「死にたい」という欲求は人によってはごく日常的に持たされるもんであってそこを否定してたらその時点でしんどいよな
はじめましての人も、
前から知ってる方も、
ごきげんよう。
偏光です。
タイトルからアレですけども、
40代も中盤に来ての昨日あたりに、
ようやく辿り着いた感慨ですので、
そんな人もいるんですね程度に、
眺めていただければ幸い。
(文字数:約1200文字)
生まれてきた事自体が失敗だと、
生まれた時点から親不孝者だと、
見た目はもちろん感情も欲望も、
実の両親から揃って否定され続けりゃ、
生きている実感など持てないし、
それは「死にたい」というよりは、
生きていたくもなくなるよな。
しかし私は、
この「生きていたくない」欲求を、
つい昨日あたりまで、
自分のものとして認める事ができなかった。
なぜならその欲求だけは、
両親も自信満々に、
私が持つ事を認めてくれたものだから。
「そりゃお前に生まれたら人生真っ暗だ」とか。
「私たちも自分たちの子じゃなきゃ、
この世にいらないと思うもの」とか。
ごく日常的に笑顔で。
自分の欲求だなんて認めちまったら、
そりゃ即座に死んじまうよ。
大喜びで大手を振っての万々歳でな。
別の人格を生み出して、
そいつの欲求であって、
私のものではない、
と認識しておく以外に、
実家に暮らしている間は、
生き延びる手段がなかったわけだ。
つまりその欲求と相容れないくらいには、
私は「死にたくない」欲求も、
同時に強固に持っていたわけなんだが。
なぜ「死にたくない」とも思えたんだろうな?
と考えると、
どっかで両親の言ってる事なんざ、
正解でも絶対でもねぇなって、
気付いていたからだろうな。
「おばあちゃんおじいちゃんからも、
あんたは嫌われてる」とか、
「親戚中からも呆れられて、
迷惑に思われてる」とか、
言い聞かされていたけど、
おばあちゃんもおじいちゃんも、
普通に私のこと可愛がってくれてたと思うし。
親も知らないような思い出話聞かせてくれたし。
男子を切望していた父方の親族からは、
確かに嫌われて顔も見せに来なくなったが、
母方のおじさん達二人からは、
「お前たちの家にいらんのやったら、
うちの子にしようかい」
とそれぞれに打診されている。
私の扱われようを、
見かねていたよな明らかに。
そこで「おじさんちの子になる!」
なんて言おうものなら、
母がどれほど怒り狂うか、
分かったもんじゃないから言わずにいたが。
↑ここ、要注意だぜ。
やっぱり子供は親が大好き、
じゃねぇんだ。
実質的にどんな損害を日常生活内で加えられるか、
さっぱり分かりゃしねぇからだよ。
命を奪われないまでも、
ただただ純粋に嫌な事なんか、
思い付いて他人に出来る奴には、
いくらだって出来るんだぜ。
人間じゃない、とか、
少しでもまともな子に変えなきゃ、とか、
思い込むだけで上等にな。
人を、人と思えよ。
全ての人にそれしか望まねぇよ私は。
以上です。
ここまでを読んで下さり有難うございます。
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