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波乗り観音に導かれて
Suicaで新潟駅に入場し、平木田駅をめざす。電車に揺られ、数駅を過ぎれば、窓の向こうは空の面積が多くなっていた。田んぼが広がり、停車する各駅は閑散としている。しかし、平木田駅は、まだ何駅も先だった。流れていく景色を見つめながら、ぼうと頭を空にする。この「考えごとをしなくていい時間」は貴重だと気づき、スマホをリュックの中へしまった。
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数年前の春、社会人になりたてだった私は、「大きな仏像を目にしたい」という衝動と、「どこでもいいから遠くの知らない地に行きたい」という気持ちが強くなっていた。ネットで調べていると、「波乗り観音」とも呼ばれ、青銅製の観音像として建立当時は日本最大級であったとされる「越後胎内観音像」の存在を知った。
やさしい表情と、波の上に立つようなその姿に、惹かれた。まわりに生えている木々たちと一体となって、会いにおいで、とこちらを見つめている気がした。新潟駅から電車で1時間、そこから更に徒歩で1時間の距離。「遠くの知らない地に行きたい」という欲を満たすにはうってつけだと思った。
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平木田駅に着いて電車を降りると、あまりの静けさに不安がつのる。まわりに、人がいない。とりあえず地図を見ながら目的地に向かおうと歩き始めて、駅を出た……その直後に、あれ、と思う。出てしまった。Suicaを通すことなく、外に出られてしまった。これでは無賃乗車になってしまうと焦って駅構内に戻るが、どこを探してもSuicaをかざすところがない。
そこは無人駅で、Suicaを含む交通系ICカードでは支払いができない場所だった。とんぼ返りするかと悩んだが、乗車駅証明書を発券できると分かったので、帰りに新潟駅の駅員さんに説明し、精算をお願いしようと決め、とりあえず平木田駅を出て歩きはじめた。
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駅から数分歩き、まず私が持った感想は「遠いな……」であった。あらかじめ分かっていたはずなのだが、コンビニなどの建物がなく、広すぎる空を目の当たりにすると、足が怯んでしまった。地元にも似ていたため、景色そのものに怯んだというより、「その場にたったひとり」であることに怖気づいていた。
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地図に示されている通り、まっすぐな道をひたすら進んだ。人とすれ違うことはなかったが、田んぼでひょこひょこと歩いているカラスに出会った。カラスもひとりだった。夢中で何かをついばむ姿をみて、ほっこりし、ささやかながらも安心した。
しばらくすると、景色が変わってきた。木々が視界に増えはじめ、駅から離れてきたことを実感する。胎内観音像まであともう少しの地点で、「水天宮」という文字が目に飛びこんできた。地図にその名は載っていない。雰囲気と名称に惹かれ、鳥居をくぐることにした。
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一礼して鳥居をくぐり、奥へ進んでいくと、ガラスに囲われた古屋のような小さな建物があった。中に入る。ぐんと静けさが増した。入り口とは反対側をのぞいてみる。すると、その建物がガラス張りである理由が分かった。
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そこからは胎内川を眺望できた。水面の光華はきらきらと揺れ、対岸にはさくらが咲いていた。しばらくぼうとし、川のゆるやかな流れに意識をあずけていると、気持ちがすっきりしていくのが分かった。
水天宮を離れ、目的地に向かい歩きはじめる。樽ヶ橋にさしかかろうとしたとき、そこに求めていた文字をみつける。木と共に聳え立っていた。
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橋を渡っていると、目先に観音像が見えた。遠くから望むと、山と一体になってみえ、より迫力を感じる。近づくたびに、吸い込まれていくような心地がした。
橋を渡り終え、山門に到着。見上げると「仁王殿」の文字が掲げられている。柱には「越後胎内観音」と記されていた。山門をくぐり、階段を登っていく。
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観音像と対面を果たす。足元の荒涼さとは裏腹に、静謐で揺るぎない立ち姿。見つめていると、しんと心が凪いでいくのが分かった。
過去の大水害にあわれた方々の冥福と災害の復興、国土の安全や将来の平和を祈願し、建立されたという観音様。当時の状況を目の当たりにした訳ではない私が、その被害の大きさや心痛を想像するにはあまりに心許無く、決して役には立てないし、意味のあることかと問われれば、正直分からない。けれど、50年以上のときを超えて、初めて訪れた地で、ただただ「拝む」。観音像をきっかけに、これまで交わらなかったはずの方々と、直接ではなくても、つながりをもつこと。その行為自体には、意味があると、そう信じたい。
拝観後、階段を降りてまわりを散策していると、樽ヶ橋の下まで降りられることが分かった。胎内川のそばまで行く。真っ赤な橋を背景に、桜がらんまんと咲いていた。木の近くまでよってみると、幹から顔を出し、ほほえむように揺れている桜が在った。
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しばらく川の流れと桜を眺め、帰路につく。来たときと同じ道を歩いていると、地元の小学生の子たちが「こんにちは」と挨拶をしてくれた。見ず知らずの、いち通行人である自分にも、かきねなく挨拶をすることにおどろきつつ、それを当たり前とする彼らに対して、素直に敬意の念を抱いた。
そして平木田駅につき、乗車駅証明書を手に取ってから、新潟駅まで向かった。到着後、改札口で駅員さんを見つけ、怒られるんじゃないかと内心びくびくしながら、事情を説明し、証明書とSuicaを差し出した。すると「平木田ですねえ、大丈夫ですよ」と、てきぱきと精算してくれた。感謝をしつつ胸をなでおろし、改札を抜け、1日を思い返す。4月に入って、新しい環境となり、がちがちに固まったまま重たくなっていたはずの心が、数々の出会いによってほぐされたような気がした。
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