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月が砕け落ちた午後に(第2話)

母が娘の葵を小児科に連れて行くと受付で体温計を受けとると直ぐに別室に移動させられた。
感染者に用意されたその部屋にはビデオでアンパンマンが流れ、カラーボックスには結構な数の絵本が並んでいた。

「さぁ〜お熱計るよ」と母は葵に優しく語りかけると葵の脇の下に体温計を入れて挟んだ。
暫く待つと、ピピピ ピピピと電子音が鳴って、母は葵の脇の下から体温計を取ると体温計の数字を見て記憶した。
「何度?」夢花が母に尋ねると「38度5分朝よりも上がって来たわね」と葵の髪を撫でた。
「そういう優しい所がお母さんって感じで何かいいなあ」と夢花はニッコリ笑った。
母はニッコリ笑い返して優しく呟くように「何言ってんの!お母さんは夢花と同じ歳の時は親不孝者だったんだからね」と喋ると急に黙ってしまった。
「えっ!お母さん不良だったの」夢花は普段からパッチリした目をもっと見開いて、ビックリした表情をした。
「お母さんは不良じゃないよ」と言った所で看護師の人が入って来た。
「葵ちゃん今日はどうしました?」母が病状を説明するのを見ながら、夢花は父親にメールを打っていた
「お母さんって昔不良だったの?」母が親不孝者だった過去は一体どんな感じだったんだろう?
夢花には優しいイメージでしかない母の親不孝時代は、考えても、考えても想像がつかない世界だった。
「あら! 夢花ちゃんだよね! しばらく見てない間に美人さんになったね」看護師のおばさんに声をかけられて夢花はちょっとビックリした。
「夢花、美人さんだって言われたよ、お礼を言いなさい」母にそう言われて夢花は愛想笑いで誤魔化した。
「今先生が来るから、葵ちゃん待っててね」と言って看護師のおばさんは部屋を出ていった。

父からメールの返事が返って来た。
「お母さんはバンドのボーカルをやったけど、不良じゃないよ、」へっバンドのボーカル何だそれは!
夢花は急に今まで興味がなかった、母と父の昔を知りたくなり「お母さんの親不孝時代って何?」と父にドキドキしながらメールを送った。

意外と早く返事が返って来た。
父は仕事が暇なのか?いや慌てて返事を打っているだろう姿を想像すると、可笑しくて夢花は「プッ」と吹いてしまった。
母と葵がどうしたと言った表情で夢花を見たが、また絵本を一緒に見始めた。
メールを開いて返事を見ると「メールでは説明出来ないから本人に聞いた方が早いぞ」と打ってある。
夢花はますますイメージが混迷するのを感じた。
メールでは説明出来ない、バンドのボーカルをやっていた母の親不孝時代?髪が金髪でオラオラでヤンキーでどれも想像もつかない母の姿だが何なんだろう母の親不孝時代とは?

先生が中に入って来た。
葵を診察してる間にも夢花は父にメールを送った。
「お母さんの過去が想像出来ないんだけど?」
先生が葵の病名は風疹だと言っているのが聞こえたが、夢花は母の親不孝時代がどうも気になり過ぎてしょうがなかった。
父からメールが返ってきたが「お母さんが高校三年生の時から付き合っているから色々知っているけど、何処まで教えて良いのかお母さんに聞いてから教えるから時間をくれ」と打ってある。
えっお母さんは高校三年生の時からお父さんと付き合っていたんだ! 知らない事実が続々と出てくる。
「夢花さっきから誰とメールしているの?帰るよ」夢花が父とメールをしている間に葵の診察と会計まで終わっていた。

帰り道に母は今日のお昼と夕方の食材を買うために生協に寄った。
車の後部座席には夢花と葵の姉妹が座っていた。
夢花は葵に「ママの事好き?」と聞いてみた。
返事は当たり前だが「大好き」と返ってきた。
姉妹でとりとめのない話をしていたら母が買い物を終え戻ってきた。
「夢花、お父さんに何のメールを送ってんの?お父さん困っていたわよ」と言うとアハハと笑った。
「私、お母さんとお父さんの付き合っていた頃の話を聞きたいんだけど」と母に思いの丈をぶつけた。
そんなに知りたいのかな~と母は少し悩んだ見みたいだが、「家に帰って葵が昼寝したら教えるから」と決意を決めたように夢花に話した。

家に着いて少し早いお昼を食べたら葵は寝てしまった。
熱が38度あり顔にまで発疹が出てきたが特効薬があるわけでもなく、免疫力に任せて待つしかないのだ。
母は葵が寝付くまで添い寝していたが、起きてくると夢花に「別に隠すつもりもなければ、夢花が全然興味がなさそうだから今まで話さなかっただけの事でさあ、別に夢花だって東京に就職してもよかったんだよ!」と言った。
何故地元に就職したのか夢花にもよくわからなかったが、両親のいる家が居心地が良すぎて離れたくなかった事も事実だ。
さあ母の過去が聞けると思った瞬間に海の沖の方からゴーっと重低音の地鳴りが響いてきた。
時計を見たら午前11時45分、地震だ。

#小説 #コラム #エッセイ #恋愛 #震災

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