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「雪国」の列車はどこのトンネルを抜けたのか

少し前のお話。

文学作品の朗読CDの収録現場でその問題は起きました。

収録する作品は、川端康成の「雪国」

国境の長いトンネルを抜けると、雪国であった。

あまりにも有名な冒頭の一文、そのしょっぱなからつまづきました。

「こっきょう」なのか「くにざかい」なのか。

朗読用として渡してある本にはルビがありません。

確かにどちらもありうる。しかし、どちらか一方だ、という確証はない。

とりあえずその場は「こっきょうの~」と「くにざかいの~」の2パターンで収録し、後日スタジオのエンジニアさんにうまく切り貼りしてもらうことになりました。

会社に戻り改めてよく調べてみると、この「こっきょう」「くにざかい」問題、思ったより難しいものでした。

私自身は、「こっきょう」派でありそれが多数派と勝手に思っていました。

では「くにざかい」は確かにそう読もうと思ったら読めるよね的な解釈なのかといえばそうでもなく、これはこれで理由がありました。

簡単に言うと、この作品の列車は上野国(こうづけのくに 現群馬県)と越後国(えちごのくに 現新潟県)をまたいで進んだことになるので、「くに」と「くに」の境で「くにざかい」と読む、というものです。

確かに県境も「けんざかい」と読みますし、そう言われるとそんな気もします。

それに対し「こっきょう」派も、上野国と越後国の間は「上越国境」(じょうえつこっきょう」と言う。何なら「信越国境」もある。とこちらもパンチのきいた意見があります。

つまりはどっちもどっちというもので、明確な答えはない、というものでした。
なので、その時は「明確は答えはない」という明確な答えをもって、「こっきょうの~」を使うことにしました。
もし「『くにざかい』では?」という問い合わせが来たならば、「明確な答えはありません」と明確に答えるしかない、と明確に思った次第です。

幸いにしてそういった問い合わせは今に至るまでありませんが、語句の読み一つ一つにも気を配らなければいけない、そう深く学びました。

ちなみにとある小説の登場人物の「河野」が「かわの」なのか「こうの」なのか問題は、また別のお話です。


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