爆破ジャックと平凡ループ_11

如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#18-11周目 俺はただの運転手じゃない

 目を開けると、あかいくつバスが停車している。
 どうやら、神様は俺を逃がしてくれるつもりがないらしい。

 じっとバスを見つめる。
 重い足取りで、バスに乗り込んだ。パスケースでタッチをして清算を済ませ、運転手のそばに立つ。

 バスが扉を閉めて、ゆっくりと発車する。

 俺はバスをよく利用する。景観が良いからでもあるし、パワハラ上司に会うまでに遠回りをしたいからでもあるが、なにより父親が乗っているからだ。

「なあ親父」と声をかける。

 俺が九歳の時に、父親の浮気が原因で離婚し、以来俺は父親と会っていなかった。その父親と偶然再会したのは、このバスでだった。二十年ほど経つが、相手が自分の父親だとわかった。俺の子供の頃の苗字である、「土門《どもん》」という名札もしてたし。

「お前が、いつおれに呼びかけるんだろう、とおれはいつもビクビクしながら運転していたよ。まあ座れ」

 俺は親父に促され、運転席のそば、左前輪上の席に座った。狭いため、足を折り曲げて体育座りのような体勢になる。

「お前が乗り込むたびに、今日話しかけられるんじゃないか? って思っていたよ」
「俺は初めて乗った時から気づいてたよ」
「いや、初めての時は気づいてなかったよ。お前はスマホを見ながら乗り込んできたから。不愛想な奴に育っちまったなあと、悲しくなった」
「父親から教わらなかったからな」
「母さんから教わらなかったのか」
「母さんが教えることは、いつだって一つだよ」

 親父と『人生は一度きり』と声がはもる。

「人生は一度きりだ、そう言ってたから、子育てが本当に面倒臭そうだった。俺が足枷になってると思ってたんだろうな。進学して上京したら家を飛び出して、母さんはバルセロナとかデンマークとか、とにかく海外を転々としてるよ」
「あの人は、ああいう人だからな。俺と合わなかったんだよ」
「家庭的じゃないから、それで浮気をしたのかよ」

 離婚した時、俺はその原因がよくわからなかった。が、父親が浮気をしていたのだということを高校生の時に教わった。相手は同窓会で再会した、かつての同級生らしい。

「浮気をしたわけじゃない。肉体関係を持ったわけじゃなかったしな。ただ、母さんとの関係を終わりにしたいから、離婚をしたいって申し出たんだ」

 そうだったのか、今まで母親の言うことを鵜呑みにしていたな、と省みつつ、それで納得もできなかった。

「俺はどうなんだよ。なんで引き取らなかったんだよ」
「それは、本当に悪いと思ってる。俺も新しい人生を歩きたかったんだ」
「結局どっちも最低じゃんかよ。離婚するくらいなら、誰かに頼まれたわけでもないのに、神様に誓うなっつうの」
「あの時は、本気だったんだよ、あの時はな。この人しか一生愛さないって思ったんだけどなぁ」

 親父がそう言って、懐かしそうに目を細める。なに感傷に浸っているんだよ、と親父を見て苛ついた。

「『人と同じことばっかりしてると、つまらない男になるぞ』あんたはよく俺にそう言ったよな」
「ああ、言ったな」
「ところが、どうだ。俺はつまらない男になっちまったよ。ミュージシャンになろうと思ってたんだけど、全然ぱっとしなくて、なれなかった」
「ミュージシャンか、CDとかレコードはあの家に置きっ放しだったもんな」

 ああ、それで俺は音楽に興味を持っていたのか、と思い至る。が、今はそんなことよりも、だ。スーツの襟を掴んでから、ネクタイをしめる。

「ミュージシャンになれなくたっていいじゃないか」
「でも、会社員としても最低なんだよ。セールストークの本を読み漁っても活かしきれない。成績も悪いから、今日中にあと一台オーブンを売らないとほぼクビ決定だよ」
「おれに仕事の相談をしたかったのか? あとオーブンは買えない。こないだ、買い換えたばっかりなんだ」
「そういうことを言いたいんじゃねえよ」

 この人はずれてるな、と思いながら、恨みがましく、口を開く。

「俺がなんで、このバスによく乗るのかわかるか?」

 親父が黙っているので、俺は答えを言う。

「あんたを見るためだよ」

 おれをか? と親父がちらりと俺を見る。
 がんばる親父の背中を見にきている、とでも思ったのか頬を綻ばせた。
 そんなわけねえだろうが。

「人にご大層なことを言っていたくせに、自分は毎日毎日ぐるぐる同じところを走るだけだろ? 俺は、自分があんたよりマシだと思うために、このバスに乗っていたんだよ」

 感謝や励ましの言葉でも期待していたのか、親父は少し驚いた顔をして俺を一瞥してから、前方に視線を移した。バスの運転手は前を向いていろよ、と俺は悪態をつきそうになる。

「おれはお前に色々なことを途中までしか教えられなかったみたいだな」
「なにもかも中途半端だからな」
「林悟、いいか? 人間は人間だ。なにかができるから特別になるわけじゃない。なにかをする時に、なにも考えないで周りもそうだからって行動をしないでくれって言いたかったんだよ。お前、今の会社で働いてる理由はなんだ?」

 俺が今の会社で働いている理由は、ない。

「金以外にねえよ」
「俺は乗客を安全に目的地まで運ぶことに矜持を持っている。それに、俺はただの運転手じゃないし、お前の父親だし、新しい家庭での夫だし、必死に生きているんだ。このバスの乗客だって、ただの乗客じゃない。きっと、みんながみんな誰よりも一番大変だって思いながら、必死に生きてるんだと思うぞ」
「今更、説教くさいことを言うんじゃねえよ」
「話題を振ってきたのはそっちだろうに」

 そういって、親父は口を尖らせた。
 しばらく無言の間が生まれ、前方を見る。日本大通りのバス停が見えてきた。もうすぐ、バスジャック犯が乗ってくる。また、戦わなきゃいけないのか? とため息が漏れる。
 すると、ため息の意味を勘違いしたのか、親父が「なあ林悟」と声をかけてきた。

「仕事を辞めたかったら辞めてもいいんだからな。逃げたかったら逃げてもいいんだ」

 やりたいことは音楽以外なにもなかったから、とりあえず働ければいいや、と面接を受けて入った会社だ。かつての同級生たちは、入った会社が天職だとか、どこの会社も辛いと口にしているから、そんなもんかと思っていた。

 誰もそんなことを言ってくれなかったので、なんというか、びっくりした。
 仕事は辛いもので、金を稼ぐために我慢するものだと、ずっと思ってきた。

「いろいろな道があるし、いつからでも間に合うんだ」
「お前が、母さんと別れたみたいにか?」

 まあ、それもその一つだ、と親父が苦笑する。

『次は日本大通り、日本大通りでございます』と親父がアナウンスをする。

 親父が言っていた「みんながみんな誰よりも一番大変だと思って生きている」という言葉を思い出し、俺は前に全員に悪口を言ってしまったことが恥ずかしくて仕方がなくなった。

 俺は、特別な能力を与えられ、それで手一杯になり、他人のことを考える余裕がなかった。

 バスが停車し、後方で悲鳴があがる。
 岡本が咲子さんを人質にとったのだろう。
 岡本も、ただのバスジャック犯だと思っていたけど、彼を利用しようとしないで、もっと親身になってあげられれば、なにか変わるのではないだろうか?

 だが、今の俺は、まだ立ち上がれない。
 また涙が溢れ、嗚咽が止まらなくなっている。
 次だ、次になったら本気を出すから、せめて今だけは泣かせてくれ、と膝を抱え、顔を伏せ、時がくるのを待つ。

 幾台ものパトカーを引き連れて、三十分後、バスは桜木町駅に到着した。

 バスはまた爆発した。

=====つづく
第18話はここまで!
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