爆破ジャックと平凡ループ_12

如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#19-12周目 そのお金、どうにかできるかもしれませんよ

 十二月の風が吹き抜ける。泣きはらしたことによるダメージが残っていないのが、救いだった。目の前に停車しているあかいくつバスに乗り込み、「お疲れ親父」と声をかけ、パスケースをタッチして清算をすませる。

 菜々子嬢のコーヒーをかわして、咲子さんの隣に座る。

「森田くんじゃん、久しぶり。何年振り?」
「五年ぶりだよ。ちょっと大事な話があるから、後ろの席にいかないか?」
「いいけど、わたし次で降りちゃうよ?」
「すぐに済むから」

 そう言って誘い出し、バスの最後部座席へ移動する。窓側に咲子さんを座らせて、ふーっと息を吐き出す。

「大事な話ってなに? バンドのこと? それとも、そのスーツ姿のこと?」
「咲子さんに話したいことはたくさんあるんだけどさ、まだ言えないんだ」
「呼び出しておいて、なんなの一体?」
「実は一つ、お願いがあってきたんだ」
「お願い?」
「これから、ちょっと大変なことが起こるんだ。それはまあ、その内にわかることなんだけど」
「大きな取引がある、みたいな?」
「まあ、似たようなものかな。それで、俺は何度も失敗しちゃって弱ってる」

 咲子さんがどう反応したものか、という様子で、はあ、と曖昧に頷いた。

「がんばれ、って言ってくれないかな?」
「なんだか懐かしいね」
「懐かしい?」
「理由を聞かずに『がんばれ』って言ってくれって、わたしによく頼んだじゃん。忘れたとは言わせないよ」

 確かに、例えば音楽事務所の人間が見にくると噂されているライブの日とかに、咲子さんに「がんばれと言ってくれないかな」と頼んだ記憶がある。スカウトマンがくるんだ! と言ってしまうとダメだった時に格好がつかないから、こういう頼み方をしていた。

 咲子さんは呆れた様子ではあったが、「まあいいよ、わかった」と頷いた。

「森田くん、がんばれ」
「ありがとう、がんばる」

『次は日本大通り、日本大通りでございます』

 アナウンスが聞こえ、「ここで待っていてね。咲子さんは無茶をしないで」と言い残し、バスの後部ドアの前へ移動する。

「危ないので、下がっていてください」と四方山に声をかけ、岡本が乗り込んでくるのを待ち構える。
 空気を噴出する音と共に、目出し帽を被った岡本が乗り込んできて、俺の背後に立ち、首筋にナイフを当てた。

「乗り込んだらこいつを殺す。おい! 運転手! 早くバスを出せ!」

 いつものセリフだ。
 バスの扉が閉まり、外にいるスーツ姿の男たちが、歯がゆそうに発車するバスを見送る。
 俺は抵抗しませんよ、という意思表示のために軽く両手を上げながら、バスの前方へ移動する。

 さあ、会社員生活で培ってきたセールストークをフルに使って、彼の味方になってやろうじゃないか、と奮起する。

「ついてこい」

 と促され、一緒に運転席の隣に移動する。

「いやー、あなたは運がいいですよ」
「運がいい?」
「私、月本冷蔵で営業をしている森田林悟というものなんですけど、私はお客様のニーズに応えるのが得意なんです。私ほど、扱いやすい人質は、そうそういませんよ」
「人質のプロ、みたいなことを言うじゃねえか」

 実際、人質のプロがいるとしたら、俺以外にいない気がするが、相手が冗談を言ったので、俺は少し大げさに笑ってみせる。

 が、ここでふと、今まで俺は大きな勘違いをしたままだったことを思い出した。

 俺は、岡本が、自分に生命保険をかけているから爆発をさせたと思っていたが、そうじゃない。彼の荷物は脱法ドラッグで、爆弾ではなかった。ということは、彼も飛び乗りの乗客ではないか。

「あの、一つご提案なんですけど」
「なんだよ、黙ってないとお前を殺すぞ」
「バスジャックをこのまましていたら、捕まってしまいますよね。次のバス停で、犯人様だけ降りたらどうでしょうか?」
「いや、そうもいかねえんだ。お前、さっきの連中が俺の名前を呼んだの聞こえたか?」

 俺は、嘘をつこうかと思ったが、素直に「岡本さん、ですか?」と答える。
 岡本は「やっぱりな」と舌打ちをした。

「犯人が俺だってバレちまってる。だから、もう少し遠くまで逃げないといけねえ。待ち伏せをされるかもしれないからな」

 と、その前に、と言って岡本が背負っているリュックサックをスライドさせ、脇腹あたりに移動させた。これはまずいぞ、と思ったら案の定、「なんだよこれは、チクショウ!」と声を張り上げた。

 俺は味方ですよ、とでも言うように、「どうしましたか?」と白々しさを感じながら、案じるように声をかける。

「しくじった。間違った。逆のバッグを奪ってきちまった。ああ、いつもオレはこうなんだよ。いざって時にミスをしちまう」
「なにか取引があって、現金じゃない方を奪ってしまった、ということですね」
「察しが良いじゃねえか。まさかお前、滑川の回し者じゃねえだろうな?」
「とんでもない、私はただの営業マンですよ。営業をしていると、色々な場面に出くわすので」

 さすがに苦しい言い訳だったが、岡本は、そうかよ、とぶっきらぼうに口にし、「まじーぞ、これは」と頭をかいた。

「お金が必要なんですか」
「生きてりゃ、大抵の問題は金で解決するからな」
「そうですよね。私も妹がいたんですけど、お金がなかったせいで治療を受けさせることができませんでした」

 セールストーク、「同じ苦しみを知っていますよ」を使うと、犯人が「お前もかよ」と同情に満ちた声をかけてくれた。そのまま肩を抱き、慰めてくれそうな気配さえある。

「妹さんは?」と訊ねられ、私はゆっくり首を横に振った。
「そうか、悪いことを聞いたな」
「いえ、いいんですよ。もしかして、あなたも、ご家族が病気なんですか?」
「お前と同じ、妹だよ。妹の手術代が必要なんだ」

 それだってのに、ミスしちまったと舌を打ち、悔恨混じりのため息を吐き出す。

「なにと間違えたんですか? そのあたり、詳しくお話を聞かせてもらえたら、力になれるかもしれませんよ」
「営業マンの経験でか?」

 冗談めかして言われたが、私は真剣に「営業マンをなめないで下さい」と返す。
 バスジャック犯は言うか言うまいか躊躇うような間を置いてから、口を開いた。

「オレの高校の時の先輩がやべーグループに入っててな。老人詐欺から脱法ドラッグまで手広くやってる、若手犯罪ベンチャー企業みたいなところだ。最近じゃ、ヤクザも平気で敵に回してるらしい。でな、昨日先輩と飲んでいたら、明日馬車道で取引をするって話を聞いたんだよ。それで、現金の入ったバッグを奪ったと思ったら、まさかの脱法ドラッグの方だったっつうわけだ」

 ひとしきり言うと、さあ営業マン、お前にどうにかできるのかよ? という視線を送ってくる。
 俺は、彼の視線を受け、今度は釣り人の格好をしている男に視線を向ける。

「どうにかできるかもしれませんよ」

=====つづく
第19話はここまで!
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