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物語る人々のための修辞法①黙説 3)「……」の諸相

※筆者勉強中につき、専門事象に昏い可能性があります。「ああ、これも『書き方』のパターンだなぁ」くらいの、やんわりしたお付き合いでどうぞ、お願いします…文例は、練習の意味もあり、全部自前です。皆さまもどうぞ実地訓練ください!

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『物語る人々のための修辞法』
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『小説の技巧』
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『人物造形のヒント』
・穴場です。『神話の原則』のエッセンス中のエッセンスがコメントで読める↓
呟き(『春を謳う鯨』のプロットの秘密が知りたいかたは是非!)

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こんにちは! 前回は黙して語ることについて深く考える回になり、幸いご好評いただいて、有頂天になっています。世界です、こんにちは。

今回は「……」にフォーカス、の、お届けなのですが、だって「……」を入れればいいんですからね、使いすぎでウザいということはあれ、使えなくて困っている人はそうそういないはず。したがいまして、技法としての期待ってそこまで高く持たれてないかもなぁ…と思ったりもしていますが…どうかなぁ。お気に召さないかた、次号に「黙秘・嘘・暗号」を考えています、いつものように深いは深いつもりですが、地味めの今回はどうか、ごゆるりざっくりと、お読みください。ね。

さて、技法としての期待があまり高くないかも…と、いうのはですね、このあまりにも使い勝手のいいワイルドカード、いかにも使い勝手がいいだけに、技術的な面ではあまり注目されない気がするんですよね。し、なにより、技術的観点からも、注目しにくい。

だからまず、この根本原因ね。なぜ技術的観点に鑑みて注目しにくいのかについて、考えてみます。

前回冒頭に集約したように、黙説法を使用したい書き手は、次の2点をセットで実装しなければなりません:

a.沈黙があることを提示する
b.沈黙の内容を類推させる

さて「……」というのは余程のことがない限り沈黙を示しますから、「……」を使用する書き手が気にするのは、b.の部分だけということになる。ここが問題なんだと思いますね。

本気で探してないせいかもしれない。ですが、とはいえすぐに出てこないのは、それはそれでひとつの兆候と申しますか…a.の使用法を具体的に挙げる、つまりa.とその周辺の文面を提示して「……」の内容を解説するだけの記事というはよく見かけるのですが、b.つまり内容に思い至らせる手法についてきちんと述べている記事というのはなかなか見かけない。

まじか。

恐ろしい事実だとは思いませんか皆さん。ちなみに私の敬愛する佐藤信夫も、a.によって何ができるのかについては非常に示唆に富んだ文章を残していますが、b.についてそんなにフォーカスしていない様子なんですね。皆さん、a.の実現に自分なりの趣向を凝らし、そのなかでも優秀な人は具体例になり、そして大体の人はそこから見様見真似で使ってるんです。

で、使えてしまう。

で、使えてしまう、のは何故かというと、なんとなればb.というのは技巧としてはなんでもいいわけだからなのですね。なんなら技巧がなくてもいい。比喩とか反復とかいった修辞法を使用してもいいし、なんとなれば文彩に元々センスがあって全然気にしない人もいるでしょうし、私のように読んで読んで読んで、読んで読んで、読んでやっと書いているような人間は、技術云々の理解ではなくですね、記憶から再現を試みたり、経験から模倣したりすればよろしい。まあ使えます。道具だけあって、使いかたがわからない状態で、みんな、まあどうにか使ってるけど、機能が理解できてない。「……」というワイルドカードには、記法としてかなり強い印象はあります。しかし方法論的にはこういうモヤモヤがあるのですね。今日はこのモヤモヤを少しでも晴らすべく頑張りたいわけです。はい。

靄のなかにも一応、相性のよい修辞としては省略法及び懸延法というのがあり、省略法については国語のテストでもお馴染みですし、ご紹介済み。それで懸延法はのちほど、ご紹介することとして…

みんな見様見真似でやってます。

今日はここからスタート。相変わらず前置きが長くなりましたが、モヤモヤを共有できたところで、共有しやすい外形から始めて少しずつ、理で詰めていきましょう:

「……」

つまり、ここから。単独使用からです。

ちょ、え、は? 単独っていわれても、ねえ。…そう、その感覚、大事ですよ。これ、感情移入できていないと、ただの記号なんです。点が並んでるだけで、「  a 」と同じ。うん。うまくかけてないお話で「……」にぶちあたったときは、だからこんな感じでしょうね:

「          X   」
「……」
「          Y   」

なぁぁぁんにも、わかりません。何もわからないのが私のせいではないことだけは、わかるかもしれません。というのは嫌味で、はい、前後がすごく大事ですので、書き手の皆さまにおかれましてはこの書法、使いやすさに比例するように誤解されやすくもあり、細心の注意を払いましょう。

では早速、前後の埋めかたについて研究していきます…このシリーズは、私もそれほど確かな足取りで進めているわけでもありません、どうぞ皆さんも、ご自分のお考えに照らしながら、一緒に考えていただけますと、幸いです。

まずは、注目&代弁型。黙説のはじめに、例で出しました。こういうのでしたが、ここで、種明かし:

「ねえ、本当なの?」←答える必要がある語りかけ、ここでは質問を配置。で相手に会話のボールがあり、「……」が返答の選択肢になることに自然さを与えます。
「……」←事前に、答えられない事情、とか、こういうときに黙る性格であることを示しておくといいです(または、黙りそうにない性格設定にしておいて、読者を驚かせるのもありですね!)
「…。本当、なのね…?」←代弁

これでした。

質問でなくても、黙る契機はほしいところ。便利だし、読み手も答えあわせができて、ひと安心の用法です。おお、使いやすさ満点。ただし一点、注意がありますよね。ええ、お気づきでしょうか、お気づきですね、コンニチワールドな魔法のレシピ…

見透かしすぎては、いけません。

登場人物の孤立性ということについて、『人物造形のヒント』初回に書きました。代弁というのはね、そのひとの、侵すべからざる神聖な空間、心への、踏み込みです。二つの魂の融合というようなロマンチックな観点もありますが、いっぽうで、心的な政治関係においては不可侵領域への侵入という宣戦布告でもある。代弁しすぎると、相手の尊厳を踏みにじり、人間を薄くしてしまいます。書き手への処方箋は、当たり前だけど書き手が忘れがち、ね、「しかし、それは本人の言葉ではない」。ここはよくよく意識して書きましょう!

くどいようですが、基本的に、世界は誤解で成り立っています。リアリティを追求する場合、モヤモヤのギリギリ手前くらいを狙った微妙なズレがあるほうがいい。この例でいうと、話しているほうの「本当だと信じたいような、信じたくないような気持ち」、黙っているほうの「本当だと受け入れたいような、受け入れたくないような気持ち」が、ちょっぴりズレてますよね。たぶん。そのズレをこの三行以外の領域できっちりピン留めしてあげると、二人の距離が俄然、立体的に浮かび上がります。こういう場合でなくてもそうです、いつも忘れないでほしい、訊いてるほうも黙ってるほうも、それぞれ、何かを考えてるんですね。心理描写が甘いと、せっかく紙面を割いても、読み手にはふたりの切ないすれちがいや、奇跡のような共感を、楽しむ喜びがない。聞く人、黙る人、読み手。この三つの心が織りなす立体感を、ぜひ大事にしてください。

ええ、そうですね、代弁はもちろん、地の文でもできます。

「あ。ええと。えっと、その」
俺は真っ二つになった茶碗を見て、それからおそるおそる、近藤を見た。
「……」
近藤は、歯を食いしばって何かに耐えている。

殺意だ。

俺ははっきりと悟った。こいつはいま、俺に対する殺意に耐えているのだ。

「ああああのさ近藤!」

はい。どうでしょう…思い当たりました? こういう場面は、重いんです。人物と人物の距離感だけでなく、ストーリーのなかでの場面の重みにも気を配ったほうがよさそうですね。近藤が大して重要な人物でなければ、こんな重いシーンはスパッと削除して「俺は前日、友人の近藤宅に遊びに行った折に近藤が大事にする茶器を割って、殺されかけていた」くらいで止め、語りを翌日にでも飛ばせばよろしい。黙説というのは黙ることによって盛り上げる修辞法ですので、無駄打ちしないよう気をつけましょう。

もちろん、他方、近藤が主要人物であれば、「なにを考えているかはなんとなくわかるけれども、どう行動するかはわからない」くらいに主人公の理解とのズレを際立たせたほうが、近藤の存在感が出ます。

次に進みます。質問&代弁型に対して、応答なし型としましょう。似てますが、ちょっと違って、代弁しないパターンですね。内訳のひとつは、沈黙自体が「語りの拒否」という行為になっているパターン。これはもう紹介しました。頭を踏まれても、耳を落とすと脅されても、「……」。もうひとつはもう少し弱い、次のようなパターンです。

「急に何もかも投げ出したって、投げ出すお前が変わらねえんじゃ、また投げ出したくなるようなもん集めて、結局また投げ出すだけだ」
「……」
「お前のこれは、リセットじゃねえよ。逃避ですらない。お前は自分が変わらないことに焦ってんじゃねえ。周りが変わらないことに、怒ってんだ。癇癪起こして喚いてるガキと一緒だ」

これは、黙ってるだけだというのを示すためにある「……」。効果としては、

・グダグダ言っているほうを独り語りではなく、語りかけにする。
・読み手を片方の話に没入させる。

というメリットが挙げられると思います。

試しに頭の中で、「……」だけで終わらせずに「でも…」とか「そんなつもりじゃ…」とかを入れたり、反論させたりしてみましょう。ほらね、ここでもう片方まで語らせると、脂っこい。書き手としては、対話の場面としてついつい、言葉を尽くしたくなるんですが、ここは我慢どころかなぁと思います…お説教とか、複雑な話とか、重たい話とかは、気が重いです。読みにくいと、読み手のテンションが下がるんですよね。反対の意見を戦わせると、よほどうまくやらない限り、どっちに立ったものかもわからず、読み手が混乱してしまいます。このような重たい台詞パートはやり取りを削る工夫だけでなく、描写も、話しかけているほうに見える風景、または聞いているほうに見える風景を基調にして読み手の集中を削がないよう配慮するなど、読み手の気持ちが場面に寄り添いやすいよう、工夫するといいでしょう。

さて…だいたい捉えられてきました。他にも有名どころとしてはおそらく、列挙省略の終端、喘ぎ声を抑えるなどもありますが、まあ、これは例を出さなくともそれこそ見様見真似でできる気がしますから、紙幅の都合で残念、省略…かな。

ここまでのまとめとしては:

周りを書きすぎるとせっかく「……」にした意味がないですし、周りを書かなすぎると「……」の意味がわからない。前後をよく読み、注意深く埋めましょう。

ポイントは「……」が作る「ズレ」や「遊び」だと思うんですね。その「……」のせいで伝わりきらない何か、または「……」でしか伝えられない何かを、書き手としてはしっかり意識してください。ということは、そうなんです、戻りますが、「……」の分かりやすさ(別に言葉にならなくてもいいのですが、とにかく読み手に分かりやすいこと!)は、書き手が想像する以上に大切です。頑張りましょう。

単独使用は、こんなものかな。ちょっと広げて、他の使い方も見ていきましょうか。

文中に「……」を挟む場合は、音韻的な用法、絵画的な用法、映画的な用法、記号的な用法があると思われます。

音韻的な用法は休止符的な使われかたで、「じゃあ私は…これにしようかな」など。インターポーズが入って、無音の時間ができます。インターポーズになにが起きるかは、書き手次第ですね。「代弁」にあたるものが周囲、または読み手の自然な印象のなかに存在するか、チェックが必要です。

絵画的な用法はもう少し感覚的なもので、長い文章が続いて読みにくいから入れたり、注目してほしい単語を浮かせて見せたりするのに使います。「それはどうしても…彼女にとっては…必要なものだった」。別に「…」に入れなくてもいいけど、入れると、彼女の主観が際立ちます。

映画的な用法は、イメージの隙間をぼかしたり、場面転換的な用途で使用するものですね。気絶していた主人公が目を覚ます描写とか。

記号的な用法:

「……」
優子は口を開いたり閉じたりして、きょとんとしたふうに那月を見つめた。那月は首を振った。
「聞こえないよ!」
「……」
優子は苦笑しながら、何か言っていた。那月はまた、首を振った。

ずっと、なにも言ってませんの用法を見てきましたが、何か言ってますの代わりにも使えます。これもひとつのテンプレート的な使い方。無論、ここでいう優子が何を言ってるかサスペンスにしておいて後から真実を明かしたりもできますが、私のお勧めはやはり、何を言ってるかが読み手だけには分かること。仕掛けるほうはひと苦労ですが、読むにはそのほうが、ぐっときますね。

以上、まあ、実践のうえでは、この用法あの用法とはっきりと分かれるわけでもないとは思います。が、内容を際立たせるためには明瞭さと微妙なズレが必要なのはいついかなる時も変わりません。「……」をここぞと使う際には、周りの全てをその「……」の情感のために使うくらいのエネルギーを割きましょう。

さて、上は一回二回入っている例でしたが、ええ、冒頭にも言いました通り、三点リーダーは入れ放題ですからね、反復や句点との合わせ技もあります:

「だって…君はそんなに綺麗で、賢くて、…僕は…僕はこんなに、…なんて言えばいい? ぱっとしないし、…だから…」
「だから?」
「だから…だから…僕は、君が僕とは別れたいって言うのを…待ってるんだ。ずっとね、待ってるけど、君は別れたいって、言わなくて…僕は怯えながら、…怯えながら、…でも、君が僕と…別れたがらないのを、祈ってる…」

「……」だけだとちょっと面白くない。ので、特に台詞では読点や敢えてのリピートで、ためらい、言い淀み、考え込み、必死さなど、思考の躓きや話者のテンションを表現したりできますね。これは私の好みの問題もあるのかな。でも、使えば誰でも再現できますから、立派に修辞法といえるはずです。たぶん。

この例を眺めていると、「だから?」を「だから…?」とか「…。だから?」とかにすると、話を聞いているほうにも二ュアンスが出てきます。読みに対する、抵抗器としての「……」の用法があるわけですね。

そこで、これを使って緩急をつけて、印象付ける書きかたもできるのだと思われます:

ん…?  ちょっとエッチな質問…?  茅瀬の体の、どこが好きか…?  もちろん、答えは1つだ。全部だよ。

2000スキ記念式典! 分冊でお届け(追伸) 茅瀬について話す智史


質問を聴く姿勢から人当たりのよさを示しつつ、一転して「…」を使用するのをやめ、「全部だよ。」のためらいのなさを強調するような作りになっています。

緩急をつけるという意味では、地の文の出来事とのコントラストで、内言や結論のでない考えごと、回想、連想など心の動きを示すことができます。これはよく見かけますので、例は省略しますが、事実文と思考文の境目に使ったり、そのふたつで文彩を変えるのに使ったりと、この緩急をすることで、人物の現実世界/心象世界のコントラストが浮き立って、立体感に繋がります。

なるほどなるほど。

楽しくなってきたところで最後に、

て、え……?


えー…?


まだあるんかーい。


これね。懸延法。紹介しときましょう。引っ張って引っ張って、注目してほしいところに落とします。

こんなふうに盛り上がって、ぬるぬるにしてたの?

  …。

  入れてほしかった?

  …。

  なんでもいいから、入れてほしかった…?

  ううん…私…私あ、愛、して、ほしかった…。

大人の領分⑤澪里

あるいは、これは作品ではなく、今考える例ですが、

「ということは、まさか、あの事件の犯人は…」
「しっ。私はあくまで、可能性の話をしているだけだ。お前の頭に浮かんだその名前は…いまはまだ胸の内に、しまっておけ」

とかね、懸延したうえ、黙説。痺れますねぇ。

懸延法を核に、はっきりと言葉にせずに交際にOKを出すシーンを書いたこともあります:

鈴香は車止めからはまだ離れたところで、立ち止まった。

どうしたの? だれか、乗っちゃうかもよ。

どんな人かなんて…。

…?

焦って訊かなくたって、だんだんわかるから、いいんだよ。

それって…と、麗は言いかけてやめ、後ろで手を組み、一歩前へ出て、鈴香を見た。

来週は? どこかに行ける?

『春を謳う鯨』㊺

奥が深いんです。今回もなんだかんだ、濃くなってしまいましたね…。

こう、いろいろと例をご覧になってきてみて…いかがですかね、実はそう…私、登場人物がいまこういう心情ですというのを、言葉にしないんです。

上の例も、よく見てみてほしい。なにも書いてません。事実と台詞しかない。物語のなかでも結構スイッチの入っている場面であるのは明らかだと思います。が、事実と台詞しかなくて、台詞も、見れば見るほど、バラバラというか、綺麗に対応してるわけじゃない。

個人的には、これが、けれども、現実なんですね。というのも、例えば愛しい人と何気ない会話をして笑い合っているときにですよ、「この人はとても素晴らしい人だ。巡り合えたのは奇跡だ。いまこんなふうに二人で過ごせる時間はとても大切だ。ああ私は幸せだなぁ」とは言葉にして思わないわけです。思ってはいても言葉になっていない。だいたいの場合、鼻歌を歌ってみたり、相手の服の袖をつまんでみたり、晴れた窓をぼんやり眺めて愛する人の顔をぼんやり眺めて、コーヒーの匂いを吸い込んだりする。それは言葉が生まれる直前の状態なはず。その高揚感、高潮感を、私は大事にしたい。

「……」
「……」
ふたりは、見つめあって、微笑んだ。

目立つんであんまりできないんですが。こういうのも、好きです。

いかがでしたか?

「……」は周りの書き込みがとても楽しいワイルドカード。なんとなく、なんてもったいない。どうか書き手としての歓びを味わいながら、丹精込めてお使いください!

書き手の皆さまのお話が、より一層、素敵なお話になりますように。

ええ。私はお話を書くのが、大好きです!




次回は…「黙秘・嘘・暗号」。お楽しみに!

今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。