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【ネタバレ】映画「首」感想 〜北野武の戦国が織り成す悪党たちの「本能寺の変」〜【~ふわふわへんくつ・へんげきじんばんがいへん~】

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 今月は厄月と言ってよかった。
 月初めにまさかのぎっくり腰(一年数ヶ月ぶり六度目)。療養のため観劇やそれに類するイベントも県外遠征も叶わず、ひたすら湿布を貼って横になったり、通常以上の頻度で通院する日々。悶々とした日々を耐えに耐え、やっとほぼ回復した手応えを得たため、手始めに映画館に足を運ぶことにした。
 ソフトなタッチの作品が身体には優しそうだが、やっぱり自分が気になるものを見るのがいちばんストレスフリーだろう。そんなわけで見てきました、北野武監督作品「首」。

 この映画はR15+指定となっている。それもそのはず、タイトル通り比喩でもなんでもなく、とにかく首が飛びまくる。生首は転がるし積み上げられるし宝物のように掲げられるし首のないご遺体もゴロゴロ出てくる。本作を鑑賞した知り合いが「一生分の生首を見た」と語っていたが、たぶんそういう観客もいると思う。そして、そういうのがどうしても無理とまでは言わなくても、ちょっと……と少しでも感じる方は無理をしないほうがいい。仮に好きな役者が出ていたとしても、たいてい「首」になるか、それに近い目に遭うからだ。

 そんな描写も、監督がインタビューで語っていた「戦国時代はフィクションなどで美化されがちだが、自分が考える戦国時代はこんな感じだったんじゃないかと思った(主旨)」という必然性を感じられるので、単なるスプラッター映画に堕さず踏みとどまっている印象を受けた。とにかく「死」が身分を問わず誰しもの隣に当たり前のように存在し、誰かのそれを悲しむ間もなくバタバタと人が斃れていく。残された亡骸を弔う僧侶すらあっという間に首を刎ねられ、刎ねた武士があっさりと捕縛されたりする。世界観のほぼすべてが無情で無常。人里離れた山奥で一晩だけ催される奇祭に「一日も早くあの世へ行きたい」という祈りを込めた狂気の乱舞が舞われるのも已む無し、という風情である。

 ストーリー自体は比較的平坦に進んだ印象を受けたが、登場人物達の思惑が蠢く人間模様や政治劇と、度々挟まれる合戦シーンを楽しめた2時間弱だった。
 登場人物は皆それぞれに血なまぐさい「悪」を抱えながら、妙に嫌いになりきれない美点を感じさせたのが印象的。比較的観客目線で共感できそうな明智光秀(西島秀俊)すら、城に侵入した賊を森蘭丸(寛一郎)や織田信長(加瀬亮)に見立てて手にかける一面を見せる一方、武人としての在り方にこだわるが故に身を削っていく様はなんとも切ない。個人的には、主要な登場人物のほとんどから命を狙われながら、あっさり何人もの影武者を用意して飄々と生き延びる徳川家康(小林薫)と、彼を支える本多忠勝(矢島健一)、服部半蔵(桐谷健太)ら徳川勢が好きだった。特に本多忠勝は、私が過去の映像作品で見てきた本多忠勝の印象とかなり違うものの、「たしかにこういう解釈もアリかもしれない」という意味で興味深く目で追った。

 終わってみると「平和って大事なんだな……」という、手垢のつきまくった感想が真っ先に浮かんだ。もしあの乱世に放り込まれたら、冒頭10分間すら生き延びられる気がしない。出てきた途端、すぐ裏切りに遭って命を落とした為三(津田寛治)すら「よく頑張った!!!!!」という、何やら激励めいた気持ちすら湧いてくる。戦国時代を遥か遠くに見やる2023年現在すら、日々生き延びるだけでもしんどいものだが、そんな「今」もそうした過去からみれば天国みたいなものかもしれないな、と思いを馳せるなどした。もっとも、この映画の登場人物が多面的であったように、天国は天国で地獄みたいな一面もあるわけだが。

(文中敬称略)
(文責:安藤奈津美)

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