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【小説】『差別の正体』

 怪談コンテストだったもので、

 怪談体裁をとって、
 「読者それぞれの差別意識に気付いてもらう」という、
 ある意味えげつなく怖い話を書いた。

 覗いてみたい方はどうぞ。
(約4300文字)


差別の正体


「そしたら連れて行った彼女が……」
 って思いっきり雰囲気を、作り込みながら話していたのに、
「そんな場所に連れて行っちゃう時点でその子、彼女じゃなくない?」
 トシさんはあっさりと、雰囲気を、夜だってのに照明も明るいファミレスのソファー席に戻してしまった。
「少なくとも将来まで考えて、大事に思ってきた女の子じゃないわぁ」
 呆れた感じに首を振りながら。眠気覚ましに怪談でもしてって、頼んできたのはトシさんなんだけど。
「人の話途中で折るのやめてくれる?」
「ああごめん。つい気になったもんだから。ああ箱崎(はこざき)くんの話だけじゃなくて」
 言い訳の途中でコーヒーを、ゆっくり飲み干してから、ため息混じりに続けてくる。
「『心霊スポットに女の子連れて行く』って聞いた時点で私、いっつもひいちゃってそこから先の話頭に入らなくなるの」
「じゃあトシ子さん話してみてよ」
「あら『子』を付けてくれてありがとう。いつも」
 都(みやこ)の詩(うた)で都詩(とし)さんって、僕は結構良い名前だなって思ってるんだけど、トシさんトシさん呼んでいたら、「男の人?」とか、最近じゃ「女の人に見えるけど、ああLGBTか」、とか、勝手に誤解されていたりして、かえって面倒くさい。
 話し始める前にコーヒーもう一杯欲しいって、ドリンクバーに向かうついでに、僕にも何かいるか訊いてくれて、
「ジンジャーエール」
 って答えたら「若っ」ってちょっと笑われた。二、三歳しか違わないのに。
「むかしむかしあるところに」
「昔話じゃないんだから」
「昔話じゃない。怪談なんてある意味」
「まぁ良いや。続けて」
「囲碁が大好きな女の子がいました」
「いや。有り得ないって。出だしから」
「有り得ない? 本当の話よ?」
 本当の話なら仕方ないかって、僕はまだ炭酸が効いているジンジャーエールを飲んだ。
「仮にAちゃん、としておきましょう。おじいちゃんの相手を良くしてて、近所の公民館にも通って、地域のお年寄りにも可愛がってもらえたりして」
「ああなんだ。そのレベル」
「人の話折らないでって、箱崎くんが言ったんじゃない」
「仕返しだよ。ああ一回で充分。もうやらない」
「もう二、三回やったわよ」
 本当に不満そうな声色で、ちょっとだけゾッとした。さっきのどの言葉だろうって僕には、覚えが無くて。
「それはそれは楽しい子供時代を過ごしていました。ところが」
 少し身を乗り出してきたから、合わせて僕も顔を寄せたのに、
「Aちゃんは一家で引っ越す事になってしまいました」
 思っていたより軽い話題だったから、「なんだ」って僕はソファーの背にもたれる。
「おじいちゃんが亡くなって、田舎から、都会へのお引っ越しです。お父さんも昇進して、要するに栄転です。一家は大喜びで支度をしました。ああおじいちゃんが亡くなった事はもちろん悲しかったんだけど、良い機会だと考える事にしようって、住んでいた土地も手放して、お墓も思い切って都会の、永代供養に」
「その情報いる?」
「いるかもしれないじゃない。関係が無いとは限らないでしょ」
 焦らないでってそこではおかしそうに笑ってきたから、僕はホッとした。

 僕の先輩じゃない。友達と同じ大学の先輩で、この春から社会人になった。
 仲間内の集まりでは良く顔を合わせて、時々話もしていたけど、この間ちょっと、きっかけがあってやっちゃって、
 自分の内側にこんな、いきなり湧き起こって止めるに止められない感覚があったんだって、どっちかって言うとそっちの方が怖くなった。
 嫌われはしなかったと思うんだけど、あと僕の友達とは付き合っていなくて、そこはかなりホッとしたけど、だからって今日から僕の彼女だって、思って言い切れるほどの自信も無くて、これからどうして行こうって、はっきりさせたくて呼び出して、来てくれた事にはお礼を言ったんだけど、夕飯中も食べ終えてからもお互いはっきりした言葉は切り出せずに、何だかだらだら居座り続けている。
「田舎の土地を売ったお金も、元手にしかならなかったけど」
 トシさんの話は続いている。
「それでもローンを組んで購入出来た、家族向けのアパートが、とある新興宗教の教祖様の持ち物だったの」
 口を出したいところもあったけど、これ以上何か言って本格的に気を悪くさせるのも嫌だったから、黙っていた。
「すごかったのよ一時期は。山あいの町ひとつが全部、その宗教団体の建物で、アパートも教会も美容院も、映画館も本屋さんも建物はみんな、同じ配色に塗られていて、屋根の近くにはその宗教のロゴマークが掲げられているの。他所から来た人にはちょっと、異様な光景よねきっと。
 だけど、Aちゃんのアパートには何も、宗教的な雰囲気は全く、持ち込まれていなかった。さっき言った山あいの町からは離れていたし、教祖様が自宅の近くに持っていた土地を、活用しようとしただけだったから。でも同じロゴマークが堂々と、屋根の上には時計台みたいに掲げられているんだもの。引っ越して来たAちゃんと家族には分からなかったけど、近所の人達にはそのアパートの入居者も、信者にしか見えない。
 それで、Aちゃんは、囲碁が大好きだったので、囲碁が出来ておじいさんおばあさん達と楽しく話せるような場所に、どうしても行きたかったんだけど、田舎とは違っていきなり知らない女の子が訪ねたって、まぁあたたかい雰囲気はありません。親御さんの職業を訊かれて住所と名前を書いて登録して、入館証を作って、毎月会費も払って下さい、みたいな感じ。
 まだ小学生で、それまで田舎でのんびり暮らしてきたんだもの。いきなりそんな固い話されたって、困っちゃうわよね。すると泣きそうになっていたAちゃんに、声をかけてくれたおじいさんがいました。
『とりあえず今日は遊んでみようか』
 って、対局してくれて、おじいさんのお友達、ってことでその日は、会費とかの話も無しにしてくれたの。
 Aちゃんは嬉しくて、多分調子にも乗っちゃって、おじいさんも手加減してくれたのかもしれないけど、コテンパンに負けさせちゃった一戦なんかもあって、楽しかったってその日は笑顔で家に帰りました。ところが」
 身を乗り出してきたけど、どうせまた大した話じゃないんだろうなって深めに座ったままでいたら、なかなか続きを話してこないから顔を寄せた。
「Aちゃんは次の日から、学校でも御近所でも毎日ひどいいじめに遭わされて、その年も終わらないうちに、自ら命を断ってしまいました」
 何いきなりそのバッドエンディング、って言い出してしまうには、トシさんの声はかなり重くて僕の口なんかふさいでしまった。
「Aちゃんだけじゃなかったの。御家族も、毎日毎晩いやがらせを受けて、お父さんも業績が上がらなくなって左遷、せっかく購入したアパートも、手放して遠くに引っ越す話になります。
 たった一年の間に何かがおかしい、と感じた、Aちゃんのお母さんは、不幸が続いたその地域を一生懸命に調べました。そして、近所の碁会所に残っていた、娘の字で書かれた名前と家の住所を見つけます。更にその日、娘に声をかけてきたおじいさんが、まさに新興宗教の教祖様だった事を突き止めました」
 そこでトシさんは話を切って、コーヒーをゆっくりひと口飲んだ。
「それ本当の話?」
「本当の話よ。そう言ったじゃない」
「全体は、本当かもしれないけど、トシさんはそれでいいの?」
 まるで、教祖様を怒らせたか恥をかかせてしまったから、教祖様の主導で宗教団体が、呪いでもかけたみたいに聞こえたけど、トシさんにしてはつまらない話だなって。友達の、先輩程度の付き合いで僕は、トシさんをまだ知り尽くしているわけじゃないけど。
「では、真相を言いましょうか」
 コーヒーカップを置いた音がガチャリと、神経に響いた。
「おじいちゃんは何にもやっていなかった」
 声を一段と低めてきたけど、顔を寄せていたから充分聞こえる。
「その日もニコニコしながら帰って来て、『面白い子に会った』って、『あの子にちょうどふさわしい場所が見つかると良いけどなぁ』って、話してた。
 だけど、誰も信じてくれなかった。と言うより信者さんが誰一人、何もしなかったとも言い切れない。碁会所に居合わせた人も、さっきのおじいちゃんの言葉を聞いているから。
『あの子にふさわしい場所が見つかると良いけどなぁ』って。
 必要以上に重く受け止めて、異様なほど気を遣った信者さんが、いたのかもしれないし、前々からその団体を気味悪く思っていた人達が、『教祖様と仲が良い他所者』だって、異様なほど警戒したのかもしれない。何にせよ、結末ははっきりしているの。教祖様の御自宅にも、御家族にも、連日連夜いやがらせに抗議の電話に、脅迫行為が相次いだ。
 信者はどんどん離れて行って、解体が報じられるとネット上では大喜び。まるで自分達が自らの手で、正義を実行したみたいに。
 教祖様の、息子夫婦は離婚して、孫娘は母方の実家に移り住み、生まれ育った町には、もう戻れない事になりました。おじいちゃんの名前も、その宗教団体の名前も、前の名字も決して口にしてはならないと、言い含められています」
 コーヒーカップを持ち上げてまたゆっくりと、ひと口飲んで、
「みんな」
 ため息がちに出した声は震えている。
「『話しかけてきたおじいさんが、新興宗教の、教祖様でした』って言った時点で、それがオチだと思い込んで『うわ怖い』って、笑ってくれるのよ」
 涙がひと粒、こぼれたみたいだけどトシさんはうつむいて、紙ナプキンで拭き取ったくらいの間を空けてから顔を上げた。
「差別なんか誰だって、当たり前にやっていてだけど、自分達でも気付いていない。私にとってはそれが、何より怖い怪談」
「ああ」
 怖いね、って僕も、うなずいたけど、どっちかって言うとトシさんの口から聞かされていなければ、僕だって途中で聞き流して、「うわ宗教ってやっぱ怖いんだな」とか適当に思っていただろうなって、分かっちゃったのが怖かった。

 もちろんこの話は今年の出来事じゃなくて、トシさんは今、僕の妻。
 それが一番のホラーだって、僕の障害を知っている友達はやっかみ半分に言ってくる。

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