結局「ホンダらしさ」って何だろう? 世界初、世界一を目指す泥臭い技術者集団
皆さんこんにちは。本田技術研究所のフェローを務めている森です。
本田宗一郎が1948年に本田技研工業を設立してから、これまでHondaは75年にわたって、二輪車や四輪車を中心に、ロボットやジェット機までさまざまなモノ作りに携わってきました。
その長い歴史の中で、いくつもの発明が生まれ、中には現在のスタンダードとなったシステムや技術も数多くあります。そうした発明の背景にあったのは「Hondaらしさ」ともいうべきマインドやカルチャーだと考えています。
とはいうものの、「Hondaらしさ」とはいったい何なのでしょうか?
今回は、第1回で登場した先進技術研究所所長の小川厚さんと一緒に、Hondaらしさについて考えていきたいと思います。
「権限移譲」と「ほったらかし」の違い
森:あらためて、よろしくお願いします。堅苦しい感じも似合わないので、普段通りに話すよ(笑)。僕が関わった先進技術研究所の立ち上げが2019年。その後、研究所のECE(エグゼクティブチーフエンジニア)だった厚に先進技術研究所の所長はどうかと相談があったわけだが、もともと厚のことは知っていものの、実は初めて知ったときから「必ずいつか、トップになってほしい人物だ」と考えていたんだよね。
小川:ありがとうございます。初めてご一緒したのは15年ほど前でしたか。森さんはふだん口数が多くない方なのですが、いうべきことはバシッと発言する方で、怖かった、、、もとい尊敬していました(笑)。
森:いきなりだけど、厚は「Hondaらしさ」と聞いて、どんなことを思い浮かべる?
小川:そうですね……。自分の経験を振り返ってみると、まず一つ言えるのは「権限移譲」というか、「任せる」文化じゃないかなと。僕が入社した当時、HondaJetを担当したのですが、いきなり「フラップ(離着陸の際に揚力を変化させる装置)を1人でやってみろ」と言われたことはよく覚えています。
森:確かに、他の会社と比較してHondaには信じて任せる文化があるかもしれないね。権限移譲は、ともすれば「ほったらかし」になってしまうケースもある。しかし、権限移譲とほったらかしは、似て非なるものなんだよね。というのも、適切に任せるためにはメンバーをしっかりと見て、それぞれにどんな特質があるのか、どんな評価をすべきかを常に考えていないといけないから。
小川:今考えると、折に触れて上司のフォローがありました。当時は「新入社員にここまでやらせるのか」と思ったこともありましたけど、自由度が高かったからこそ生まれる視点もありますよね。何より人は、外から「チャレンジしろ」と言われてもやる気が出ません。内発的な動機付けがないと、真の情熱は持てませんから。
そうした経験を踏まえて、先進技術研究所の所長に就任した際には「あなたたちに任せて、放っておくから」といったメッセージを発信しました。さすがに文句も出るかなと思ったのですが(笑)、意外に受け入れられたことから、メンバーの中にも権限移譲が重要だという理解が広がっているのだと思います。
遠回りに見える「泥臭さ」が、近道になる
森:厚から権限移譲というキーワードが出たけど、僕の経験を振り返ると、フレームワークでいうところの「PDCA」ではなく「OODA(※)」、つまり「考える前に手を出せ」というカルチャーもHondaらしさの一つと言えるかもしれない。
※Observe(観察)、Orient(方向づけ)、Decide(意思決定)、Act(行動)の頭文字を取った略称で、意思決定のためのフレームワーク。
僕が入社した頃はまず、1日中部品の交換をしたり、タイヤを削ったりといった、とにかく泥臭い仕事があったんだよね。最初は「これが研究所のやることなのか」と思ったものだけど、あとになって、なぜそれをしていたかが意味が分かってくる。ただ、厚の時代はここまでではないかもしれない(笑)。
小川:いやいや、僕のときも一緒ですよ。そもそも理論的なことだけやっていても「勝つ」ことはできません。発明ではなくまず発見といいますか、やっぱりキレイな仕事だけでは大きな物事は成し遂げられないじゃないですか。
森:僕が若い頃は、勘・経験・度胸の頭文字をとって「KKD」と言って、「ベテランはKKDで仕事しやがる」みたいに使われてたんだよね。だから、僕が入社した当時も「KKDなんて」という思いもあったんだけど、実は最近になってKKD、中でも経験こそ重要なんじゃないかと。
効率化や確度を考えると、勘も経験も最短経路にならないように思える。しかしね、未知の答えを導くために目と耳と鼻を利かせるには、やっぱり経験なんだよな。Hondaで日本初の量産型エアバッグを開発した小林三郎さんも「高質な原体験こそ重要だ」とよくおっしゃってた。
小川:今は実験やシミュレーションが、昔と比較にならないほど正確かつ高速にできるようになりました。もちろんそうした効率性も重要です。Hondaも、これまではベンチャースピリットにあふれる「大きな中小企業」でしたが、これだけ大きな会社になると効率性が必要な場面がありますから。
でもね、そこだけにとどまっていたら前に進めないんですよね。要は、新しい領域も探さないといけない。これはどちらかに偏り過ぎてはいけないので、難しい問題なんです。それでも、100人いたら10人は、効率と外れる部分で勝負してほしい。僕は研究所、中でも先進技術研究所の存在意義とは、ここにあると考えています。効率だけではない、研究領域の広さと深さとでも言いましょうか。そのための「ちゃんとしたKKD」とでもいうべきものは、確かにあると思います。
再び「先進的」なHondaを取り戻すために
森:僕が入社した1980年代、学生からのHondaへの評価って、とにかく「先進性が高い」というものが多かった。それが今は、イメージが変わってきてしまったよね。
例えば、日本で初めて量産車にエアバッグやABSを搭載したのはHondaだったし、それが現代ではスタンダードになっている。それ以外にも、高出力と低燃費を両立するエンジンとして1989年のインテグラに搭載した「VTEC」など、Hondaの技術は誰から見ても輝いていたよね。
小川:実は、機械学習や電池に関する特許もたくさんありましたよね。でも、最終的なプロダクトとして日の目を見るものは減ってきているかもしれません。それでもね、他社と交流していると「まだまだHonda、捨てたもんじゃないな」と思うことが多くあるんですよ。研究所には“変”な人や、熱い信念を持ったメンバーが集まっていて、あっと驚く提案をたくさんしてくれていますから。ここをもっとアピールしていきたいです。
森:Hondaでは全ての研究で「他と違うか」「世界一なのか」が求められるからね。これからの技術でいうと、全固体電池かな?
小川:そうですね。今Hondaが目指している全固体電池の技術は、相当に難しいレベル。実は当初、「そんなもの、できないよ」という雰囲気もありました。それでも現場が粘り強く、課題を一個一個解決したことで、だいぶ開発が進んで、理解も広がってきています。他社と比較して本格的なスタートが遅れていたにもかかわらず、今では世界トップレベルに達しているのは、やはり先進研究所の環境とともに、素晴らしいメンバーがそろっているからです。
Hondaらしい人材と“ケンカ”の重要性
森:やっぱりHondaは“人”なんだよね。
小川:本当にそう思います。僕は航空機開発からF1の空力開発に移ったんですけど、当時は航空機をクビになったんだと思ってました。でも、実際は僕の働きや特性を見てくれていて、「ここからは実証を繰り返していくフェーズだから、小川には新しいものを生み出すことが向いているだろう」と考えてくれての異動だったんだと分かったんですよね。今は所長という立場ですけど、そうした文化は受け継いでいかないと。研究を束ねるリーダーがみんな優秀だから、助かっていますけどね(笑)。
森:先進技術研究所を立ち上げるとき、世界中のECEを集めて議論し、そこからさらに選抜して各研究ドメインのリーダーをお願いしたのは良い思い出だよ。あまり知られていないかもしれないけど、HondaのECEというのは、担当の専門分野で世界トップレベルにいないといけない存在。それに加えて、情熱があること。たぎる思いがないと、未知の問題を解決することはできないんだよね。
小川:あとは、「敵を知る」能力も重要ですね。自分の位置と周りの勢力図を理解していれば、周囲がどんなに無茶だと思っていることでも、自信を持って貫けます。そういう、本当のエキスパートを育てて、どんどん“ケンカ”しろ、と思っていますよ。さっき話した効率性とイノベーション、もっと細かい部分でいうとデザインと空力など、エキスパートのケンカがもっと生まれるようにして、面白いものができるループを回したいです。
森:そんなケンカを増やすためにも、権限移譲をさらに進めるのが重要なのかもしれないね。先進研究所も6年目に入り、世界で戦える技術も少しずつ芽吹き出してきた。2023年のJAPAN MOBILITY SHOWでも、他社はまだ自動車中心の“モーターショー”的な雰囲気が漂う中で、Hondaはまさに「モビリティ」として、HondaJet、eVTOL、さらにはロボティクス分野まで、たくさんの技術をアピールすることができた。あとはこれらをどのタイミングで、どう出していくか、だね。
小川:はい、芽吹いている技術も、新たな種もたくさんあります。しっかり育てて行けば、薄れつつあったHondaの先進的なイメージを取り戻せるはずです。
森:本田宗一郎の言葉に「夢を失った者は生きる屍である」というものがある。ここでの「夢」とは、言い換えれば、努力しなければたどり着けない高い目標。誰もやっていないこと、いわゆるムーンショットのような目標を掲げてチャレンジしていく。今こそ、この点が重要なんじゃないかな。