見出し画像

【第2回】プロテクターの勧め 点から面へ

根本 学(埼玉医科大学国際医療センター 救急医学科・救命救急科)

 オートバイに乗車するときはヘルメットだけでなく、「プロテクターも着用しましょう!」と言われていますが、実際のところピンとこないですよね。値段も高いし、着用するのも煩わしいし、大けがするようなスピードを出すわけじゃないし、今まで転んでも大丈夫だったし、等々の言い訳を持ち出して着用しないライダーも大勢います。
 それだけではなく、「そもそもプロテクターの効果はどうなのよ?」と疑問を持っている方も少なくないでしょう。とくに、胸部と背部のプロテクターは値段も高いのでなかなか普及していないのが現状だと思います。そこで今回は、簡単な実験でプロテクターの効果を学んでみましょう。

図1. 胸部プロテクター

 まずは胸部プロテクターから。図1を見てください。これは胸部の骨格標本ですが、胸の前にある赤い部分は軟骨組織でできています。なぜ? それは呼吸が楽にできるようにするためです。軟骨ですから柔軟性はありますが強度は落ちます。手術のときはハサミやメスで切ることも可能なくらいです。そのため、心肺蘇生のための胸骨圧迫で折れることも珍しくありません。したがって、この部分に強い外力が加わると簡単にへこんでしまいます。へこむと何が損傷するかというと、真っ正面からの外力だと心臓、少し横にずれると肺がやられてしまいます。胸骨が折れると心臓に強い外力が加わり、心損傷が生じることにもなります。したがって、この弱い部分を補強して保護するのが胸部プロテクターの役割です。

図2. 脊椎プロテクター

 図2を見てください。これは背骨を横から見たものです。背骨は、頸椎(けいつい)、胸椎(きょうつい)、腰椎(ようつい)、仙骨(せんこつ)および尾骨(びこつ)で形成されていますが、とくに重要なのは頸椎、胸椎および腰椎です。なかでも頸椎は損傷すると手足が動かなくなったり、息ができなくなったりするので命に関わりますが、この部分を保護するのは非常に難しいのが現状です。一方、胸椎や腰椎が損傷すると、体を支えることができなくなったり、足が動かせなくなったりします。命に大きな影響を及ぼすことは頸椎と比較すると少ないですが、車いす生活を余儀なくされてしまう可能性があります。
 この背骨には生理的彎曲(わんきょく)があります。胸椎部分は後ろに突出しているのが判ると思いますが。この彎曲は二本足歩行時に体を支える意味で非常に重要とされています。つまり、背骨は飛び出ているため転倒時にぶつけやすく、受け身を取って体を丸くしたときにはさらにぶつけやすくなってしまうのです。このぶつけやすく、損傷すると大きな後遺障害が残ってしまう胸椎を保護するのが脊椎プロテクターの役割です。

図3. プロテクターはどのようにして衝撃から体を保護するのか?

 では、プロテクターはどのようにして衝撃から体を保護するのでしょうか。図3を見てください。ずばり、プロテクターの効果は、衝撃による力を点から面に変換することにあります。プロテクターを装着していない部分に外力が加わると局所に力がかかるため、単位面積当たりの衝撃が強く、生体には大きな損傷が生じます。一方、プロテクターを装着している部分に外力が加わると、プロテクターに点として加わった外力がプロテクターによって面に変換されて生体に伝わることになります。すなわち、点から面に衝撃を変換することで単位面積当たりの衝撃が弱まり、生体に大きな損傷が生じるのを予防できるということです。
 本当か~?と思われる方、実験してみましょう。まず、げんこつで胸の真ん中あたりを軽く叩いて下さい(注 強く叩かないように)。どうですか?力は局所に加わるのでその部分だけが痛いでしょう。次にマンガの単行本等を胸に当ててその上から叩いてみて下さい。どうですか?衝撃の感じ方は同じですか?明らかに本があるほうが痛くないし、衝撃も広い面で受け止めていることが体験できたでしょう。今度はもう少し厚いA4サイズほどの雑誌で試してみましょう。全然違うことが体験できるはずです。この効果は、肩や肘、膝あるいは腰のプロテクターも同様です。

図4. CE規格:LEBEL1とLEVEL2別の胸部プロテクターと脊椎プロテクター

 最後に、どのようなプロテクターがお勧めかという話をします。プロテクターには比較的軟らかい素材でできているものと硬い素材でできているものがあります。図4を見てください。胸部プロテクターと脊椎プロテクターを示しましたが、それぞれCE規格:LEBEL1とLEVEL2があります。CE規格とはEU加盟国の安全基準で、この条件を満たした製品にはCEマークが貼ってあります。LEVEL1よりもLEVEL2のほうがより厳しい条件を満たしていることになります。サーキットとは異なり、公道にはガードレールや電柱、縁石、車両等があり、転倒時にぶつかると大変危険です。ですから公道ではLEVEL2を満たしたプロテクターをお勧めします。
 以上、プロテクターのお話でした。

(注)記載内容はあくまでも医学的知識がないライダーが理解しやすいように書いたもので、専門的な表現や内容は記載していません。詳しいことを知りたい方は専門書をお読み下さい

――――――――――――――――――――――――――

※本記事は書き下ろしです。

【著者プロフィール】
根本 学(ねもと まなぶ)
埼玉医科大学国際医療センター 救急医学科・救命救急科 教授
日本救急医学会救急科専門医・指導医、日本外傷学会専門医
専門分野は専門分野 救急医学全般、外傷外科、ショック、災害医学、外傷予防など

#連載 #バイク #オートバイ #救急 #ヘルメット #ライダー #着用 #規格 #救急医療 #外傷 #損傷 #救急医 #ファーストエイド #救急医学

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?