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紬はこんな人(だと思う)

【あわせて読みたい:これは短編「愛を犯す人々③陽菜子」の付録です。読むと二度美味しくなる裏設定を、全部載せでお届け。ダークホースの紡くん、陽菜子ってば心配しなくていいのにね、紬の好きなもの。他】

 紬はたぶん三十代前半。蒼唯・沙織とはちょうど、攻受逆の年齢差くらいですね。紬は誰と同棲しているのかというと、二卵性の双子の紡くんと同棲?しています。二卵生なのに紡は紬にそっくりです。さすがに歯ブラシは共用でないですが、服は共用。いわゆる女装家なのですが、性的には異性愛者です。女の子は大好き。むしろ女の子が大好き。でも、誰よりも好きなのは紬。それはやや異常、と言わざるをえない愛しかたでして、その愛のベクトルの歪みぶりからして、紬とは恋人も共用したいんじゃないか?と思われるほど。紬もそんな紡を、昔から溺愛していますから、そのうち陽菜子はシェアされるのではないでしょうか。期待が高まります。

 紬は紡と共同名義で、西荻窪の住宅街すれすれのところでひっそりと服屋さんをしています。仕事の割に収入に余裕がありそうなのは、紬が一時期、デイトレにハマってひと財産築いたからです。どうやら相当、向いていたみたいですが、飽きちゃった。それで、服飾関係の仕事をしていた紡に投資?することに。紡は紡で、実は漫画家という別の顔があり、そっちを本業にしたいと思っていますが、なかなか売れないようです。細々とした仕事や取材でいないことが多いので、そこを紬さんが留守番的にフォローしてます。頑張れ紡くん。いい風、吹きますように。

 紬の昼は基本「店番しながら読書」または「散歩に出て読書」。最近、三島由紀夫のサードブームが来ました。夜は紡くんのお手伝いとか、例のバーとか、料理とか。あれ?ハンティング行動しないんだ。

紬:うん。ガツガツしない~

 陽菜子がたまに心配するよりずっとずっと交際のない人なのです。ただちょっと、人生に飽きちゃってる感じがするのが、心配ではありますが…一人前の大人に、そんな心配はするだけ無礼ですね。おせっかいは、やめておきましょう。

 恋愛について言いますと、紬はそれほど情熱がないタイプ。特に、自分の欲望を達成するみたいなのがなくて、そのせいで誰とも続きません。ずっと一緒にいると、のれんみたいなんだよね。手ごたえがない。よく考えてみるとセックスにまつわること以外、何もしてくれないし、お出かけしたいって言うと、万難を排して来てくれる割に、ものすごくつまらなさそうです。これすごいです。見せられないのが残念なほどつまらなさそう。この辺は人として多少、付き合うにはエネルギーの要る人の部類に入ります。

 ちなみに、紬は男性ともできなくはないのですが、こちらはほんと、物理的に可能なだけ。あんまり好きじゃない人に嫌々、仕方なくする握手とか、そういう感じ。唯一、紡とならそれなりに普通にできるかもしれませんが、試したことはありません。

 さて、そんな紬ですが、行きつけのおひとりさま系バーのドアを陽菜子が開けた時には、常連でよかった、と思ったのでした。陽菜子が無自覚に垂れ流している触れなば落ちんという感じに、紬のスイッチが入ってしまった模様です。紬には恋愛スイッチがあるんですね。普段はオフになってて、陽菜子が何かしらの決定的な点と点を線で繋げて、紬に電気が走ったのだろうと思われます(世間一般にはこれを、一目惚れと言います)。

 花野さんは…紡くんに会いたいんでしょ。うーん。でもほら、メインエンタテイナーは紬でしょ。うーん、じゃ、バーターでどうぞ。

花:すごい。すごい眼福ですね。お二人とも、花屋さんのお花みたいに綺麗です。
紬・紡:(微笑)
花:うわぁ笑顔もそっくり。紡さんの方が華がある感じですが、紬さんの凛とした感じも捨てがたい。ところでなんで対面座位なんですか。私、立ってていいですか。
紡:いつでもべったりしてたいんです。立っててかまいません。あと、ずっとインタビューしててもらってかまいません。
花:あ、裏声とかじゃないんだ。
紬:紡はそのままが一番だからね。
紡:ありがとう、俺がありのままでいられるのは、紬のおかげだよ。大好き…。
紬:うん、紡のそういうところ、ずっと大事にしてあげたい。私のこと、もっともっと好きになって…?
花:や、は、え、あ、あのあのもうすみません、見るに耐えない、いや、目も当てられない、いえ、本音を言いますこれ以上はなぜか刺激が強すぎるので、帰ります。どうぞしばらくそのままで、どうぞ。
紬・紡:(微笑)

 花野さんには濃ゆすぎましたね。どうも、この二人のこういうのは性的な何かじゃないのに恐ろしく隠微なのです。深い洞窟の入り口に立った時におぼえる、あの得体の知れない恐怖感や、それと同時に感じるエロティシズムに近いです。

 ところでしかし、紬はなぜ自分から連絡を入れないのか?それは…陽菜子のことを忘れているからとか、陽菜子に気を使っているからとかではなく、単にそれが紬のコミュニケーションスタイルだからです。連絡来ないな…忙しいのかな。以上。はい。こんなに濃ゆい情熱的な人(しかも自分にそっくりで美しい)と同居してて、自己愛的側面での愛情の飢えは特に発生しませんし、自分の時間は自分の時間で大好き。時間の流れ方が妙にゆっくりしてる人、いませんか。紬はそのタイプの人。三ヶ月くらい連絡なくても全く問題なく交際中だと思ってる人、いませんか。そのタイプの人なんです。もし陽菜子から一切連絡がなくなったら?その時考えるから、いいんです。人生長いですから。陽菜子に航平がいることについて?陽菜子が好きなようにすればいいんです、陽菜子の人生なんですから。陽菜子が思うよりずっと、陽菜子は紬に愛されてるんですが、どうも伝わらないようで、それがまたこの二人の、もどかしいながらも愛らしい睦み合いの様相を、形づくっています。

 紬の好きなもの。肌触り最重要視の、寝間着コレクション。惰性でだらだら続けているだけって思いたいけど、結局楽しくて足を洗えていない、企業研究。神田の古書店で衝動買いした、よく知らない人の10年分の日記帳。の、ほとんど毎日つけられてる夢分析のコーナー。ホワイトノイズ。ゆっくりおしゃれをして、井之頭公園近辺のカフェでのんびり過ごす、平日の昼下がり。紡のすべすべの太腿に自分の太腿を絡めて眠る静かな夜。放送大学で映像教材を見ながらぼんやりする時間。思い立ったが吉日で突如執行するお店や自宅の壁紙の張り替え。世界堂本店で紡を待つあいだ、あらゆる色の色鉛筆を出したり入れたりして、色を覚えて過ごすこと。陽菜子のイキ顔。陽菜子の酔っ払った顔。陽菜子の不安そうな顔。陽菜子の嬉しそうな顔。欲情した陽菜子の声の抑揚。陽菜子の心臓の音。陽菜子の呼吸。陽菜子の心の動きが、陽菜子の身体の反応で分かる時。陽菜子から突然来る、もったいぶった文面のLINE。当日「会社出ました」から「いまマンションの前に着きました」まで、陽菜子を待つ時間。陽菜子。つまり、陽菜子。

以上です。

本篇はこちら:

軽やかに愛する:

陽菜子はここ:


今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。