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『六色の蛹』櫻田智也

魞沢泉に会いたかった。
櫻田智也さんの描くミステリは動機に注目していた。登場人物が抱えている事情は複雑で切実なものが多く、世の中には救われない人が大勢いると分からされる。前作『蟬かえる』収録の「サブサハラの蝿」などが良い例だ。
ユーモア風味の文章もデビュー作以来ずっと混ぜられ続けている。
他人から見る魞沢泉は安定しておもしろおかしく、クスっとする箇所がいくつもある。




短編ごとに感想を書く。ネタばらしになるので未読の人は読まないように。










「白が揺れた」

読んでいる最中にひっかかった箇所がある。

「因果応報、ですかね」

P19

シリーズを読んできたものから見れば魞沢泉らしくない。

そして当然だが、串呂はなぜ自分に銃口を向けていたのか。(7p)

事件発覚の時点で、魞沢泉が串呂の犯行に気づいているかは、微妙な所だと思う。串呂の行動を疑問視しているが、その場では明らかに白いタオルを腰に刺していることについて話しているから。
それよりも読者にヒントを与えていると見るべきなのかもしれない。

血抜きのタイミング。薬莢の回収。自分に向けた銃口。は事件発覚前に提示されている。

梶川が目撃した車の情報を黙っておく代わりに利益を得ていたとしたら。因果応報、といえるのかもしれない。
この時点で、読者が、串呂が犯人であると気づくことは可能だと示しているのだろうか。

「赤の追憶」

アンソロジーで一度読んでいるマイベスト短編だ。

演出の気が利いている感じが良い。叙述トリックであるから、文章全体、特にセリフにとても気を遣っている。
一年前のシーン。勘違いであることを匂わせつつ、少女とのやり取りを邪魔しないようにしているのがとても丁寧だった。


いらだちと合わせて雨が降る場面はとても映像的だった。

いつもの言い合いになった。細い雨が、砂のこぼれるような音を立てはじめた。

P66

見事な反転を見せたあと、ストレートな言葉に溜め息が漏れてしまう

—わあ。吸い込まれそう。
あの子は空にのぼったのだ。

P86

魞沢が送り出して、走り出す場面には切なくも胸がすくようなさわやかさも感じていた。

感情を激しく揺さぶるラストが本当に素晴らしい。

女性は娘からの返事を待っている。聞こえぬ声を聴きとろうと、一心に耳を傾けている—。
わたしには、いまもうるさいほどに話しかけてくれる娘がいる

P88

失ってからはじめて気づくことがある。恵まれている時期にありがたみはわからないことがよくある。


むずかしい謎解きではないかもしれないが、こんなに感動できる短編を読めたことに感謝する。

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