爆破ジャックと平凡ループ_1

如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#1-1周目 最悪がたくさん降って来た

 最悪が、俺を的にしているみたいに、たくさん降って来た。
 まず、昼過ぎに大事な商談で失敗したせいで、クビがほぼ確定した。
 次に、乗り込んだバスで、乗客にコーヒーをひっかけられた。
 更に、座った席の隣に、元恋人の長谷川咲子《はせがわさきこ》が座っていた。

「動くな! 動くとこの女を殺すからな!」

 オマケに、その俺の元恋人が、バスジャック犯の人質にされた。

「とにかく、バスをこのまま走らせろ!」

 なんだこの不運の連続は。
 俺は今日、独身アラサー会社員のまま寂しく死ぬのかもしれないな、と自嘲気味に思ったら、なんだか本当にそんな気がし始めてぞっとした。

 百七十センチほどの男は、右目から左目にかけての目元と、口に穴の開いた目出し帽という、「犯人の正装」とも言えるような格好をしている。彼の持つナイフで動きを制限されている元恋人を眺めながら、電車に乗っておけばよかったと後悔する。

 昼過ぎの商談に失敗した俺は、電車で会社に帰って「いい加減、次ミスったらドラム缶に詰めるからな」と笑顔で話しかけて来る上司に会うのが嫌で、新県庁前停留所からバスに乗り込んだ。俺は落ち込むと、よくバスに乗るから、今日もそうしていた。

 しかし、上司に殺されなくても、十分殺されるかもしれない状況だ。
 咲子さんと視線がぶつかる。
 俺は昔から、彼女のまっすぐな視線に弱いから、逸らすことができなかった。

 ごくりと生唾を飲み込み、なにかしなければ、と小さく挙手をしようとした。が、犯人の視線がこちらに向いたので、慌てて引っ込めた。

 咲子さんが呆れた様子で、小さく嘆息を漏らしたのが見える。
 動くと殺す、と言っていたからなにもしないのであって、君の為なんだぞと言いたい。けど、言えない。黙っていた方がいいからだ。

 じっと咲子さんを眺める。
 長かった艶のある黒髪は、肩より上でばっさり切られていた。

 凛とした奥二重で、泣きぼくろが涼しげな雰囲気を醸し出している。俺より二つ年上だから、今は三十一歳だろう。美人で堅実な性格をし、綺麗好きで、シンクに水滴があることと、服に毛玉があることを許さない、そういう人だった。絵を描くことが得意だけど、護身術はやっていなかった気がする。

 俺は大学時代に軽音楽サークルに入り、バンドを組んでいた。が、大学を卒業しても就職せず、バンドで食っていくと語っていたため、咲子さんに愛想をつかされた。

「森田《もりた》くん、夢ばっか語っても食べていけないし、バンド辞めれないの?」

 バンド活動をしていたが、レーベルや音楽事務所から声がかかることもなかった。新曲をコンスタントに作れず、デモ音源を送ることもあまりできなかったから、咲子さんとの口論になるたびに、「俺は曲が降ってくるタイプだから」とごまかしていた。

 あの頃、自分には夢があり、髪にパーマをあて、大きなことを語り、美人の彼女もいて、夜空の星も綺麗に見えた。

 今の俺は、頭を下げた数だけ皺のあるスーツを着て、清潔感のある短髪をし、高そうにも安そうにも見えない、相手を油断させるにはちょうど良い腕時計に時間を支配されている。

 咲子さんに、がっかりされただろう。
 あれだけ夢を語ったくせに、俺は今、夢もへったくれもないサラリーマンに、何の思い入れもない業務用厨房機器商社の営業マンになっている。

 バスジャックも嫌だが、咲子さんをなんとかしてバスから降ろしたかった。かつての俺を思い出すのが嫌だし、今の自分を見せるのも情けなくて嫌だからだ。

 ビッグマウスだから、口先だったら自信があるぞ、と思ったが営業成績は芳しくなくて、下から数えた方が早い。冷蔵庫やらオーブンやらを売らないといけないため、まだ交換のタイミングでもないものを、俺は「そろそろ買い替えどきですよ」と言ってノルマを稼いでいたりする。

 俺は、音楽で人を幸せにしたい、そう思っていた。

 だけど、今の俺は誰を幸せにしているのだろうか? と疑問に思うことが増えている。俺から冷蔵庫を買わないで、有意義なことにお金を使った方がこの人たちは幸せになれるんじゃないだろうか、と思ってしまう。

 胸を張って人を幸せにする仕事をしている、とは言えない。

「いいか、お前らはじっとしていろよ!」

 なにもできず、がなる犯人を眺めるも、表情が読み取れず、なにを考えているのかわからない。咲子さんは怯え、自分の首筋にあるサバイバルナイフを気にしていた。

 額と手のひらにじんわりと汗が浮かぶ。
 俺に、なにかできることはないだろうか?
 だけど、なにも思い浮かばない。
 俺は格闘技だってなにも習っていないし、影響力のある人間じゃない、ただの平凡な会社員だ。

 そういえば、とぐるりと乗客を見回す。
 誰か助けてくれそうな人はいないだろうか?

 乗客は俺と咲子さんを含めて九人で、老人や俺と年の近そうな男はいるが、オールバックのシェフがいて解決してくれる、という映画のようなことは起こらなさそうだ。唯一戦士系なのは、高そうな毛皮のコートを着たお嬢様風の美女といるスーツ姿の男だが、彼も大人しく犯人の言うことを聞いている。

 カシャっと音がし、はっとする。

 振り返ると、一番後ろのアラサー男が明らかに狼狽した様子で、スマートフォンを操作していた。警察に通報しようとしていたのかもしれない。

「おい、誰だ! 今のは?」
「すいません、誤操作してしまって!」とアラサー男が釈明する。
「まず、操作をするんじゃねえよ!」

 犯人が怒り、ナイフを振り回す。
 咲子さんの首筋をナイフがかすめ、たらりと赤い血が流れ始めた。それを見たお嬢様が、悲鳴をあげた。頚動脈が切れたわけではなさそうだが、元恋人が犯人に傷つけられたのになにもできない、という無力感が俺を責める。

「おい、スマホは没収だ! くしゃくしゃ頭、お前、全員分集めろ」

 ギターケースを隣の席に置いた、くしゃくしゃ頭の男が、自分のことかと立ち上がり、座席を巡る。俺も大人しくスマートフォンを差し出した。
 アラサー男の通報が上手くいったのか、それともバスが警報を出していたのか、マリンタワーを通過したあたりから、パトカーがサイレンを鳴らしながらこのバスの追跡を始めた。

 このバスは、横浜の桜木町駅から元町中華街駅までを周回する、「あかいくつバス」という、普通のバスよりも一回り小さいバスだ。赤レンガ倉庫前や、港の見える丘公園前など横浜の観光地を巡るから、多くの観光客が利用する。それだけではなく、新県庁前や日本大通りなどのオフィス街も通るため、普段使いする市民も多い。俺もその一人だった。

 バス全体が小豆色で縁が金色に装飾されていて、可愛らしい。よりにもよって、そんなバスがジャックされるとは、誰も思っていなかっただろう。

 このバスはどこへ向かうのだろうか。
 犯人が警察や誰かに要求をする気配がない。ジェットコースターのようにルートをぐるぐる回り続けるのだろうか、と思案していたら、バスはあっという間に終点の桜木町駅前に到着した。

「おいおい、なんだよこりゃあ」

 バスジャック犯ではなくても、そう言いたくなるような光景だった。
 駅前バスターミナルに張られた警察のバリケードの向こうでは、まるで地元球団の凱旋を見届けるように、人々がスマートフォンを向けて待ち構えていた。

 更に、ターミナル内にはパトカーが並び、道路を完全に塞いでいる。
 そう言えば、一週間前にニューヨークでバスの爆弾テロがあったばかりだ。警察は市街地では被害を出さないよう、足止めをする気なのかもしれない。見捨てられたような憤りと、見捨てないでくれよという寂しさが、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。

「おい、どうなってるんだよ!」

 犯人が声を荒げるが、運転手も動揺しているようで「私にも、なんとも」と曖昧な返事を返すだけだった。
 バスの背後にもすぐにパトカーが配置され、桜木町駅前のバスターミナルで、俺たちの乗るバスは閉じ込められた状態になった。

 どうにかしなければ、そう思った、その時だった。

 後部座席に座っていた、アラサー男が立ち上がると、犯人に飛びかかった。このままでは埒があかない、と思ったのだろう。
 格闘技の心得でもあるのかもしれない。
 いけ! やっつけろ! と心の中で応援する。

 が、彼にあったのは正義感だけで、筋力は伴っていなかったようだ。犯人にどこかを刺されたのか、正義漢は床にどさりと倒れ込んだ。
 大丈夫なのか? と心配するのと同時に、シュートがゴールポストに弾かれたような、落胆のムードが車内に漂う。

 再び、咲子さんと視線がぶつかった。

 じっと、俺のことを見つめ、口を動かした。

「う・そ・つ・き」

 そう言われたような気がした。
 心臓がバクンと跳ね上がる。
 確かに昔は、
「君のことは俺が守る」「音楽で食っていく」「みんなを幸せにする」
 そう語っていた。

 だけど、今の自分はどうか?

 咲子さんを守れてもいないし、音楽で食ってもいないし、みんなを幸せにもしていない。

 俺は一体なんなんだ?
 ただのうそつきなのか?

 ミュージシャンになれなかったし、パワハラ上司に怯え、ノルマのことしか考えていない底辺営業マンになりさがっている。
 別れたとは言え、大切な人、一人を守ることもできない、クソッタレの人生だ。

 やり直せるものならやり直したい。
 胸を張って生きたいし、君のことを守れる男になりたい。
 そう思った瞬間、轟音と共に、どこからともなくバスの中に炎が生まれ、バス中を包み込んだ。ニューヨークの事件を思い出す。犯人が爆弾を爆発させたのだろう。

 痛みにも似た、熱があっという間に体を駆け巡る。
 まさか、俺は死ぬのか?
 叶わなかった夢を引きずっている。
 大切な人の笑顔も守れていない無力感に襲われ、胸が苦しくなる。
 それにまだ、何者にもなれていないし、なにも残していない。
 仕事も中途半端、私生活も半端、このまま死ぬなんてあまりに惨めだ。
 本当に俺の人生は終わるのか?

 –––– うそつきのままで、死ねるか!


 十二月の風が吹き抜け、体がぶるっと震えた。コートを着ていても、まだ足りない寒さだ。

 あれ? 熱は? 爆発は? と目を開けると、目の前は新県庁前のバス停で、あかいくつバスが停まっていた。運転手が、「乗るの? 乗らないの?」という視線を俺に向けてくる。

 かぶりを振り、バスに乗り込む。
 乗り込み、はっとした。

 そこには、見知った乗客が乗っていた。咲子さんも座席に座り、スマートフォンをいじっている。
 吸い寄せられるように、彼女の隣の二人がけの椅子へ向かう。途中で、お嬢様風の女が体勢を崩し、紙コップに入ったコーヒーを俺のスーツの裾にひっかけてきた。

「すいません!」

 と謝られる。つい、三十分ほど前にも、俺は同じことをされた。驚いたが、曖昧な短い返事しか返せず、しどろもどろのまま移動し、空いている席に腰掛けた。

 俺に気づいた咲子さんが、口を開けた。

「森田くんじゃん、久しぶり。何年振り?」

 何年振りか? ついさっき会ったばかりだ。
 なんなんだこれは、とパニックが起こる。わけがわからないけど、わかることが少しだけある。俺は、さっきと同じ体験をしている。
 既視感どころの騒ぎではない。

 もしかして俺は繰り返しているのか?

=====つづく
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