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#モデル契約書の沼 ソースコードの引渡しを巡る攻めと守りの契約書(後編)

【関連】ソースコードの引渡しを巡る攻めと守りの契約書(前編)

1 前回のあらすじ

前回に引き続き、ソースコードの引渡義務について検討していきます。
ちなみに、前回の記事のトップ画は「トマトソースのスパゲティ」でした。
ソースコードが稀に「スパゲッティコード」と呼ばれることと「トマトソース」をかけていたのですが、友人曰く「誰も興味がない」そうです。

前回は、下記の項目を検討しました。
ソースコードとオブジェクトコードの違い
著作権の帰属とは無関係であること
ソースコードの引渡義務は契約解釈の問題であること
続いて裁判例を見てみましょう。

2 ソースコードの引渡しに関する裁判例(肯定例)

まず、ソースコードの引渡しを認めた裁判例をみてみましょう。
裁判所は、主文で「被告は、原告に対し、別紙物件目録記載1のソフトウエア及び同目録記載2のソースコードを、原告の所有する外部記憶装置に転送して引き渡せ。」と判断しました。

ソースコード

【裁判例1】東京地判平成11年2月26日(TKC文献番号28041852)
事案:
原告は宝石販売会社であり、エンジニアとして被告を雇用しました。原告は被告に機材等を提供し、被告は、原告の指示のもと、その雇用期間中、Microsoft Visual Basicを用いて、職務上、ソフトウェア(ダイヤモンド等の宝石類取引業務に特有のブローカー在庫情報、採算値段の自動計算等の機能を有するソフトウエア)を開発しました。
ところが、被告は、ソフトウエアが完成した直後、それを自分のものであると主張し始め、原告の社内のコンピューターにインストールされた本件ソフトウエアを作動不能にしました。原告は、被告に、ソフトウエア及びそのソースコードを引き渡すように求めましたが、被告は、これを拒否しました。そこで、原告は、被告に対して、ソースコードの引渡し等を求めて裁判をしました。

主文:
被告(※元従業員)は、原告(※宝石販売会社)に対し、別紙物件目録記載1のソフトウエア及び同目録記載2のソースコードを、原告の所有する外部記憶装置に転送して引き渡せ。~略~」

理由:
「被告(※元従業員)は、原告(※宝石販売会社)に雇用されて本件ソフトウエアの開発、作成に従事していたものであるから、雇用契約に基づき、本件ソフトウエアが完成したときに、本件ソフトウエア及びそのソースコードを原告に引渡し、原告が使用することができるようにする義務があったというべきである。~略~したがって、原告は、被告に対し、雇用契約に基づき、別紙物件目録記載一のソフトウエア及び同目録記載二のソースコードを、原告の所有する外部記憶装置に転送して引き渡すことを求め」ることができる。」
※ この裁判例は、被告が欠席していることを指摘しておきます。

上記の裁判例において、プログラムは職務著作とされましたので、その著作権は宝石販売会社(原告)にあります。しかし、著作権があるからといって、ソースコードの引渡しまで求めることはできません。

この裁判例は、宝石販売会社(原告)の著作権に基づいてではなく、雇用契約上の義務として、元従業員(被告)に対してソースコードの引渡しを命じたのです。

上記は雇用契約上の義務でしたが、システム開発契約における「納入条項」で「ソースコードを引渡す」と明示している場合には、システム開発契約上の義務として、ソースコードの引渡しを求めることができるものと考えられます(なお、本裁判例の問題点として、文末脚注*3ご参照)。

3 ソースコードの引渡しに関する裁判例(否定例)

次に、ソースコードの引渡義務を否定した裁判例もみてみましょう。
この事例では、ベンダとユーザの間で「契約書」は作成されていませんでした。

ソースコード2

【裁判例2】大阪地判平成26年6月12日(裁判所ウェブサイト(PDF))
事案:
原告(※ユーザ)は、学習用参考書等の出版社です。原告は「テストエディッタ」という原告が出版する参考書等をベースにしたテスト問題を自動的に作成するソフトウェアを開発したいと考えました。そこで、被告(※ベンダ)にソフトウェアの製作を依頼しました。このとき、契約書は作成されませんでした。そして、原告は、被告からCD-ROMでオブジェクトコードの納入を受けました。その後も、原告(※ユーザ)は、定期的に、被告(※ベンダ)に対し、ソフトウェアのアップデートを依頼してきました。しかし、被告(※ベンダ)は、平成23年にソフトウェア製作業を廃業することになりました。原告(※ユーザ)は、別のベンダに、ソフトウェアのアップデートを依頼したところ「ソースコード」が必要と連絡を受けたため、被告(※ベンダ)にソースコードの引渡しを求めましたが拒否されました。そこで、ソースコードの引渡義務違反を理由に損害賠償を求める訴訟を提起したのです。

主文:
「原告(※ユーザ)の請求を棄却する」
(ベンダは、ユーザに対し、ソースコードを引き渡す義務はない)

理由:
原告(※ユーザ)の主張は、本件委託契約に基づき、本件ソフトウェア及び本件ソースコードの著作権の譲渡が合意され、これに伴い、ソースコードの引渡義務も発生するというものである。前記1(2)によると、被告(※ベンダ)が、本件ソースコードを制作したものであり、本件ソースコードの著作権は原始的に被告(※ベンダ)に帰属していると認めることができる。
その一方で、前記1(2)(3)の見積書等、原告と被告との間で取り交わされた書面において、本件ソフトウェアや本件ソースコードの著作権の移転について定めたものは何等存在しない。~略~また、原告(※ユーザ)にしても、平成23年11月に至るまで、被告(※ベンダ)に対し、本件ソースコードの提供を求めたことがなかっただけでなく、前記1(7)のとおり、原告担当者は、被告(※ベンダ)に、本件ソースコードの提供ができるかどうか問合せているのであり、原告担当者も、上記提供が契約上の義務でなかったと認識していたといえる。
以上によると、被告(※ベンダ)が、原告(※ユーザ)に対し、本件ソースコードの著作権を譲渡したり、その引渡しをしたりすることを合意したと認めることはできず、むしろ、そのような合意はなかったと認めるのが相当である。」として、原告の請求を棄却しました。

この裁判例においても、争点は「本件委託契約上、被告が、本件ソースコードを原告に引き渡すべき義務を負うか」とされています。やはり、ソースコードの引渡義務は、著作権がどちらにあるかで決まるわけではなく、あくまでも契約上の引渡義務があるかどうかで決まります(著作権の帰属は、引渡義務の有無を認定する考慮要素の1つとしています)。

裁判例は、概要、①そもそも契約書がなく、②著作権譲渡の合意もなく、③被告はソースコードの引渡しに応じたことはないこと等の事実を認定して、ベンダによるソースコードの引渡義務を否定したのです。この裁判例は、ソースコードの納入義務の有無について、契約書上で明記しておくことの重要性を再確認させてくれます


4 まとめ(ソースコードの引渡しと契約書)

■1 結論:原則として納入条項の定め方による
ソースコードの引渡義務の有無は、契約書の納入条項の定め方次第です。
【攻】引渡しを求める場合は納入条項に「ソースコードを納入する」と明記しておく。
【守】引渡さない場合は納入条項に「オブジェクトコードに限り納入する」と明記しておく。
なお、著作権がどちらにあるかとは直接の関係ありません

■2 著作権の帰属とは無関係である
情報は「モノ(有体物)」とは異なり、複数名が同時に利用できるという性質を持ちます。そのため、著作権者といえども、「情報」たるプログラム(ソースコード)の引渡しを求めることはできません。

■3 ソースコードの引渡義務は契約解釈の問題
・契約書に記載あり → 明確
・契約書に記載なし → オブジェクトコードの納入でもよい(私見)

■4 契約書に記載がなくてもソースコードを納入すべき場合がある
契約書の文言解釈(契約書をどう読むのか)については、従前の当事者間のやりとり等の背景事情が考慮されます。そのため、①ソースコードを引き渡すことが前提となっているメール等のやりとり、②ユーザが自身での保守を望んでいる事情の有無、③著作権を譲渡するとの合意条項の存在、④業界の慣習等の事情があれば、当事者間では「成果物の納入」とはソースコード自体の引渡しを意味すると解釈される場合もありえます。

■5 裁判例について
私の知る限り、現時点でソースコードの引渡しが主たる争点になった裁判例は数少ないと思います。そして、本稿で取り上げた肯定例【裁判例1】東京地判平成11年2月26日は、私見では特殊な事例だと考えています。また、否定例【裁判例2】は、契約書に記載がなかったことが重視されているよう読めます。やはり、ソースコードの引渡義務の有無の認定には、契約書の納入条項の記載がどうなっているのかが非常に重要です。

以上、議論が絡まらないように書いてみましたが、いかがでしょうか。

執筆者:
STORIA法律事務所
弁護士 菱田昌義(hishida@storialaw.jp)
https://storialaw.jp/lawyer/3738
※ 執筆者個人の見解であり、所属事務所・所属大学等とは無関係です。


5 補遺・脚注

■文末脚注*1 「開示」か「引渡し」か
上記【裁判例1】【裁判例2】はともに、ソースコードの「引渡し」を求めています。それでは、「無体物」であるソースコードについて、「引渡し」は観念できるのでしょうか。

既に「ソースコードの引渡しを巡る攻めと守りの契約書(前編)」で記載したとおり、プログラムは無体物であり、占有の移転が観念できません(メディアに記録して渡すことは無体物そのものの移転ではありません)。そのため、①発信者情報や②過払金に関する取引履歴等(東京地判平成26年2月28日など)の情報については、「開示」を求めることが通常です。

しかし、たとえば「成果物をCD-ROMで納入する」との納入条項の解釈で、「CD-ROMにはソースコードを含んで納入する合意があった」と主張する場合には、ソースコードが入った「CD-ROM」という有体物の「引渡し」を請求することになると考えられます。他方、ソースコードの納入方法がサーバへのアップロード等であった場合には、ソースコードの「開示」請求になる場合もあるのではないでしょうか。
別論ですが、HDD等の記録媒体自体の所有権がある場合には、所有権に基づく物権的請求権として、ソースコードが入ったHDDの「引渡し」を求めることもありえます。

なお、請求の趣旨で「被告は、別紙1及び同5記載の営業秘密に係る電子データ及びその複製物を返還せよ」とデータの返還を請求した裁判例(データの返還については請求棄却。大阪地判平成29年10月19日)があります。また、同裁判例の評釈として、池田秀敏「誓約書の定めに基づく電子データの返還請求について」(PDFが開きます)もご参照ください。

■文末脚注*2 著作権がないのにソースコードを持つことの意味
ソースコードの開示を受けたけれど著作権を有しない場合、ユーザはいったい何ができるのでしょうか。著作権の譲渡を受けていなければ、手元にソースコードがあったとしても、著作権者の許諾なく、自由に改変することはできません。バグの修正等(著作権法47条の3)の著作権法が定める範囲で利用できるだけであり、①第三者にライセンスしたり、②第三者に譲渡(販売)することはできません。

■文末脚注*3 東京地判平成11年2月26日の問題点
この裁判例の主文が「ソースコードを、原告の所有する外部記憶装置に転送して引き渡せ」と、その引渡方法まで明記してしまっている点には強い疑問があります。通常、①動産の引渡請求、②発信者情報開示等では、その引渡方法(開示方法)まで主文や請求の趣旨に記載することはありません。これは、どのように引き渡すのか(開示するのか)は、義務者が決めることであって主文で明示すべき事項ではないからです。
また、主文が、会社が所有していたと思われる外部記憶装置の引渡しではなく、新たな外部記憶装置への転送を認めている点でも疑問があります(なお、判決文からは、被告が占有しているとされる外部記憶装置の所有権が原告・被告どちらにあるのかは明らかではありません)。
さらに、そもそも雇用契約上の義務として引渡義務を認定する構成にも疑問なしとしません(前掲・池田124頁もご参照)。

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