【覚え書き】モーツァルト『フィガロの結婚』のアリエッタ『恋とはどんなものかしら』で母音が3連続する箇所での歌い方の多様性

神戸モーツァルト研究会 第 254 回例会 2017 年 6 月 4 日『もう飛ぶまいぞこの蝶々』を例に日本語歌詞を考える』という資料がインターネットにあって、その後半でモーツァルトの『フィガロの結婚』よりケルビーノのアリエッタ『Voi che sapete che cosa è amor  (恋とはどんなものかしら)』の歌詞の乗せ方に問題がある、という話題が出てくる。

具体的には母音が-sa è a- と3つ連続している箇所のことである。

普通イタリア語では、単語間で母音が連続する場合は1つの音節にまとめて二重母音のようにして歌う。詩の音節を数えるときも母音の連続する箇所は2つに分けない。

だがそれは、詩の音節を数える中で定着したルールであって、歌に向いているかどうかは分からない。3つ連続ならばなおさら単純ではない。上記の資料でもレコードでの歌い方にばらつきがあることが指摘されている。

実際、Youtubeで「voi che sapete」と検索して上から順番に聴いていくと、20本程度聴くだけでも以下のような6通りのタイプが見られた。


|co - | sa è a-|mor (saが付点16分音符に乗っているもの)

ザ・エ・アと3連符のように聞こえるもの

テンポが早い場合、真ん中のèがどちら側に寄っているのか聞き分けられなくなって結果として3連符のようになるようだ。
(録音) アグネス・バルツァ (Agnes Baltsa) (1944ギリシャ– )
(録音 録音フレデリカ・フォン・シュターデ (Frederica Von Stade) (1945アメリカ– )
(録音) パメラ・ヘレン・ステファン Pamela Helen Stephen (1964イギリス–2021)
(録音) アンゲリカ・キルヒシュラーガー (Angelika Kirchschlager) (1965オーストリア– )
(録音クリスティーネ・シェーファー (Christine Schäfer) (1965ドイツ– )
(録音) ジョイス・ディドナート (Joyce DiDonato) (1969アメリカ– )
(録音) イザベル・レナード (Isabel Leonard) (1982アメリカ– )
(録音) パトリシア・ノルツ Patricia Nolz (1995オーストリア– )



「エ・ア」をまとめて「ザ・エア」と付点リズムで歌っているもの

上の3連符っぽい歌い方との差はごくわずかで判断が難しい。レージネヴァはゆっくりとしたテンポなので「ザ」と「エア」の間が明確に開いたのだろう。
(録音) ユリア・レージネヴァ (Julia Lezhneva) (1989ロシア– )


「ザ・エ」をまとめて「ザエ・ア」 と付点リズムで歌っているもの

(録音) チェチーリア・バルトリ (Cecilia Bartoli) (1966イタリア– ) 
(録音) リナート・シャハム  Rinat Shaham (1980イスラエル– )
(録音) ケイト・リンジー (Kate Lindsey) (1981アメリカ– )
(録音マリアンヌ・クレバッサ Marianne Crebassa (1986フランス– )
(録音) キャサリン・トロットマン (Catherine Trottmann) (1992イタリア– )


「ザエ」が「ゼ」にまとまって、「ゼ・ア」となっているもの

(録音) エディト・マティス (Edith Mathis) (1938スイス– )


|co-sa|è a-|mor (saが32分音符の上に乗っているもの)

(録音(大音量注意)) ジュリエッタ・シミオナート Giulietta Simionato (1910イタリア–2010)
(録音マリア・ユーイング (Maria Ewing) (1950アメリカ–2022)
(録音) マリーナ・コンパラート (Marina Comparato) (1970イタリア– )
(録音 録音) パトリツィア・ヤネチコヴァ (Patricia Janečková) (1998ドイツ、スロバキア–2023)



特殊な事例

逆付点リズム (ロンバルディア・リズム、スコッチ・スナップ) になっているもの

(録音) マルタ・フォンタナルス=シモンズ (Marta Fontanals-Simmons)


最後のは例外だとしても、案外いろいろな歌い方があるものだ。

新全集と旧全集の楽譜を貼っておく。旧全集の書き方は誤解を招きやすいものだ。とはいえ、新全集の書き方でも歌い方が1つに決まるわけではない。

新全集
旧全集


他の母音が3つ並ぶ箇所を見ておく

普通は母音3連は1音節にまとめるもののようだ。ただしそのまとめた1音節に対して音符が2つある場合は選択肢が生じてしまう。

フィガロの結婚のNo.28のレチタティーヴォとアリアのアリア「早くおいで、美しい喜びよ」の歌詞の4行目には母音の3連続が2箇所ある。

finchè l'aria è ancor bruna, e il mondo tace
空はまだ薄暗く、世界は静寂に包まれている。

このアリアの歌詞の最初の3行は全部11音節で書かれているので、4行目も当然11音節となるはずであり、実際これらの母音の3連続を1音節と数えるとちょうど11音節となる。

楽譜は次のようになっている。(録音 録音)

わざわざbrunaとmondoはアクセントのある音節を引き伸ばして2音使っている。そのため母音の3連続はどちらも、1音に押し込められている。


No.10 『もうできないぞ (Non più andrai)』
(録音) con le nevi e i sollioni.
新旧全集で歌詞の割り振りが違っている。

(新全集) ヘ音記号で
(旧全集) ヘ音記号で

No. 20 『あの日々はどこへいってしまったの (Dove sono i bei momenti)』
(録音) Perché mai se in pianti e in pene
これはVoi che sapeteの時と同じような問題が生じそうな形。

ト音記号で

No.29 フィナーレ
(録音 録音 録音) in contenti e in allegria

ト音記号で

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