私が愛した女性の話。

薄暗く怪しげなマンションの一室で、私はその日赤い縄を食い込ませた。22歳の肌を複数の男が見つめる中、高揚した唇に触れたのは柔らかくて赤い女の唇。

私には女性の恋人がいた。


きっかけは驚くほどにふわっとしていた。

『ハプニングバー行かない?』『会って欲しい女の子がいる』

職場の同期の仲の良い女の子と、休日にディナーをしていた。多分サイゼリヤかガストだったと思う。丸い目をした幼気な彼女が唐突にそう言った。向かうは繁華街から少し外れた住宅街。一見普通のマンションだった。

不安より好奇心が勝っていたんだろう。店内に入ると数名の男性客と女性がひとり。マンションに入ってきた筈なのに、そこにはバーカウンターとソファー席。奥にも部屋があるようだった。

一番奥のカウンターには、細身で黒髪の美しい女性。ひとりでグラスを傾ける仕草がやけにスローモーションに見えた。見透かされたように目が合って、その日私達は恋人になった。

薄暗いマンションに裸の男女。陳列された手錠や縄や玩具たち。ここが私達のデートスポット。それから毎週、逢瀬を重ねた。ある日はダーツを楽しんだり、お互いにコスプレを着せ合ったり、常連のお客さんとも仲良くなり、まるで気分は子供の頃に作った秘密基地。そこは遊びに溢れていた。

男性客もたくさん居る中で、私の身体に触れるのは彼女だけ。大人びた表情をする彼女のその幼い感情がとても愛おしかった。私をしつこく口説こうとする男性の目の前で、彼女は私に首輪を付けて『おいで』と引っ張った。

奥の部屋で彼女の歪んだ愛情を受ける。彼女のぽってりとした唇が、アイシテルと動く。ただ幸せだった。柔らかい肌を抱きながら眠った。

一緒に朝まで過ごして、夜明けの定食屋さんで朝ごはんを食べたね。一緒に買い物に行ってお揃いのワンピースを買ったね。クリスマスにはピンク色のブレスレットを付けてくれた。イルミネーションに紛れてこっそりキスをした。

名前以外の事は何も知らなかった。仕事も自宅も育った環境も。

私の手首の傷のこと、仕事のこと、以前付き合っていた男性のことも何も聞かれなかった。

私達はとても歪でとても儚かった。刹那に過ぎていくような時間の中を生きていた。

リョウちゃん、貴女を愛していました。


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