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【ふんわり解説】絶滅してしまったかもしれない、日本固有の蝶について考えよう

結論:そもそも外来種を野に放つな。


はじめに(記事紹介)

先日、京都大学の研究紹介にてオガサワラシジミという🦋についてのニュースがあった。

固有種(日本にしかいない種)のちょうちょが絶滅の危機というのだから、少しばかり内容が気になるところ。
ただ、この記事を理解するためには、生き物についてそれなりの知識が必要かもしれない。

そこで本記事では、知識の補足を”ゆる~く”入れながら、このニュースを解説していこう。


絶滅の危機について

まずもって、「絶滅」とは?

いなくなることでしょ?といえばそれまでだが、絶滅にはいくつかの種類(段階)がある

これはレッドリストと呼ばれており、大まかに次の2つが挙げられる。
世界基準:IUCN(国際自然保護連合)が発表しているもの
国内基準:環境省が発表しているもの

環境省Webページより引用

・すでに絶滅してしまったいきもの
・野生環境では存在が確認できず、飼育下でのみ残っているいきもの
・近いうちに絶滅する危険の高いいきもの
といった具合に、段階ごとにリスト化されている。


オガサワラシジミはどうなん?

最新の2020年版レッドリストでは、
CR:ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの
とされている。

ただし、京大の記事によれば2020年を最後に野生で生きた個体が確認されていないとのこと。
さらに言えば、多摩動物公園や新宿御苑での飼育も繁殖途絶となっており、
現時点では国内のチョウで最も絶滅に近い位置にいるといえよう。


数が減った原因:外来種の捕食

グリーンアノールという、外来種のでっかいトカゲがいる。
でかいということは、それだけ餌をたくさんお召し上がりになるということ。
イコール、国内のいきものを食い散らかしてしまうやべー奴だ。
環境省から「特定外来生物」という、いわば”お尋ね者”にも指定されている。

沖縄県や東京都(小笠原諸島)といった自治体レベルでも、対策を講じているが……
一部地域では、壊滅的な被害を受けているというのが現状である。

ご存知の通り、ちょうちょの幼虫はイモムシだ。
トカゲにとっては絶好の餌であり、オガサワラシジミを含むたくさんのいきもの、特に昆虫たちが大打撃を被っていることは想像に難くない。


絶滅の危機に至った要因:近交弱勢 

数が減ってからの追い打ち

続いて、これが本研究の主題となるものだ。
近交弱勢により、飼育下個体も急速にその数を減らして全滅してしまったのだ。

そもそも、近交弱勢ってなんだ?
これを説明するには、遺伝子=生き物の形や性質を決める”設計図”
の仕組みについて、少しばかり理解しておく必要がある。


性別 ~対立遺伝子という蝶・クレバーな仕組み~

有性生殖/無性生殖という単語を聞いたことはあるだろうか?
生殖細胞同士の接合で次の世代が生じる有性生殖と、自身のクローンを挿し木や分裂などで増やす無性生殖。

栄養が十分に摂れ、周囲に天敵のいない環境ならば……
自身が分裂してクローンを増やせば、コスパ最高で次世代を増やせるのではないだろうか?

ところが、実際にはそうはなっていない。
異性のペアを探して遥かな旅路に出たり、
わざわざ同種同士でメスを巡って命懸けの喧嘩をしたり。
自分の一部が喰われてでも、花粉を昆虫に遠くへ運んでもらったり。

こうしたリスクをわざわざ犯すのはなぜだろうか?
それはズバリ、「遺伝子の暴走抑制(と、ストックの強化)」という、
リスクをはるかに上回るメリットがあるからだ。

以前にも記事を書いたことがあるので、もし余力があればご一読願いたい。

遺伝子はコピーの過程で、どうしても低確率でエラーが生じる。
これを変異と呼ぶ。
変異は基本的には生存にとって邪魔(不利)なものや、有利でも不利でもないものがほとんどだ。

したがって、変異が蓄積されていくほど、
いきものは深刻なエラーが体のかたちや性質に顕在化しやすくなる

ちょっと大袈裟に言えば、ゆるやかに崩壊していくようなものだ。

ところが有性生殖のすごいところは、
ペアから同じ遺伝子をひとつずつ受け継ぎ、それをセット(対立遺伝子)として次世代が始まるという点にある。

こうすることで、生殖細胞にて変異が生じたとしても、
相方の遺伝子が発現することで被害を抑えられるのだ。

異なる遺伝子のセットを持つことを専門用語で「ヘテロ」というが、
生物の教科書で見たことがある方も多いのではないだろうか?

有性生殖は、ヘテロ接合が増えやすい。
言い換えれば、遺伝子の多様なストックを持っておけるということになる。
このストックというのがまた絶妙で、
環境が急変したりすると、これまで不利だった遺伝子が逆に生存に有利と化す場合があり得る。
そうした際に、隠れていたストックの中から不利だった性質が顕在化し、環境の変化に適応できる可能性が高まるということになる。

同じ種の中でも、遺伝子の多様性というものが存在するのだ。


マラーのラチェット ~飼育個体の抱えていたリスク~

有性生殖のメリットについて述べてみたが、ここで逆説的に無性生殖や自家受精のリスクを考えてみよう。

自身のクローンや自家受精(受粉)は、遺伝子を交換する機会が無い。
したがって、変異が生じて一時的にヘテロ接合になったあとは
次世代に分裂する際に、【通常】と【変異】といった具合にスッパリ別れてしまう。ホモ接合というやつだ。

こうなると、先述の通り深刻なエラーが体のかたちや性質に顕在化してしまいやすい。
提唱した人物の名を借りて、『マラーのラチェット』と呼ばれることもある。

して、今回のオガサワラシジミにおいても似たような状態だと言える。
有性生殖ではあるが、飼育個体同士の繁殖(=近親交配)を繰り返した結果、遺伝子の多様性が失われていったことが今回の研究で示されたのだ。

このようなケースは近交弱勢と呼ばれ、数の少ない閉じた集団では大きなリスクとして立ちはだかる。
飼育個体を繁殖させる場合、最初にサンプル数を確保しておくことの重要性がよく分かる。
本研究では、その試算もなされている。


保全生態学:どうすればよかったのか?

生物多様性を失わないために

今回の研究では、小笠原諸島の固有種というケースだったため
言ってしまえば「どうしようもなかった」感はある。

国内に普遍的な種であれば、例えば
「国内の他の地域から個体を持ってきて繁殖させ、遺伝子の多様性を保護しにかかる」といった作戦も考えられたかもしれない。
ただし、これは飼育下での話である。

野生のいきものは、他のいきものや環境と複雑に関わりあって、
その地域で絶妙なバランスを保っている

よそのいきものが混ざったり、よその遺伝子が交じったりすると、どういう影響が及ぶか分からない。人の手でこれをやってしまうのは許されざる行為なので要注意だ。

やはり根本的な原因として、外来種の放流による被食のダメージがでかすぎたと言わざるを得ないだろう。
そもそもこれ自体、「よそのいきものが混じった」最たるケースなのだ。

他には
外来種の防除や生息環境の保護などによって、
その地域のいきものを守り、維持する方法が考えられる。
これは保全生態学や保全生物学と呼ばれる分野になってくる。

このあたりは文献や研究を漁るまではいかなくても、
各自治体の取り組みなどを見てみるとけっこう参考になる。
胡散臭い団体が何かやっていることもあるが、
先程注意書きした”許されざる行為”に抵触していることもあるので、よく確認しよう!


そもそも、保全することが正しいのか?

少し話は逸れてしまうが、筆者(氷室谷)は
何でもかんでも保全すれば良い、というふうには思っていない。

本来、絶滅とはいきものたちの歴史から見れば「当たり前のイベント」でもあるからだ。

もちろん、人為的に何かやらかして、その結果としていきものが大打撃を被ったとあらば……
その影響をしっかり調査して、場合によっては保全していくことが重要である。

ただ、もともと非常に狭い地域に生息している固有種なんかでは
環境の変化、近交弱勢、多種との競争に負ける……などなど
自然な流れで、絶滅に向かうケースも少なくないと思っている。
※オガサワラシジミがそうだと言いたいわけではないので、ご留意を

いきものは人間に様々な利益をもたらす。
衣食住を支える糧となったり、観光などのサービスに貢献したり。
”共存”や”持続可能な発展”という言葉がもう何十年も使われ続け、
SDGsというキャッチーなフレーズにもなっている昨今。

敢えて「何のために」という視点は捨ててみて。
たまには、今回紹介したような基礎研究に触れてみよう。
きっとあなたの世界、視界は広がって、その風景は色味も増すはずだ。

ぜひその景色を味わってみてほしい。
ほんの僅かでも、たった一人でも。
誰かにとってこの記事が『きっかけ』となれたなら本望である。

では、また。


おわりに(参考文献紹介)

まずはここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。
少しでも反応があると大変嬉しいです。

なお、今回の記事執筆にあたっては、下記の本やWebサイトを参考にしました。
騙されたと思って読んでみると、実はけっこう面白いかも!?

↓京都大学Webページ

↓原著:Road to extinction: Archival samples unveiled the process of inbreeding depression during artificial breeding in an almost extinct butterfly species
(Nakamura et al., 2024)

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0006320724002489?via%3Dihub

↓環境省ホームページ

↓生態学入門 第2版(編:日本生態学会、発行:東京化学同人)

↓保全生物学のすすめ 改訂版
(R. B. プリマック・小堀洋美 共著、文一総合出版)

↓東京都小笠原支庁Webサイト

↓那覇市Webサイト


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