今年初のスイカバーを食べた話。

六月の頭、近所のスーパーにスイカバーが並んだ。ひとり暮らしの部屋は、まだ少し冷たい風が通っていたけれど、夏を始める儀式として、窓を締め切りクーラーのリモコンを手にした。簡単にほどけていく幼稚な甘みの中、この微かな記憶を覚えておきたいと思った。


父は忙しい人だった。夜勤のある仕事の為に不規則な生活をしていたので、父と過ごした記憶は多くない。夜勤明けの朝、家族が朝食を食べる食卓でお酒を飲んでいたし、わたしが学校から帰る頃にはお酒を飲んでいた。

きっと、わたしが幼くて父の顔を覚えてないとしたら、父はお酒に酔ってわたしのことを覚えていないだろう。わたしはそんな父が嫌いだった。

夏の間の三ヶ月、父の仕事は比較的楽なようで、日曜日は休みになっていた。父の夏スタイルはいつも、ユニクロのキャラクターもののTシャツにハーフパンツだったので、お父さんの絵を学校で描いたとき、みんながスーツ姿の絵を描くのにとても驚いた。いつも汗でTシャツの背中が濡れていたっけ。

わたしの中の父はいつだって夏だった。日曜日は車でスーパーに行った。アイスを二本買って、車の中で食べた。『お姉ちゃんには内緒やで』と言って、頭がキーンとなりながら急いで食べた。

わたしがスーパーのアイスケースから、スイカバーを選ぶたびに、『お前はほんまにスイカが好きやなぁ!』と言うので、わたしはメロンバーを食べたことがなかった。

わたしが小学二年のとき、父の実家で食べたスイカがとても美味しくて、ひとりで半玉食べてしまった話を毎週毎週繰り返し聞かされた。あまりにも同じ話をして同じところでガハハと笑うから、お酒を飲みすぎてボケちゃったんじゃないかと思ったけど、随分と楽しそうだから、頭が痛いフリをして聞き流すことにした。そうして夏休みが終わる頃、スイカバーは店頭から姿を消した。わたしの父は、酒乱の父へと姿を変えた。



お父さん、わたしね。スイカは好きだけど、実はスイカバーはあんまり好きじゃないんだ。

一生伝えることのない言葉を、チョコの種と一緒に噛み砕いた。今年のお盆は実家に帰ろうと決めた。







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