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物語る人々のための修辞法①黙説 1)黙説とその周辺


※筆者勉強中につき、専門事象に昏い可能性があります。「ああ、これも『書き方』のパターンだなぁ」くらいの、やんわりしたお付き合いでどうぞ、お願いします…文例は、練習の意味もあり、全部自前です。皆さまもどうぞ実地訓練ください!

早速、オベンキョウらしく、定義を探し求めるふりをしてみましょう。

通常、黙説法というのは、

「あのさ、俺、お前のこと、ずっと…」
健太の声を、電車の警笛が掻き消した。
「…え、なに?」
瑞穂は問い返した。健太は瞬いたかと思うと、はっきりした、健太らしい明るい声に戻って、瑞穂に答えた。
「や、俺、ずっと…お前が、心配だったんだ。ふらふらしてさ。よかったよ。お前みたいなの、拾ってくれる奴がいて」

のように、本来的内容(好きだったんだぁぁぁぁ!)を隠すことで情感余韻を高める手法です。

なるほど。よく見かけるといえば見かけます。私は複雑化の習慣からつい、「伝わらずに済んだ」ことへの健太の安堵みたいなのを入れて、ぼかしてしまいました(笑)が、まあここは例文としては健太は言った、くらいの軽さでよかったかも。ね、これ、皆さんも一度くらいは仕込んだことのある技法ではないでしょうか。黙説という、れっきとした手法らしいです。

しかしこれ、テンプレ感がねー…。

それに、こういった「通常例」、高まりが強いので場面が限られる気もしています。私の理解では黙説はもっとこう、微妙な手法なのですが、仕方ない、とにかくこの例を代表として、先に進んでみたいと思います。

さて、健太のこの例のような手法のポイントは一見、その人物の「普通感」ではないかと思われます。テンプレっぽい印象はそれが原因のはず。本心が読めないような複雑な人物にはこのタイプの黙説は不向きでしょうし、一般的なことを言えない朴念仁や捻くれ者にもこの手は使えないでしょう。

や、使えないかな。

きっと、頑張れば使えますよね。「本心が読めない」のを、地の文の心理描写で補ってあげれば、応用が効きそうだなぁ…膨らむなぁ…しかし、ここで道草をくうと、黙説の全体が見えない。こういう詳細は次回以降、詰めていきます。すみません。

後で見るように黙説にも色々あるのですが、いったんこのタイプについて、丸めます。

沈黙させない黙説:本当に言葉になるべき部分が言葉にならず、別の言葉に置き換わっているが、読者には「本当に言葉になるべき部分」が自然に想定できるよう、配慮されている手法。具体的には、ある文脈を置いたうえで、敢えて後から変え、読者あるいは相手の目に対して明らかに本心とずれていることを、もっともらしく言わせたりする。本心と台詞の場合、温度差が腕の見せ所。

温度差というは…この手法は基本、照れ隠しとか痩せ我慢の部類に入るため、「好きって言いたいけど理解のある友達のふり」に代表されるように、

「(昂る感情、人間的かつ非合理的な思考、深刻で重大な事実)
けど
(冷静なふり、合理的思考、軽妙で軽薄な冗談)」

などの、「けど」のコントラストがポイントなのだと思うわけですね。

逆だと…うーん、いま、思いつけてません。逆で「黙ったんだ」感が出る演出例を思いついたかた、どうか、ご一報ください。いまは一応、一般的には高まる情感をねじ伏せる技法なのかなという理解でいます。

コントラストについていえば、温度感の違いが鮮やかでももちろん読み応えがありますが、同じ温度、例えば客観と主観のダブルスタンダードのうえ、本心をさらに内側に隠されたりすると、私なんかは心の揺れにドキドキしてしまいます:

向かいに、見覚えのある店構えがあった。ああ、あれは、健太と行ったことのあるダーツバーだ、マスターがとてもダンディで、楽しかった…泰成にふと、指差して見せかけ、瑞穂ははっとして、思いとどまった。
そっか、誰かと付き合うって、こういうことなんだな…。
「ん? 何かあった?」
泰成は繋いだ手を楽しげに振って、にこやかに、瑞穂の顔を覗き込んだ。
「ううん。なんだか、こうやって歩いてると、付き合ってるんだって、実感できるな、って」
泰成は一度、強く瑞穂の手を握って、弛めると、微笑んだ。
「なー。すごいよな。付き合うって、やっぱり、いいね」
「うん。…いっぱい、思い出、作ろうね」
瑞穂は、微笑み返した。

もうね、瑞穂の気持ちは一切詳述されてませんが、なんとも言えないこの感じは、なんとも言えず伝わってくる(と、信じます…)。こういうだんまりも、コンニチワールド的にはありありのありです。

※ところで…いま、「嘘」あるいは「黙秘」という修辞法があると思いませんでした? 私は思いました。どこかで特別扱いしたほうがいい気がするため、「嘘あるいは黙秘」というこの枠組みについては、後ほど、詳しく考えてみましょう。

なるほど。

あとは…単純に、黙る。という黙説がありますね。ほんとはこっちを先に紹介すべきだったかもしれないけど、面白くないから後ろに持ってきてしまいました。いままさに使った「あとは…」の「…」みたいなのです。間を取るとか呼吸を置くとか、私のこの「…」は「どうですか、思いつきますか? 私が考えるに」くらいの意味合いかもしれませんが、いちいち書くより「…」がわかり良いです。ちなみに、これは黙説のうち、中断法という使用法なんですね、ふむふむ…中に「…」などを挟んで話を進めるやりかた。純粋な、というのは単純な黙説とは、「…」の前後に文法上・文脈上の強い関連がない場合を指すようです。この単純用法は散見されるし、技巧的でもない気がするので、私はあんまり取り上げないでいいかな、とは思ってますが、

本当に…。

ん…?

私、ミナガワのこと、こんな形でも、好きで、いていいの…?

『春を謳う鯨』㉙

ぶっちゃけ私自身は、めっちゃ頼ってます(笑)。この目線でお読みになると、数々の「…」に込めた私の情感のむさ苦しさが…いえ、いいんです、私は、気に入ってます…。(←この3つの「…」は、違う種類の単純な黙説ですね。む、単純なくせに、複雑です。黙説…(←)味わい深い!)

はい。以上のように、枠組みはあるけど語られない、すなわち

・沈黙が提示されている
・言葉が言葉として表れていない

それが、黙説ですね。…やっと定義らしい定義に辿り着きました。ふぅ。黙説自体の詳しい類型と実演については次回に回し、今回はこの黙説の周辺を確認しておきましょう。

頓絶法
黙説には、バリエーションとして頓絶法があります。これは、急にやめちゃう。さっきの、一番初めの健太の例でいうと、「あのさ、俺、お前のこと、ずっと…」のあと、「いや、なんでもない」と言って、話を切ると、頓絶なのかな。

やりとりでストンと話を止める頓絶は、キャッチーです:

「それで?」
「『それで』? 以上、終わり。二度と会わなかった」

「以上」なわけはない。「会わない」が「二度と会わなかった」、つまり「終わり。」になるまでに、沢山のドラマはあるわけですが、ぷつんと切っちゃいます。これはこれで味わいがある。

未決(サスペンス)
単純沈黙というと思いつくのが

4/1
上の階の若い男が太鼓パーティーをしている。いくらなんでも常軌を逸している。続くようなら通報するかヤキを入れにいかなければなるまい。
4/2
今日は何もなかった。
4/3

4/4
昨日は大変な一日だった。すごいことが起きた。しかし他言無用なのだ。なんということだ。俺はいったいどうすればいいだろう。

だったりもしますが、問題としては4/3に何があったかが何かしらの手段でわからないといけないんですよね、結構技術を要する気がする。で、…調べてみると、これは「未決」(宙吊り、サスペンス)という修辞法になるようなのですね。黙るという意味では、包含関係としては黙説の一部のようですが、個別に扱うべき大物ですので、ここでは「あるんだよ」くらいの提示に留めます。

省略法
書かないという意味では省略法もあります。が、思うに省略法というのは省略されたものがなんなのか、かなりはっきりわかる、ということになるかと思います。でないと、「語らざることで語り得ないものを語る」という黙説と、住み分けが難しい。

分類者の都合もあるかもしれませんが、以下、省略法が黙説と異なる点は同定可能性であると想定して、話を進めますと、省略法の例としては

昨日、君は来なかった。(君は)今日も来なかった。きっと明日も…。

「(君は)来ない(だろう)」。これが省略になりますね(余談ですが日本語に主語が必須じゃないって、いま、私は楽しいと思いました)。

そのペン(を)とって。

この「を」も省略ですし、

平素は格別のご愛顧を賜りまして誠にあ(略)

りがとうございます、まあこれも省略法の一種と思われます。普通のお話では使いませんが、バラエティ番組とか漫画とか好きな人には楽しい表現方法ですね。(これも余談ですが、私は佐藤信夫の本などを読んでいて、伝統修辞には漫画のテクニックが入っていないと思いました。どこかで整理したいものですが…お野心ですね、まずはやはり、伝統からきっちり、押さえていきましょう…)


伏せ字
「ドラえ◎ん」をはじめ、

りん音:今回、原作に提示したエロ部からの提案は「浴びたい、飲みたい、溺れたい」でした。うちの作者、頑張ってくれたのかなとは思いますけど、まだまだ伸びしろあるよね。あ、そうそう、却下された溺れネタといえばね、浴槽いっぱいにせ…
鄭:りりりりりんちゃんダメ!ダメ絶対…!
りん音:そうでもないよー。鄭だって、こないだ[ぴーー]たとき、あー溺死さ[ぴーーーー]らなって…あれ? 「ぴ」のスイッチって、鄭が持ってる…?

※『劇場版 春を謳う鯨』 完成披露試写会! トークイベント 1/3

のようなピー音も楽しいですね。

ちょっと待てよ…。

この辺りから「余韻」とか「情感」以外に、「言葉で表現される、言葉のない言葉の世界」という謎の領域が存在しているのが明らかになって来ます。これ、[ぴーーー]にしないとあんまり、面白くないんですよ。初め、省略法の一種かなと思いましたが、伏せ字って伏せ字という一つのジャンルなんだと思われます。

おお。だいぶ色分けできてきたようです。

ついでに、省略法と黙説の水際について、考えを深めてみます。

「僕は、自分は偏屈で、人に心を見せられない性質の人間だと思ってた。でも君といると、寛いだ気分になるんだ。素直になれる。君、僕は素直な人間だと言ったろ。そんなはずないんだ。君は不思議な人だ。いや、君が不思議な人だというのはあくまで僕の考えであって、それは僕があまり人と接するということについて考えたことがないからに違いない。しかし君にはなにか違うところがある。君が不思議な人だと思っているのはきっと僕だけではないに違いないんだ。僕はそのことについてずいぶん思い悩んだ。…待って。僕は本当はこんなことを言いたいんじゃないんだよ。これは本当に言いたいことじゃない、というか、言いたいことのほんの一部なんだ。色々ありすぎるんだ…だめだ。省略するよ。結論だけにしよう」
「結論?」
「結婚、してください」

これは省略法でしょうか…うーん…省略されたのは、くだくだしい「君は」「僕は」文です。だいたい想像がつくけど、ちょっと埋まりきらないな。かつ…私はここが大事だと思うのですが、省略することによってこれ、なにかが生まれてますよね。なんともいえない、なんていうか、そう、なんともいえないとしかいいようのない感じが。これは黙説認定でいい気がします。

場面カットはどうでしょう。

  今日は、ゆっくり?  緩急つけて、ちょっと激しいの、挟もうか?

智史が…好きに、動いていいんだよ。好きにしてほしいの。

茅瀬。茅瀬が好きだと思ってくれるのが、俺には一番なんだよ。茅瀬がいいと思ってくれなきゃ、ただ俺が気持ちいいだけで終わっちゃう。そんなの、勿体無いんだ。俺には本当に、大事な時間なんだよ、もっと好きになってほしいんだ。もっと、俺の体、好きになってほしい。

もう、こんなに、好きなのに?

もっとだよ。




茅瀬は、ホームに向かう階段を登りながら、改札の前に智史がもういないのを見て、寂しいとか、切ないとかいう考えが頭をよぎるくせに、心の奥ではどこか、ほっとした気持ちになった。 

『大人の領分①茅瀬』

うーん、これは省略というか黙説というか、なんか当たり前すぎて忘れられてるのかしれませんが、エッチはしばしば絶頂前に打ち切ることで絶頂感が高まる場合があり、実を申しますとこの高まりの謎は私にはまだ、解明できていません。昂りきってる場面について敢えて黙るという点ではきっと、黙説の一種です。


…いかがでしょう、語らないこと、なかなかこれ、語りきれない話題ですね。我ながらいい仕事してるのではと気をよくして(←)、次からいよいよ、黙説の類型について、勉強していきます。


と、いうことで…
次回:黙説の類型(お楽しみに!)

今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。