程度という枠の差があります。)

ただしQ3でも示している様に、「分野は同じに見える」のに「名称は国と大学(が自身のプログラムをどう構成するか)」によって結構異なります。例えばイギリスUCLの様に「MAは人文社会系の、MScは自然科学系のCourse basedで、Rearch basedはM.Phil」と名前として入り口から分かれているのもあれば、M.EdとMAがあるけど、M.EdでもMajor research paper書く「という選択肢もあるよ」としているプログラムもあり、またQ2に関わって同じMAだけど内容と期間違うよ、という事もあるので、他大学間での比較の際も、同専攻内でのプログラム比較の際も、実際のプログラムページを読まないと違いは分かりません

さて、狭義の制度面でそういった差異があるとして、「その学位を取ることの実質的な違い」はなんでしょうか。

「分野による。」

そう、これだけ国と大学によって名前と制度が違うので「ざっくりと、少なくとも実質として修士レベルである」事以上の話は「その先で向かう国・業種・業界によって異なる」程度しか一般化出来ない、と言って差し支えないでしょう。(つまりQ1-3の各々の学位間での実質的な差は正直あまり無い。)専門職化(Professionalization)が進んでいる分野であれば、厳密に指定してくるかもしれませんし、そうでない分野であれば「修士レベル、その筋に詳しいんだろうなぁ…」という程度に良い評価をされる、という。(※前回でいうハッタリ要素にはなる。)

例:このOISE Higher EducationのPh.DのAdmission requirementですと、
・A relevant MEd or MA degree, or its equivalent, with an average of at least B+ or demonstrated comparable research competence
・Applicants who hold an MEd or other non-thesis master's degree must submit written evidence of their ability to define a research question or problem, devise a research design, and analyze and report research findings – all in an academically rigorous manner.
「M.Edや論文無しのプログラムの場合は、writing sample出せばOK」と…。

まとめ
・制度面で同じ分野、トピックの“修士号/Master's degree”という中でも、国、大学によって学位の名前と出願要件、カリキュラム、卒業要件等々は異なるため、探す時には名前だけで判断せず、プログラムページをさらっと読んでより合うものを選ぶ。
・実質的な利点については、前回に引き続き『(どの)学位を「どの国のどの大学で取る」か、はその後の自分のプランに応じて重要さが変わってくる』ため、まずは自分が学位取得してどうしたいのか(そこに学位上の差はあるのか)、を見ておく。

Geertz, C. (1973). The interpretation of cultures: Selected essays. Basic Books.
Weick, K. E. (1995). Sensemaking in organizations. Sage Publications.

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