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トピックス(小説・作品)

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2019年6月の記事一覧

岸田劉生と木村荘八

  二人の美術展<素描礼讃>に行ってきた(6月23日まで)。   2年前、突如西洋絵画に興味を持ち、少しずつ基礎知識を増やしている初心者であるため、その関心はまだ日本美術にはたどり着いていない。有名な画家の名前くらいは知っているが、岸田劉生=『麗子像』、木村荘八=挿絵作家というレベルだった。   しかし今年始めて訪れた国立近代美術館で『道路と土手と塀』を見てから、岸田劉生が気になっていた。雑誌やネット上の画像で見る『道路と土手と塀』とは異なり、実際にその絵の前に立つと瞬時

互い咎の処方 5話

作品情報 https://note.mu/sowano/m/m45bec0c01b32 1話 https://note.mu/sowano/n/nf8615209be2f ***  ぼくが部屋に帰ってくると、ほどなくして薫ももどってくる。 「ほんと、つまらない人たち」と笑顔で肩をすくめると、自分のベッドに飛び込む。「今、わたしが死体だったらどうしてた?」 「きみがそう簡単に死ぬものか」ぼくは、ベッドの縁に腰掛け、ビデオテープをじっと見つめる。  あの2人の不快さに我慢

互い咎の処方 4話

作品情報:https://note.mu/sowano/m/m45bec0c01b32 1話:https://note.mu/sowano/n/nf8615209be2f ***  ぼくと薫は一階に降りると、階段の正面にある談話スペースに向かった。ソファーが、テーブルを囲むように並べられている。人が集まるとしたらここだろう。  周りには、南国風の観葉植物の鉢と、ブラウン管のテレビと、ビデオデッキがあった。 「見せないほうが良いと思うなあ」 「隠しておいて、後で判明

互い咎の処方3話

作品情報 https://note.mu/sowano/m/m45bec0c01b32 1話 https://note.mu/sowano/n/nf8615209be2f ***  ホテルは、一階が集団で利用する場所、二階が個別部屋、と、それぞれ割り当てられていた。一階には食堂や談話スペースなどが集まっていた。管理人である藤山老人の部屋も一階にあった。一階と二階を行き来する手段は、中央にある階段だけだった。二階は、客が泊まる部屋が計五部屋が並んでいた。ぼくと薫の部屋

互い咎の処方2話

作品情報 https://note.mu/sowano/m/m45bec0c01b32 1話 https://note.mu/sowano/n/nf8615209be2f ***  スリ事件を解決したことにより、薫は人々から取り囲まれた。犬をつれた女性――江能みちる、が隣に座り、薫に訊く。 「いったい何やってる人なんですか?」 「ぷーちゃんです」 「ぷーちゃん?」 「フリーターなの」薫はほほえむ。薫は垂れ目なので、口元だけの変化だ。 「へ~」江能さんが大きくうなずく。

互い咎の処方 1話

作品情報 https://note.mu/sowano/m/m45bec0c01b32 ***  海は穏やかだった。風もほとんど吹いていなかった。船が進むことで生じるそよ風を感じながら、ぼくは船の手すりに寄りかかり、青緑色の海を見下ろしていた。サンドイッチをかじる。もしこのパンくずを投げ入れれば、なにかが海面下から出てきそうな……そんなことを思わせる深さだ。 「つまんないねぇ……」隣で同じく海を眺めていた薫が言う。 「海上でそんな面白いことが起きるわけ無いだろ」ぼくは言う

【俵万智の一首一会①】耳を傾けるべきは心を流れる音楽

なめらかな肌だったっけ若草の妻ときめてたかもしれぬ掌(て)は                     佐佐木幸綱  歌集『群黎』を読み返していて、この一首のところで手が止まった。ただ懐かしいだけではない。自分の歌の原点を見つけたような気がした。  「だったっけ」という口語の会話体は、自分がトレードマークのように活用してきたもの。いっぽうで「若草の」(妻を導く枕詞)というような古風な言葉の響きも大事にしている。そして「妻ときめてた/かもしれぬ掌は」という下の句七七における句