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星に願いを

 真夜中、空を見上げると、夜空に尾を引く流れ星が一つ。
『何か願い事した?』
『うん、ちょっとね』
 暗くなった部屋の中、星々が煌めく闇夜の下で、僕は友人からのメッセージへ返事を打つ。きっと僕は今、誰にも見せられないような笑顔をしているだろう。
 僕はスマホの画面を閉じ、もう一度頭上に広がる星空へ瞳を向けた。彼女も今、この街のどこかで同じ空を見ている。今日学校で彼女が見せたあどけない笑顔が頭をよぎり、僕の胸はぎゅっと締め付けられるように痛んだ。
 静かな部屋に響く通知音。僕は再びスマホを開く。
『ごめんね! もう寝ないと』
 おやすみと書かれたメッセージと、その後に続く流行りのスタンプ。僕はおやすみと返したけれど、今日はもう返事は来ない。カチカチと鳴る時計の針は、二人揃って天を指す。楽しい一日はあっという間だ。残念な気持ちはあるけれど、明日も学校で会えるから、眠って起きればまた楽しい一日が待っているはずだ。
 スマホを置いて布団を被り、僕は静かに目を閉じる。


 数日経って夜空を見ると、宇宙を旅する流れ星が一つ。
『またお願い事?』
『いつまでも楽しく過ごせますように、って』
 ほんの少しだけ頬が熱くなるのを感じながら僕は答える。電話の向こうからは、くすくすと心地よい笑い声が聞こえてきた。
 彼女の声の後に訪れた静寂。僅かな時間が過ぎ、一呼吸置いた彼女が言った。
『あのさ。今度の週末、一緒に星を観にいかない?』
 再び訪れた静かな時間。答えは決まっているけれど、言葉にするのが難しい。自分の鼓動しか聞こえなくなるほどに脈打つ心臓を抑えながら、僕は言った。
『もちろん』
 声が震えそうになったのがバレてはいないだろうか。胸の高鳴りが向こうまで伝わってはいないだろうか。あの日と変わらず空に尾を引く流れ星は、あの日とは変わった僕らを見下ろしている。遥か彼方の手の届かない場所から、だんだんと近づいていく僕らのことを。
 楽しみにしてるねと彼女に伝え、僕は静かに目を閉じる。


 幾度かの夜が明け天に顔を向けると、空にはまだ流れ星が一つ。
「熱心だね、お願いするの」
「うん。最後は好きな人と過ごせますように、って」
 いつもより賑やかな街の通りを、僕らは並んで歩いていく。僕の鞄にお弁当。彼女のバッグには手作りのお菓子。青い空に白い雲、輝く太陽と流れ星。僕らは静かに、二人で一緒に、あの街外れの小さな丘を目指す。
「もうすぐだね」
 そう言った彼女の頬は、ほんのりと紅く染まっているような気がした。
 すれ違う人を避けながら僕らは進む。こんな時には何を話せばいいのだろう。僕が横目で彼女を見ると、横目で僕を見ていた彼女と視線が合った。慌てて視線を前に戻すと、隣から彼女の笑い声が聞こえてきた。僕らは二人して黙りながら同じことを考えていたみたいだ。
 彼女が手を差し出してくる。何を言いたいのかは、彼女の顔を見なくても分かった。僕も無言で彼女の手を握り返す。この時間がいつまでも続けばいいのに。
 今この時を心に刻みつけるため、僕は静かに目を閉じる。


 世界の果てまで広がる青空の下には、真っ赤に燃える流れ星が一つ。
「もうお願い事はいいの?」
「うん。僕の願いは叶ったから」
 彼女の綺麗な瞳の先。僕が見ている視界の先。僕らが出会った大切な街は、まるでお祭りの日のように騒がしい。
 人々の願いを連れ去っていく流星は、それでも僕の願いは叶え、僕らのそばまでやって来た。今なら手を伸ばせば掴めてしまいそうだ。
 燃え上がる流星に向けて伸ばした僕の手を掴み、彼女は言った。
「またいつか」
「……うん。またいつか、必ず」
 彼女は笑い、僕も笑った。ぎゅっと握られた手から、彼女の温もりが伝わってくる。頬まで熱くなってしまうぐらいの温もりが、心が痛くなるほどに。
 始まったばかりの僕らの物語は、どうやら間もなく終わってしまうらしい。いつかまた青空の下で、こうして彼女と話がしたい。そんな願いを心に秘め――。
 僕は静かに目を閉じた。

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