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「♪わ~すれられないの~」

 今井むつみ×秋田喜美『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(中公新書)が評判になっています。新春に発表される「新書大賞」の有力な候補ではないかとみています。

 乱暴ながら、内容をかいつまんで紹介しますと--、
 オノマトペ(擬音語・擬態語)という一群の言葉は、肌感覚にあふれている。つまり言葉という記号が身体に接地している。これが言葉の最初ではないか--というのがひとつの主題です。

 ほら、ふつうの言葉は知らなければ意味が分からないけれど--、

 たとえば、pneumoniaって分かりますか? 読み方はカタカナ表記すると「ニューモニア」が近いかな。最初のPは発音しません。「肺炎」て意味です。ハイ、ギリシャ語からの派生です。pneu-という印欧語の語根は「息の、空気の」という意味です。Pも発音してみましょう。プニューぐらいかな。アレ、これだと息や空気のオノマトペかもしれない(笑)

 --オノマトペだと、なんとなく分かるでしょう。たとえば、英語でzoom zoomというのは何でしょうか。正解は車が走るときのさまを表します。日本語だとビュービューとかブーブーですかね。汽車ならchoo choo、犬ならbow wow…。やっぱりなんとなく分かってしまいますよね。そりゃそうだ。擬音語なんだから。ブーバ/キキ効果と、後述のラマチャンドラン教授Ramachandranが名付けています。
つまり、オノマトペとはメタファーなのです。

 さて、カラスは日本語だとカーカーです。英語だとcaw cawとか、croak croakだそうです。

 今朝も早よから部屋の外ではカラスが鳴いていました。カーカーとは聞こえません。いや、そう聞こうと思えば、そう聞こえますが、どっちらというと、アーアーなのではないかなあ。中国語だと、啊(呵)āのようです。

 それはどっちでもいいのですが、問題は回数と音程です。今朝のカラスも、いつも聞くカラスも、カーカーと2回鳴いて終わりではありません。カーカーカーカーカーと続けて5回鳴きます。しかも、最初が低く、2回目以降4回目までは音階で3度上がっています。そして最後の5回目はさらに2度上がります。口絵の楽譜の感じです。

 それで、私はいつも、そのカラスの鳴き声に合わせて、ピンキーとキラーズ「恋の季節」を口ずさんでしまうのでした。なんのこっちゃ。



 ところで、カラスの勝手でしょではないですが、この項を立てたのは、別のことを言いたかったからです。むしろ、自分自身への覚書かな。

 脳神経科学の世界の話ですが、20世紀末に「ミラーニューロン」というものが発見されました。斯界については素人ですので、用語の使い方が間違っているかもしれませんが、これも乱暴に説明すると、ヒトの脳は、他人の行動を見て、自分の脳の同じ部位のニューロンを発火させるのだというのです。他人との共感(empathy)にかかわっているとされます。
 詳しくはこちらを。


 米ワシントン大学のクール教授Kuhlによると、10カ月になるまでの世界中の赤ちゃんは、世界のすべての言語の音を聞き分けられるんだそうです。しかし、その頃から、日常聞いている言葉--ふつうは母語ですね--の”統計をとり”、発現しない音は聞き取れなくなっていくそうです。逆に言うと、この時期に第二言語にさらせば、大人になってからでも、知らない外国語の音を容易に聞き分けられるんだそうです。「赤ちゃんは語学の天才」

 このことは、2通りの考えがあると思います。ひとつはクール教授が言うように、あらかじめ〈世界のすべての言語の音を聞き分けられる〉というもの。チョムスキーの普遍文法のようなものですかね。
 もうひとつは、たぶん、赤ちゃんはミラーニューロンを駆使して、唇や舌やノドの動きを模倣して、自ら発音できるようになるとともに、聞き取り能力も自分の倉庫に財産として蓄えているんじゃないかというものです。
 ミラーニューロンを駆使してまねることができるとは、つまり、〈世界のすべての言語の音を聞き分けられる〉ですから、同じことなのかもしれません。(笑)




 さて一方、『脳の中の幽霊』の著者であるカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)の脳神経学者ラマチャンドラン教授は、このミラーニューロンという真似・模倣が、人類の進化に重要な役割を果たしたと考えているそうです。

 いまから五万年前あたりに、ミラーニューロンのシステムがじゅうぶんに精巧になって、複雑な行為をまねる能力が爆発的な進化をとげ、それが私たち人類を特徴づけている、情報の文化的伝播につながったのかもしれないと、私は思っています。『脳の中の幽霊、ふたたび』p59


 つまり、ミラーニューロンによって人類は芸術を発達させてきたわけです。芸術はメタファーです。そして、次に「クロス活性化」(共感覚)です。これも乱暴に言うと、脳地図の中で隣り合った野(エリア)が混線する現象で、極端な例だと、ある特定の数字だけ、ある特定の色に見えるというのです。あるいは、ある音を聴くとある色が見えるとか。しかし、そこまで極端ではなくとも、数十人に1人ぐらいの割合で共感覚は備わっているとされます。芸術家には7倍多いとされますが、これは因果関係が逆で、共感覚が備わった人が芸術家として成功しやすいと考えるべきでしょう。つまり、ある刺激から、通常人にはまったく関係のないと思われる感覚が刺激されるわけですから、それが創造性につながるんですね。


 『言語の本質』のもうひとつの主題は、「アブダクション」abductionです。宇宙人による誘拐のことではなりません。結論からもっともらしい仮説を導く推論能力のことです。帰納推論との違いはよく分かりません。(笑)
 辞書的に言うと、帰納法が観察された事実から一般化を行う推測で、アブダクションは同じく観察可能な事象から証明不可能な仮説を導く推測だそうです。つまり、創造の翼をはためかせて仮説をでっちあげる能力ですかね。違う? 該書には、以下の例がありました。

 帰納推論による言い間違い
ピッチャー、キャッチャーを踏まえ、バッターのことを「バッチャー」と言う。
おばあさんがお客様にお茶を出すときに「粗茶ですが」というのを聞いて、自分のネコを抱えてお客さんに見せながら「ソネコです」と言う。

 アブダクション推論による言い間違い
①イチゴのしょうゆ(練乳の意)
②足で投げる(蹴るの意)

 アブダクション推論では、知覚的な類似性だけでなく、関係や構造の類似性を見抜いていると筆者は解説しています。そういや「ジェネレーターで電気を沸かす」と言う知人がいたなあ。まあ、過剰一般化については、広瀬友紀『ちいさい言語学者の冒険』やその続編でたっぷり楽しめます。


 収拾がつかなくなってきました。なので、私のアブダクション推論による人類の言語獲得の仮説を、結論だけ申し上げますと、最初は身振り手振り、笑顔や泣き顔など非言語コミュニケーションや悲鳴や歓喜のときの無意識の発声から、オノマトペの獲得へ。そのうち、オノマトペの語彙が増えてきたところで一般化による分類。その分類するときの手順をアブダクション推論することによる文法の獲得…。ところどころ、飛躍というか突然変異的な展開がありますが、そこは脳のいまだ完全解明に至らぬ不思議な機能が補助して…。

 それにしても、ミラーニューロンの活動はなぜ可能なんでしょうか。自分の脳は他人の脳と無線でつながっているんでしょうか。情報を載せる媒体は何でしょうか。脳はアルファ波をはじめとした脳波を発していますが、その受信器官もしくは受信機序はまだ発見されていません。ほかに、量子もつれや重力波などが候補に挙げられているようですが、いずれにしても、ビッグデータを収めたゼロポイントフィールドを仮説するより、脳の相互ネットワークがクラウドを形成していると考えたほうが…。

 


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