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【Interview】ちいさな日常を拾い上げては繰り返す。渡邉行夫のおおらかな視点を覗く。

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無題
クラフト紙、ボールペン / 220×152mm

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無題
画用紙、水性ペン / 249×176mm

りんご。猫。
誰の生活にも身近なモチーフを、繰り返し並べてたくさん描く。
よく見ると一つ一つ違う発見があって、見飽きることがない。

変わらないと思っていても、毎日少しずつ変わっていく日々そのもののような、これらの作品を描いたのは、福島県の社会福祉法人安積愛育園に所属する渡邉行夫さんだ。

今回は、HERALBONYの人気商品の一つ、「りんご」のネクタイの原画を手掛けた渡邉さんにお話を伺う。
スーツにご自分のネクタイという出で立ちでインタビューに臨んでくださった渡邉さんから見えてきたものは、意外にも穏やかな世界だった。
(書き手:インターン・カサハラリカコ)

こだわりはないけど、みかんは描かない——制作時のおおらかな姿勢

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渡邉行夫さん(右)と、支援スタッフの小川さん

——まず作品についてお伺いします。モチーフを「並べる」ということが渡邉さんの作品の特徴の一つになっているかと思いますが、そこに何か意図やこだわりはありますか?

渡邉:「こだわりは…別にないですね(笑)特に意味はないです」

——では普通から整理整頓したりすることは、お好きですか?

渡邉:「あまり好きじゃないです…」

小川:「行夫さんの部屋はね、見るからに成人男性の部屋ですよ。服とかも…、いいでしょ?言っても」

渡邉:「はははっ(笑)いいですいいです、どうぞ」

小川:「服は脱ぎっぱなし、本は散らかってるって感じで。本当に整理整頓は、あんまり得意じゃない。僕と一緒です」

——私もすごく苦手なので、一緒ですね(笑)
似たような質問ですが、同じものをたくさん描くことには、こだわりがありますか?

渡邉:「小さいがいいと思って描きました」

——なるほど。大きいものを一つ描くよりも…

渡邉:「ちっちゃいのをいっぱい描く方が…」

——行夫さんとしては楽しい、と?

渡邉:「そうですね」

小川:「果物では、一番りんごが好きなんですか?」

渡邉:「そうです。りんごが好きです」

小川:「今旬ですもんね」

渡邉:「そうですね。冬はみかんです」

——えっ、冬はみかんなんですか。みかんの絵は描かれたりするんですか?

渡邉:「あぁそれはないです」

——そうなんですね(笑)

渡邉:「すみません(笑)」

——動物の作品が多いですが、ペットを描いたものが特に多いように感じます。動物はお好きなんですか?普段動物園などに行かれたりはしますか?

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無題
水性ペン、厚紙 / 297×210mm

渡邉:「昔実家で、猫を飼っていました。猫が好きです

——ちなみに、その猫のお名前は?

渡邉:「"トラ猫"です」

小川:「猫の名前が"トラ猫"…なんですか?」

渡邉:「はい」

——なるほど、縞々の模様があったりしたんですかね。何色だったんですか?

渡邉:「鼠色」

——鼠色?!珍しいですね。
動物を描かれる時、何か気をつけていることなどはありますか?お顔がとっても可愛いなって思うんですけれども。

渡邉:「ちゃらけたりとか」

——おちゃらけるような感じを意識されているのでしょうか。確かにそう言ったゆるキャラ感のようなものを感じます。
ちなみに、この絵の中の猫の名前はなんですか?

渡邉:「名前…………………は、別にないです」

——夏目漱石みたいですね。「名前はまだない」。

渡邉:「ははは(爆笑)」


実はスイカだった?——代表作「りんご」の秘密

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無題(「りんご」)
画用紙、水性ペン、色鉛筆 / 250×350mm / 2009.6.26

——HERALBONYのネクタイになっている、こちらの作品についてお伺いします。
以前「これはなんですか」と伺ったときに「スイカ」と答えられたそうですが、覚えていらっしゃいますか?

渡邉:「スイカ…、えぇ〜(笑)あんま覚えてないですね」

小川:「これ最初はスイカだったんですか?」

渡邉:「多少…スイカも……ありましたね。その後りんごになりました

小川:「描き始めはスイカのイメージだった?」

渡邉:「はい」

——でも「りんご」に着地して、それからずっと「りんご」だと。なるほど。ちなみに、りんごとスイカだよどちらがお好きですか?

渡邉:「両方好きです。ふふふ(笑)」

——じゃあ夏はスイカ、秋はりんご、冬はみかんで。

渡邉:「お母さんの畑でスイカとか作って食べてました、夏とか」

——じゃあご実家の果物をたくさん食べて育ったんですね。

渡邉:「とうもろこしとかが美味しかったです」

——いいですね。福島の果物は美味しいイメージあるので羨ましいです。

小川:「福島のおすすめの果物教えてあげたら?」

渡邉:「福島の果物……………野菜ですかね」

一同:(爆笑)

小川:「野菜派なんですね(笑)」

渡邉:「はい(笑)」

——このネクタイ、実際に使われたことはありますか?

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渡邉:「首相官邸に行った時に付けました。安倍さんの」

——ありがとうございます!これをもらった時、どう思われましたか?

渡邉:「ああ、よかったです。嬉しいです」

——今後どのようなグッズがあればいいと思いますか?

渡邉:「買う人がいればなんでも」


——最後に、コロナ禍ではどうお過ごしですか?近所の喫茶店でコーヒーを飲むのがお好きだと伺ったのですが。

渡邉:「喫茶店っていうか………ミスド(笑)」

——そうだったんですね(笑)、最近行ってますか?

渡邉:「行ってます」

——それは良かったです。最近絵は描いていますか?

渡邉:「全然描いてないです」

小川:「今回のインタビューを期に…渡邉先生の次回作に期待ですね」


さいごに

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無題
数字練習ノート、ボールペン、水性ペン、色鉛筆 / 251×185mm

赤い丸から線を一本伸ばす。私たちは人生の中で、何度この行為を繰り返してきただろう。
わかりやすさの強制。個性を記号化する教育。
「りんご」のステレオタイプな表象を、練習帳に書き連ねたこの作品は、そういったことを気づかせてくれる、どこか批判的な鋭ささえ感じさせる。

しかし渡邉さん本人にそうした意図は、拍子抜けするほどなかった。
ただ泰然と構えているのだ。
幼い時食べていた果物。昔飼っていた猫。
遠い彼方に失われたように見えて、現在と地続きで繋がっているはずのものを、渡邉さんは決して見逃さずに大切にすることができる。

あらゆる状況が一変したこの状況で、彼は「何も変わったことはない」とも言った。勿論施設は感染症対策に追われている。今回のインタビューも本来は対面で行いたかった。渡邉さん本人もここ数年で新しく、お弁当作りの仕事を始めたという。
だけど渡邉さんの中では、きっと強がりでも何でもなく、本当に「何も変わったことはない」のだろう。

どんな時でも、日常は淡々と続いていく。
周囲の環境がどうなろうと、周りの人間にどう思われようと、生活を積み上げていかなくてはいけない。
それはきっととても厳しいことで、渡邉さんは違えることなくそれを知っていて、なんだかとても頼もしい。

ゆきおさん写真


渡邉さんは、穏やかでユーモアがあって、一本のりんごの木のような、芯の通った人物だ。
彼の感性が存分に発揮された作品こそ、この揺れ動く時代に、何より人を勇気付けるだろう。

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Instagram/Twitter/LINE ID:「heralbony」


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