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バックビートとアフタービートという用語について

これらの用語はほとんど同義語として用いられることもあるが基本的な意味が異なるので注意が必要だ。バックビートを特別な意味で使う場合については最後に説明する。その意味を正確に理解するためにはまずは大雑把なレベルから始め、何段階も概念を重ねていく必要がある。

アフタービート

アフタービートが示す最も広く基本的な意味は弱拍や拍の弱い部分である。4拍子であれば2拍目や4拍目のことであり、さらにそれぞれの拍の後半部分を指すこともある。4拍子を大きな2拍子と考えれば、4拍子の2拍目と4拍目はそれぞれ大きな拍の後半部分に当たる。もちろん3拍子であれば2拍目と3拍目を指す。音符をどれだけ細分化して行っても必ず同じ関係が出現する。

メリアム=ウェブスターのオンライン辞書ではアフタービートの1883年に書かれた定義を示しているが、それにはアクセントの有無は含まれていない。

afterbeat
a musical note or tone falling on a weak beat or on a weak portion of a beat
小節の中の弱い拍、あるいは拍の中の弱い部分に位置する音符あるいは音

メリアム=ウェブスター・オンライン

松村敬史氏が彼のYoutube動画の中で述べているように、アフタービートは古い用語であり主としてクラシック音楽の文脈で見られる用語と言っていいだろう。一方バックビートは比較的新しくポピュラー音楽の文脈で使われ始めた用語らしい。そしてバックビートは、単に拍の小節内での位置を示すだけではなく、アクセントの存在と関連付けて使われることの多い用語である。

ただし本来はダウンビートとアップビートの2分法で考えるのが古代からの伝統的なやり方である。これは時間(タイム)を測定(メジャー)するために机や地面を叩く(ビート)際の1つのサイクルを、古代ギリシャの伝統に従って下げ(テシス)と上げ(アルシス)に区別するところから来ている。元々はビートは1小節を意味していたが、それをダウンとアップに分割したので強拍はダウンビート、弱拍はアップビートと呼ばれるようになった。

「アフタービート」を弱拍にアクセントを付ける意味で用いる場合もあるが、これは本来であれば、「アフタービートにアクセントを付ける」などと言うべきところを省略したものだ。


バックビート

バックビートについては英語版WikipediaのBeat (music)の項目の中に詳しい説明があるが、これは4拍子の2,4拍にアクセントを付けるスタイルを指す用語として用いられている。ただし、この記事の最後で紹介するように、単にアクセントを付けるだけでは区別できないノリの違いが存在することに注意が必要である。しかし英語圏でバックビートという場合にはこのノリの違いの意味は含まれない。というのも、彼らの多くは国外で別の種類のノリが使われていることなどを意識することは普通はないからである。

Wikipediaで、曲を通してバックビートにアクセントを付けた初期の例として挙げられているのはワイノニー・ハリス(Wynonie Harris)のグッド・ロッキン・トゥナイト(Good Rockin' Tonight)(1947年)。


バックビートがいつ頃から使われ始めた用語なのかは分からない。だが調べてみると、1939年にバックビート・ブギというヒット曲が存在したことが分かった。この曲が、この用語の普及に貢献したのかもしれない。


前後との関係

アフタービートやバックビートは、時間的に後の弱拍に関する意味を持っているが、これは小節や拍が強拍を先頭とするグループとして理解されているからだ。弱拍はそれに先行する強拍に属するものとして理解されるのが普通である。

(松村敬史氏によるとバックビートのBackは「後ろ」の意味ではなく「背中」の意味だという。だがこれは彼が学んだアメリカの人々の理解を紹介しているのであって、語源を調べた結果というわけではなさそうである。)

だが実は弱拍には、それに先行する強拍に属する場合と、その後に続く強拍に所属する場合の2つのパターンが存在する。

ポピュラー音楽で2拍目や4拍目にアクセントが付く場合は大抵は先行する強拍に属するパターンであるが、4拍目のベースにアクセントが付く場合ではしばしば次の小節の音が先走って始まったような感覚を持つことがある。これはその後に続く強拍に属する弱拍である。

これらの違いはアフターやバックという用語では区別できないので、私は前者を「裏拍」、後者を「斜拍」などと呼んで区別している。

先程挙げたワイノニー・ハリスのグッド・ロッキン・トゥナイトが「斜拍」気味に聞こえるのは私だけだろうか?私には弱拍のアクセントが次の強拍への準備となっているように感じられる。


松村敬史氏や山北弘一氏の提唱するバックビート概念について

ギタリストの松村敬史氏や、ドラマーの山北弘一氏らは自身のYoutube動画の中で、バックビートという用語を洋楽によく見られるようなグルーヴ感(ノリ)の一種を指す言葉として使っている(「バンドの音が変わる!ドラマー以外にも知ってほしい「リズムの重心」の話」。この意味でのバックビートの対義語は「頭重心」という言葉であり、それは比較的日本のポピュラー音楽に多く見られるという。この2つの用語を私なりに解釈すると、「頭重心」というのは弱拍から強拍へ入って終わるような運動を意味し(つまり斜拍)、一方でバックビートは強拍から弱拍へ入って終わるような運動(裏拍)を意味しているように思われる。そして彼らのバックビート概念においてはこの際に、終わる位置に体を預けるような感覚(重心)を持つことが重要である。

であるからこの場合、弱拍にアクセントがあるというのは、バックビートでは運動の終わりを表現するためのものであるのに対し、「頭重心」では運動の開始を表現するためにアクセントが付けられているということになる。であるから、運動の開始や終わりの位置や、「重心」の存在が感じ取れさえすれば、音の強さを強くすることそのものは本質的ではない、と言ってもいいだろう。

注意が必要なのは、英語圏でバックビートという用語が使われたからといっても、それが松村氏や山北氏の言うバックビートのノリを意味しているとは限らないということだ。バックビートとは普通は弱拍にアクセントがあるスタイルを指す用語であって、アメリカ人はアメリカ人のノリで演奏していることを特に意識していないし、ノリを言語化する必要性も生じないからである。

また、ここで言われているバックビートが、「頭重心」に対して常に優れているというわけでもないことは頭に留めて置かなくてはならない。アメリカの本場の音楽を再現するためには必要だということであって、あとは好みの問題となる。

追記

Youtube動画「こんな方法があったのか!グルーヴの生み出し方」の中で「アップフィール」と「ダウンフィール」という用語が登場するが、これはそれぞれ「バックビートのノリ」と「頭重心」に対応する概念である。同チャンネルの「音もリズムも良くなるアップフィールのススメ。」も参照のこと。なお「〜フィール」という用語は他では見られないので、おそらく造語かと思われる。


おわりに

以上この記事ではバックビートとアフタービートという用語について紹介した。記事の最初の方は、初歩的な楽典的内容であり、最後の方に進むほど高度な区別を扱うものとなっている。高度な内容も、初歩的な楽典を土台にしなければ理解することはできない。


最後に注意しておきたいことがある。それはリズムというものは演奏者(あるいは再生装置)と聴き手の共同作業によって生じるということだ。演奏者がどれほど完璧な音の配分を示しても、聴き手がその構造にうまく乗れなければそのリズムは理解されたことにはならない。つまり頭の中で正しい像を結んでいない。(ただしその場合でも、音楽が全く理解されないということではなく、より大雑把なレベルでの理解は成立している。音楽というものは階層的な暗号なのである)。聴き手は「どの聴き方ならばノれるか」を判断しなくてはならないし、馴染みの薄い聴き方はできない。

カテゴリー:音楽理論

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