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「まちへの貢献って意外とかんたんかもしれない」熊野公共文庫(public library)の話

ある日、丸太町通から鴨川方面へと自転車をこいでいると、青いペンキで塗られた冷蔵ショーケースがぽつんと置いてあった。なかには、漫画や絵本が入っている。いつもの道に現れた非日常物体。立ち止まらずにいられない、声のようなものを発している。そのときは、親子連れがドアを開けて絵本を選んでいて、彼らが去った後、ようすを見守っていた女性がスマホを出して写真を撮っていた。彼女が歩き出すのを待って、わたしも近づいてみる。

こどものためのくまの公共文庫(2022年2月6日撮影)

・読みたい本があれば持って帰ってください。
・ともだちにあげてもいいなと思う本があったら、ここにおいて行ってください。
・地域の方には、もしあれば、家で眠っている児童書や絵本を持ってきて置いていっていただきたいです。寮の玄関前の本棚もご利用ください!

2022年2月6日の「こどものためのくまの公共文庫」のおしらせ

まちのなかに、「ここに誰かがいる」と感じられるのはとてもいいなと思う。もしかしたら、いつか会えるかもしれない人がいるんだなと思う。そんなことをSNSに書いたら、なんと知り合いのお坊さんが「この仕掛け人は京大・熊野寮生の大島くんですよ」と紹介してくれた。ときどき、世界って本当に狭い。いや、みずから動いていれば世界は狭い、と言うべきか。そんなわけで、熊野公共文庫について、大島くんにちょこっとインタビューをさせてもらった。

大島武生くんは、京都大学農学部4回生。熊野寮内で物のリユースを促す取り組みをしたり、お寺の一画を借りてニホンミツバチの養蜂をしたり、放置竹林の整備をしたり、狩猟をしたり……と、いろんなことをしているようだ。

3つのルーツから生まれた「熊野公共文庫」

熊野公共文庫は今年1月5日にスタートした。そのルーツは3つある。ひとつは寮内の「本どころ」。寮生が読まなくなった本を交換しあう共有本棚のようなもので、今は大島くんが管理を担当している。

もうひとつは、熊野寮生が町内会長とタッグを組んで、町内の集会所でひらいている無料塾「KUMAN」。もともと、熊野寮内で「長期休暇中に子どもの宿題を見る」というかたちで行われていた企画の名前を引き継ぎ、いまは寮生たちが地域に出ていって、無料で地域の子どもたちの勉強を見たり、一緒に遊んだりしている。大島くんは「これは寮の中ではなく、地域でやることが大事だと思う」と言う。

僕は「世の中にこれがあったらいいな」と思うものをつくりたいんです。僕は小学校4年生の頃から、両親が出張などで不在になると、ひとりで過ごすことがありました。そんなとき、部活の友だちのお母さんにごはんを食べさせてもらっていたし、すごく地域に助けられていたなぁと思う。地域で助け合いたいって気持ちがあるんです。

ひとりで「地域のためにがんばろう」とするのは大変だけど、熊野寮には400人もの寮生がいる。仲間を募って当番制にすれば、KUMANを続けることはそう難しくない。「寮をうまく活用したらいろんなことができる」と大島くんは考えている。たしかに、400人全員をいっぺんに動かすのは難しくても、「これやろうぜ」と言えば何人かの仲間は見つかりそうだ。

そして、3つめのルーツはドイツ発祥といわれる「公共本棚」だ。

KUMANをやってみて「あ、町への貢献って意外とかんたんだな」と思えました。じゃあ次は何をしよう?と考えていたときに、「ドイツの公共本棚ってかっこいいな」と。ただ、いろいろ調べたけど日本にはあまりない。たぶん、外に置いておくと雨や湿度で本が傷むし、毎日家から出し入れするのはめんどくさいからじゃないかと思って、防水も管理コストの低下も図れる本棚として壊れた冷蔵ショーケースを調達しました。

本棚の整理をする大島くん。「雑記帳」に利用者のメッセージが残っていることも。

もともとあった「本どころ」を、「地域のため」に開くと「公共本棚」になる。すでに大島くんら熊野寮生がもっていた「本」と「地域との関わり」、そして「公共本棚」というアイデアをかけあわせたところに、熊野公共文庫は生まれた。

巡りめぐって自分に還ってくるのが「共助」だな、と思った

はじまって1ヶ月半、利用状況を見ながら、本棚に貼るメッセージを少しずつ変化させているそうだ。

一冊置いたら一冊もらうルール。寄付が多すぎるときは熊野寮事務室へ。
こどものためのくまの公共文庫のつかいかたver2。しくみが変わった(2022年2月18日撮影)

公共文庫は、交換制という、本を置いた人や借りていく人全員が、他者の存在を意識せざるを得ないような仕組みになっています。これはひとえに、現代人が失ってしまった、時間的、空間的な彼岸に思いを馳せる習慣を取り戻させる初歩段階として、距離の近い人や物に思いを馳せてもらいたいからだと、後付けで思いました。KUMANもそうで。子どもたちが小さい頃に受けた恩を、大きくなってから過去形で実感したときに、なにか公益的な行動をしたいと思ってくれるのではないかと期待しています。 恩を売るテロみたいなもんですね(笑)。

わたしも本を置いて、一冊もらってみた。公共文庫を見かけたときは「設置した人と自分」の関係でしかなかったけれど、本を置いて、もらってみると、「あの本は誰がもっていくのかな」「この本はどんな人が置いたのかな」と思いがめぐる。ただそれだけで、この地域と少し関われたような気持ちになるし、そこにちょっとしたぬくもりが感じられる。そのぬくもりは、「このまちに暮らす安心」に、少しにじりよった感覚なのかもしれない。

はじめたときは、別に思想とかなかったんですけど。やりはじめたら、自分がなんでこれをやりたいのか、言葉になってきたなと思います。今のこの世界ってつまんないし、もっとましな世界にしたい。おもしろいことをしていたら、なんとかなるんじゃないかと思う。

大島くんが「つまんない」というのは、お互いに助け合うことなく、みんなが目先の何かにとらわれている世界だ。そうではなく、ちいさな助け合い、共助のしくみを動かしていって、巡りめぐって忘れたころに自分のところに何かが還ってくるような世界を、大島くんは望んでいるのだと思う。だから、「誰かのためじゃなく自分のためなんですよ」と彼は言う。

つまんない世界をマシにしたい、と思うなら

大島くんはなんども「こんな世界はイヤだから」と言うので、「こんなイヤな世界は破壊してやりたい!ってならなかったのはどうしてなの?」と水を向けてみた。

なぜか、というと、僕のなかでは解決策がすでにわかっているから。小・中学生の頃の自分の経験から、地域のなかで助け合いができたら、こんな世界であってもマシになると知っているからですね。

なんだか、とてもシンプルで、こうして書いてみてうまく伝わるかな?と思うくらいなのだけれど、ほんとうにそうだなと思う。助け合うって、意外とむずかしくて、いざ助けたいと思ったときに相手の手を握れないときもある。知っていたら助けたかったのにと悔いることもいっぱいあった。だからこそ、「時間的、空間的な彼岸に思いを馳せる習慣を取り戻させる初歩段階として」という大島くんの言葉がとてもリアルに感じる。

活動資金のための募金箱。「いつも利用しているので」と入れている男性を見かけた。

大島くんは、京都に公共本棚がもっとたくさんできたらいいと思っている。

たとえば、京都、大阪の主要駅に設置できたらすてきだなと思っています。防水の心配もしなくてよいし、もしかしたら本を読むために鈍行に乗って通勤する人が増えて、ラッシュを軽減できるかもしれないし。ただ、あまりに公共本棚が増えすぎると、愛すべき京都のらしさを醸成してくれているたくさんの古本屋さんと、競合してしまうかもしれないのが懸念点ですが。

もし「自分も公共文庫をつくってみよう」と思うなら、熊野寮前の「熊野公共文庫」にメッセージを残しておくと、大島くんが返事をくれるんじゃないかな(電話でもよい)。こんなふうに、同じ地域で暮らしている人と何かを共有したり、交換したりする場が、少しずつまちのなかに生まれていくといいなと思う。

京都大学熊野寮
京都市左京区丸太町通川端東入東竹屋町50
075-751-4050、075-751-4051(呼出)
https://kumano-ryo.jimdofree.com/

大島くんたちの養蜂団体のウェブサイト(はちみつ買えます!)

京都大学熊野寮について、詳しくは『京大的文化事典』でどうぞ!


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