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『張山光希は頭が悪い』第8話:縁グラデーション

第1話(末尾に全28話分のリンクあり)
(文字数:約8300文字)


第8話 縁グラデーション

 部室に入るなり林部長から、楽譜を渡されて、
「歌ってみて」
 とか言われたから従ってやったのに、部長はニヤついてるし真垣さんは眉間にシワを寄せてるし、カナツカは両手で左右の耳を塞いで完全に背中を向けてきやがる。
「なかなか良い声してるじゃないか」
「どうも」
 歌い終えてすぐ楽譜はテーブルに放った。今部室にいる他の三人は座っているけど、俺はなんとなく仲間っぽくなるのが面倒くさくて立ったままだ。
「歌が下手だから舞にしたってわけじゃないんだな」
「家に伝わる技能だからです。選びようがない」
 カナツカがイスを回して座り直して来たけど、うつむき気味の顔はやけに不満そうだ。聴こうともしていなかったくせに。
 真垣さんはしっかり聞いた上で頷いて、
「まぁ御詠歌としては0点だけどね」
 と呟いてきた。
「でしょうね」
 俺は頷いたけどカナツカは「え?」と顔を上げた。
「どうして、そんな評価になるんですか?」
「楽譜なぞってるだけだからな。心とか込めてないし自分でも、込め方とか分からない」
「舞は舞えるのに」
 真垣さんは無表情なりの最大限で残念そうだけど、
「光希の声があれば」
 だから光希の評価まで下げてしまったんじゃないかって、こないだは気にしたんだ。奉舞無しの、御詠歌だけの大会だったら、光希が参加賞程度なわけないだろって。
「仏に対する敬意とやらは微塵も持ち合わせませんか」
 部長がわざとみたいな言い回しで、ニヤついてきたけど、
「そうですね。あえて持たないようにしています」
 何せ母親が生き神様だからな。他所では言わないけど。
「天は二物を与えないものだねぇ」
 真垣さんがテーブルに、キーボード付きのタブレットを開いてきた。カナツカは俺が置いた楽譜を拾い上げて、まだ慣れていないタテ書きの音符に首を傾けている。
「今時仏とかに敬意を持つ方が、難しい気がするけど……」
「点数つけるとしたら多分カナの方が高いぞ」
「でっ……!」
 真っ赤になった顔で俺を見上げて、手に握った楽譜がブルブル震えている。
「いきなり何っ?」
「仏もエンデも変わらないからさ。何であれ信仰持ってれば唱え切れるんだよ。御詠歌って」
「じゃなくてっ! なんで急にカナってっ……、名前っ……」
「カナツカって呼びにくいからさ」
 ハッ、と納得して落ち着いた、かと思ったらまた真っ赤になって眉も吊り上げてくる。
「それ教室じゃ絶対に呼ばないでよね!」
「そっちのグループと教室で関わる事なんかねぇって」
 メンタル不安定だよなコイツっていつも。
「天は二物を与えないものだねぇ」
「さっきも聞きましたよ部長」
 真垣さんがキーボードを叩きながらツッコんでいる。
「さっきとは違う意味だからさ」
 ノックの音はしなかったけど、足音で近付いて来ている事は分かった。
「薫ーぅ!」
 扉が開いて駆け込んだままの勢いで、光希が抱きつきに来るから、俺は天井を見て溜め息をついた。
「こんにちはー」
 続いて阪倉さんも頭を下げながら入ってきて、扉を閉めて六人全員が揃った。
「どうして待っててくれないの。ボク教室まで迎えに行ったのに、いなかったから『あれー?』って」
「光希と並んで歩いてると、周りからの視線が痛いんだよ」
「しょうがないじゃない。だって薫がカッコいいんだもん」
「違う違う。その言い方もまとわり付き方も、家の外じゃ有り得ねぇんだって。俺たちの関係行く先々で、一から十まで説明して回らなきゃでめんどくさい」
「説明するまでもないでしょ」
 カナツカはテーブルに頬杖ついて、心底からの呆れ顔だし。
「付き合ってんでしょ二人」
「違うって」
「ちがうよー。薫は大好きだけどー」
「ソイツがフォローになってねぇんだって」
 やっと離れて椅子に座ったから同じタイミングで俺も座りに行く。
「家族じゃないけどちっちゃな頃から、一緒に暮らしてて家族みたいなものだもん。妹とかママとか、おばあちゃんみたいな」
「大体は合ってんだけどなんで女性家族ばっかり挙げてくるんだよ。せめてじいちゃん混ぜろ」
 阪倉さんも俺と真垣さんの中間辺りに座ろうとして、
「お茶飲みます?」
 ふっと思い立った感じに訊いてきた。真垣さんが「ありがとう」ってタブレットからは目を離さずに答えて、阪倉さんは電気ポットを手に出て行く。
「同性愛者はプラカード作って一生胸にでもぶら下げてなさいよ」
「カナツカさん、その発言はちょっと、差別思想と受け取られるわよ」
「本性隠されて付き合って、子供できてからやっぱ無理って、捨てられる女性の身にもなって下さいよ。周りからも一生笑われ者だし」
「身近にそんな知り合いでも?」
 まだ阪倉さんも戻っていないのに林部長が、
「はいはい。茶番はそのくらいにして、注目」
 と手を打ち鳴らした。
「まず先日の全国大会はお疲れ様。張山と小石川」
 俺たち二人に頷いてすぐ、
「と副部長」
 真垣さんにも顔を向ける。
「え? 来てたんですか?」
 無表情のまま返事もしないけどこの人の無言は肯定らしい。
「真垣家は御詠歌協会という、一般人では最大規模を誇る組織で、指導的立場を担って来たからね」
「親自らが印鑑も捺して休暇届けを提出してくれるから、出場せざるを得ないのよ」
 淡々とした口調でも言葉の端々に、不本意感が滲み出ている。
「せっかく出場してくれたのに、二人の出番は見逃したそうだけど」
「パンフレットが頼りにならない上に、会場内への変更アナウンスも無いから。自分の出番やお母様おばあ様の手伝いに、忙しかったし」
 種類は違うけど逃げられない、って環境に共通点を感じて、俺が何とも言えずにいた間に、阪倉さんが戻って来てポットに窓際のコンセントを差した。部長が「おかえり」と口にして、阪倉さんも軽く頭を下げながら座ってくる。
「話、始まっちゃってました?」
「全国大会の話」
「ああ。何かすごかったらしいっすね」
 真垣さんが口の両端をほんの少し持ち上げて、だけど、普段が無表情だから、はっきりそれと分かる笑みを見せて、
「おばあ様が一日中、どうしちゃったのって周りが呆れるくらいにキャーキャー騒がしかったわ」
 と言ってきた。
「普段極めて厳格、かつ常に上品であるよう周りにも言い聞かせてきたおばあ様なのに、何かに取り憑かれちゃったみたいに」
 操作していたタブレットを、テーブルの上で回して俺たちの側に向けてくる。画面に俺たちが映っているけど、人の頭に指も映り込んでいるし静止画状態でもブレがひどい。
「動画が上手く撮れていなかったのが残念」
「あ。ボク持ってるよー。ママが撮ってくれたからー」
「光希」
 俺は当日見られなかったんだったら見られないままの方が潔い感じがしていたけど、
「それは助かる。みんなも興味あるだろう」
 部長が言い出してみんなも、俺と光希の左右や後ろに移動し始めた。

 俺と光希は当日の夜、光希のお父さんと茉莉花が繰り返し観ていたから、今更何て事もないし真垣さんは無表情、林部長はニヤつきながら阪倉さんも微笑みながらで静かだけれど、
 一番後ろでカナツカが、光希の声が一行分響くごとに、両手で口を押さえたり左右の頬を押さえたり、のけぞったり変に身をよじらせたり、顔を背けつつ目は画面を見ていたりとうっとうしい。
 動画が終わった直後にたまらず口にした。
「なんだよカナ。動きが騒がしいな」
「うるさいわね! あんたって実物よりカメラ写りだけ激しく良すぎなのよ!」
「よく聞くと俺本体はけなされてんじゃねぇのか。何だそれ」
 ちょうどポットのお湯が沸いたみたいで、阪倉さんが人数分のカップを窓際の机に運んで行った。
「自分で見ての感想はどうだい? 小石川」
 林部長が本棚を背にした椅子に、座り直しながら訊いてくる。
「及第点ですね」
「え。そんなに低いんすか?」
 窓際から阪倉さんの声がした。手は動かしながら、目線はカップに注ぐお湯に据えたままだけど。
「妥当です。光希の声に合わせるのなら、このくらいは出来ていないと」
「ラブラブじゃないっすか」
「違いますって」
「いや。いつも張山さんから一方向で好かれまくってんのかなと思ってたから」
「張山は?」
 光希は俺の隣でテーブルの上に組んだ腕に、頭を落として画面と同じ高さにして観ていて、
「変な感じ」
 と腕に埋もれて少しくぐもった声で呟いた。
「今はただの、感想だから別に良いけど、映像とか音声とか証拠みたいに見せつけて、『これが真実の姿だ』とか『しっかり見詰めて改善点を洗い出せ』みたいに他人に迫るのって、良くないよね。だって、外側とか表面ばかりでコレ、何にも映ってないよ。ボクがどれだけ楽しかったかとか、薫がどれだけ細かな音まで丁寧に聴き分けながら舞ってるかとか、何にも見えて来ない。映らないのは仕方ないよね。機械なんだから。だけど、映ってもいないものを見て外側から評価を下すのって、かなり間違ってるってボクは思うんだけど、どうしてそういうのが当たり前みたいになっちゃってんのかなぁ」
 口調は光希っぽいし、「光希には見えてる色とか光とか映らないからな」って俺は分かりながら聞けていたけど、漢字を多めに使ってずいぶん長くしゃべってきたな、ってところにかなり驚いた。
「そりゃ目に見えないものは当てになんか出来ないからねぇ」
 光希が口にした本当の意味合いなんか、俺以外に理解できるわけがない。部長はニヤつきながら流していた。
「いくら見えないものこそ大事だって、言ってみたところで通用しないよ。他人にはね」
 背を起こした光希の前に阪倉さんがお茶を置いた。
「すみません。まず置きやすい順で」
 と次に部長の前に置く。部長の背の後ろは通らないようにして回り込んで来たわけだ。

「張山と小石川は今日はまだ、時間あるかな」
 光希と一瞬目を見合わせてから俺が、
「はい」
 と答えた。
「二人と、もうちょっと話がしたい。来年も出場するつもりならね」
「良いですよ。どうせ電車の本数少ないんで」
「私は、お先に失礼します」
 カナツカが俺以外には大人しい雰囲気で頭を下げて、
「ああ。俺もそろそろ」
 と言い出した阪倉さんには、
「片付けはやっておくから」
 と真垣さんがキーボードを叩きながら言っていた。
「ああ。ありがとうございます。お疲れ様でっす」
「お疲れさま。家に帰り着くまでは気を付けてね」
 扉が閉まって時間差のある足音が、二人分遠ざかってから、 
「小石川くん」
 と真垣さんが顔を上げてきた。
「はい」
「まず注意事項を述べておくわね」
 改まって言われると緊張が走る。テーブルの手元に置いてあった部員名簿を取り上げて、
「カナツカさんの名前は、カナよ」
 俺に読みやすい形で向けてきた。

   彼塚かなつか 花七かな

「道理でなんか妙な態度だったなと……」
「同じクラスで比較的顔を合わせる女子の名前くらい、呼ばなくたっていいけどある程度は把握しておいた方が、思わぬ事故が少なくて済むわよ。以後気を付けなさい」
 説教の文言に圧力が、注意すべき点だけをきっちり指してくるから頷くしかない。
「言っちゃなんですけど変わった名前ですよね。名字が珍しいんだし名前まで、カナにしなくても……」
「『林 花七』になる予定だったからねぇ」
 部長の言葉に光希が「あ」と、あんぐり口を開けた。
「生き別れの兄妹なんだよ。カナツカさんと私は」
 何かがぼんやり見えてはいたけどはっきりした言葉に変えられて分かった感じで、コクコク頷いている。俺はその様子を隣で見ながら、分析する事で気持ちを落ち着けていたけど、
「生き別れとかそんなの今時、いるんですか……」
 話の内容にはしっかり驚いて途方に暮れた声が出てしまっている。
「んー? 今時の方が諸々の事情でいるんじゃないのかなぁ」
「ちなみに林部長の名前は、七音なおとよ」
 真垣さんが部員名簿の一番上を示してきた。
「いかにも父親が音楽関係者、って感じだろ?」
 じゃあ兄妹同士で連絡し合って、同じ高校の同じ部活に入ったのかって、俺が思っていた横で、
「どうしてカナツカさんは部長のこと、気付いてないどころかここで初めて会ったみたいに思ってるの?」
 光希が光希にしか目に見えて感じ取れなさそうな事を言ってきた。 
「って言うより……、ずっと薫にどこか、キツかったり、イライラしてたり、薫に気付かれないような角度からじっと、薫の横顔見つめてたり……」
「おい光希、それその時に言って止めてくれよ」
「変だなって、思いながら見てたんだけど……、まさか……」
 部長は笑みを広げて「うん」と言った。
「向こうは父親が『小石川 晃』だって教えられてる」
 知らない人だ、なんて言い逃れが出来ないくらいに俺は、よろめいた頭を両手で抱えてしまった。 

「一応は恋愛結婚だったらしいよ。父が言うには。『小石川 晃』の話で、特に盛り上がって親しくなって、結婚して長男が生まれてもいつまで経っても、あれ『小石川 晃』の話やめないなって、それどころかどんどん話が細かくなって、どんどん思い出が食い違っていくなって、思っていたら」
 そこで一旦言葉を切って、部長は息をついた。
「いつの間にか『小石川 晃』との大恋愛の末に出来た子を、『小石川 晃』のお友達、つまり私の父が代わりに責任を取って、育ててくれている、って話になってた」
「何だそれ」
 思わず口からこぼれ出てしまったけど、他所の家の母親の話だった。そう簡単に非難できない。
「すみません」
「いいよ。それはあまりにキツすぎるって事で、父も離婚を決めたわけだし」
 部長は目を伏せて淡々と、情報を整理するみたいに話し続ける。
「愛情深い人である事は確かだよ。娘は大切に育てているし、父に似て、今じゃ『お友達の子供』としか思えていない私の事も、まるで我が子のようにヽヽヽヽヽヽヽ可愛がってくれるしね。
 ただ愛情が深すぎて、時々ねじれ曲がる。自分が見たいものに信じたいものしか、頭が受け付けようとしないんだ。そうなってくると真実を突きつけて理解させてやる事が、果たして正しいのかどうか。正しい正しくないの二択で言うなら正しい、のかもしれないけど、かえってかわいそうに思えてね。
 とは言え妹には真相を、一度じゃ納得できないだろうけど、どうにか伝え切れた方が良い。それを父に任せるのは酷だろうから、私が頃合いを見て話せる立場になれた事は、まぁ悪くはないかなって思ってはいるけど。
 だから『小石川 晃』に恨みは無いし、それどころか身に覚えの無い話が自分の知らないところで出来上がっていて、『小石川 晃』本人が聞いたら被害者にしか思えないだろうけど、小石川、って名字を聞いただけで私は、一言では説明し切れない複雑な気持ちになる、って話」
 金属フレームの丸メガネ越しの目を上げて、俺に笑みを作ってみせた。
「えっと」
 光希が元から茶色っぽい髪を、掻き回しながら言い出す。
「実はその人って薫のおじさんなんだけど……」
「光希」
「これもう話しちゃった方が良いんじゃないかなって」
 つい反応したけど俺もいいかげんでそんな気はしていた。
「薫のお母さんとは双子だから、薫が似ちゃうのはしょうがないかなって……」
「最初からそれ話してくれたら」
 真垣さんが溜め息をついてきたけど、こっちだって一言では伝えにくい。
「小石川の家を離れた人だから、と言ってもおじさんが何かした、ってわけじゃなくて、おじさんは……」
「薫」
 光希の声が聞こえてビクッとなって、
「……舞が継げなかったから」
 ギリギリ「鬼」の一語だけは飲み込んだ。真垣さんは「ああ」と頷いて、
「お察しするわ」
 と目線をタブレット画面に戻した。
「一族伝来の技が習得できないって、たとえそれが一般には広く知られていない事柄であっても、必要以上に恥に思わされて、居心地が悪くなるのよね」
 真垣さんの一族も含めた話、だろうけど、きっちり言葉に変えられて頷くしかない。
「妹の無礼に関しては、もうしばらく続くだろうし申し訳無い。あと私の態度もこれまで気持ち良くは感じなかっただろうけど、私の方でも小石川の、本心が分からなくて警戒していたからね」
「本心?」
 オウム返しに訊いただけなのに部長は吹き出してくる。
「俺の、ですか?」
 ごめん気にしないで、と口の中で呟きながら、それでもひとしきりおかしそうに笑い続けて、
「小石川は男とかいう前に人として普通じゃないみたいだから、安心したよ」
 とか言ってきたけど、何だそれ。
「思いっきりけなされてるみたいに聞こえるんですけど」
「そう聞こえるだろうけど、大したものだと思ってる」
 テーブルに置かれたままだった楽譜を手に取って、本棚を振り向いて、
「仏への、敬意は無いけど見下している様子も無い。良くも悪くも仏目線なんだな」
 手に取ったファイルに楽譜を差し挟んで、また本棚に置き戻している。
「『小石川 晃』が一体何者だったのか、ちょっとでも探れないかと思って私は御詠歌部に入部したんだけど」
「不純なようで純粋な動機よね」
 真垣さんが呟いて部長が、クスッと笑った。
「やっているうちに御詠歌自体が、そこそこ面白くなってきて、もう『小石川 晃』の正体とか、どうだっていいかなって思えるようにもなってきたんだけど」
 頬杖をついてもう片方の手に取ったペンを、クルクル回してその動きに目を落としている。
「ただそこにいるだけで、ソイツ本人は周りの連中なんかどうだっていいのに、いつの間にか周りを狂わせる、わけじゃなくって周りが勝手に狂っていく奴っているんだよ。
 そういう奴を『普通』に混ぜて置いとくのが、果たして適切なのかどうか、どうしていけば少なくともお互いに、『被害』を受けず『排除』する形にもならないのか、ってところだね。悩ましいのは」
 ペンの動きが止まって林部長が、顔を上げてきた。
「ところでもう一点真剣に確認しときたいんだけど」
「はい」
 改まって言われると緊張が走る。なるべく見せないようにするけど。
「『小石川 晃』の隠し子、とかじゃ本当にないんだよな? だったら話がもう一段階ややこしくなるから、今言っといてもらった方が」
「ちがうよー」
「お前に訊いてないんだ張山!」
 横から口を出されると部長は反射的に腹が立つらしい。
「大体親元から離れてどうして赤の他人の家に暮らしてるんだって」
「小学校無かったからだって言ったじゃない」
「それは聞いてるけど中学から高校に入ってまで、何だってそのまんまお前んちで暮らしてんだよ」
「みんながそんな感じで慣れちゃったからじゃない? 夏休みとか、お正月は薫も実家で暮らすもん」
 二人の会話を聞きながら、俺は腕を組んで平静を装っていたけど、晃おじさんは光希のお父さんの恋人、って関係性もあって、そっちの方がよっぽどややこしいんだった。
「薫がいないとさびしいって、ボクの家ではみんな言い合ってるけど、薫の本当の家だからしょうがないよねって。あと薫のお父さんとお母さんも、週に二回はボクの家に、薫の様子見に訪ねて来るし」
「え」
 ずっと続いていたキーボードの音が、止まった。
「週に、二回?」
 俺には昔から慣れている事で、比較する機会も無かったし、その頻度が多いか少ないかも分からなかったんだけど。
「もともと薫のお父さんと、僕のパパがお友達だから、こないだは薫が僕のパパ『おっさん』って呼んだの聞かれてて、薫が涙ぐんじゃうくらいその場で本気で叱られてたし、薫のお母さんは夕ご飯うちの家族の分まで作ってくれて、一緒に食べてから帰ったりするし、十六の誕生日になったらね、薫バイクの免許取りたいんだって話、二人ともニコニコしながら聞いてたし、自動車学校どこがいいとか、入学金の話とかもしてた」
「グコッ」
 無表情なままの真垣さんのノドから、妙な音がして、
「ごめんなさい」
 集まった注目に珍しく、赤くなって真垣さんはうつむいた。数秒ほど押さえた顔を上げてきた時には、もう無表情に戻っていたけど。
「思っていた以上に周りから可愛がられまくってる甘えっ子だったからおかしかったの」
「冷静に言えばどんな暴言も許されるみたいに思わないでもらえますか」
「親とは疎遠だったからこんな仕上がりになったのかと思っていたけど、逆か。十分やってもらえているから悩む必要が無かったんだな」
「薫がいるおかげでボクの家族も、ベッタリって言うよりはお互いそこそこ距離が取れて、かえって全体が仲良いのかなって」
「さっきから俺集中してからかわれてる感じしかしてないんですけど」

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