ただわたしは、女性のままに、好きに生きたいのだ。

「女に生まれてモヤってる」や「生理ちゃん」、最近では「虎に翼」など、女性を取り巻く環境や、女性の身体のことを中心とした書籍やドラマを目にする機会が多い気がする。

それはただ自分が女性だから、そして女性として生まれたことで不便を感じることが少なからずあるから、そこにヒットするキーワードが目につきやすいのもあるだろう。

女性と、男性。


生まれ変わるなら・・・というアンケートでは、男性→男性が70%強、女性→女性が60%弱と案外今の自分の性別を気に入っている人が多いことが分かる。

【生まれ変わるなら男性か女性か】性別が選べるとしたらどっちがいい?アンケート調査・統計してみた結果 | トイントのプレスリリース | 共同通信PRワイヤー (kyodonewsprwire.jp)

さて、自分ならどうか?

・・・まだ分からない。

男性と女性の違いは身体的なものはもちろんだが、忘れてはいけないのが、
男性より女性の方がまわりからの影響を受けることが多いのが特徴だと思う。


特にここ日本において、終戦(第二次世界大戦)後あたりから振り返ってみよう。

【終戦】


1945年9月に終戦し、1947年~1949年には第一次ベビーブームを迎える。
最高出生数は269万人と2023年75万人と3.5倍の数の子どもが生まれていたことが分かる。(ちなみにその頃の人口が1億人未満だったため相対的にも子どもが多い国だったことも分かる。)

そして1955年には日本は高度経済成長期に突入してゆく。
経済白書で「もはや戦後ではない」と発表された頃だ。
その頃の女性たちは、学校を卒業後就職もしくは家事手伝いを行い、結婚や出産を機に仕事をやめ、外で働く男性を支えるために家庭に入るのが主流であった。
ちなみにその頃の女性の短大、四年制大学への進学率は10%未満とほとんどの女性が18歳までの高等教育終了後に就職、結婚というルートを辿っていることとなる。

この頃世界はインダストリー2.0から3.0へと時代が変化していく。

【第二次ベビーブーム】

1971年~1974年には第二次ベビーブームが到来する。
最高出生数は209万人、合計特殊出生率は2.0以上を保っており、まだまだ人口ボーナス期である。
その頃の日本は女性に対し、1979年「女性差別撤廃条約」1985年「男女雇用機会均等法」というものが制定していることとなる。
ちなみに第一子出生年齢は1975年時点では25.7歳となっている。この頃、女性の短大進学率は20%、四年制大学進学率は10%を超えているがまだまだ大学進学はマイノリティであったことが分かる。(男性の四年制大学進学率は40%となる。)
つまり多くの女性は18歳で社会に出て、25歳までには結婚、出産をする時代である。

【バブル期】

さて、日本は1986年12月に遂にバブル期を迎える。
ちなみにバブル崩壊が1991年2月と言われているため、約5年間の出来事であったこととなる。
その頃の日本は経済的にはインダストリー3.0の代表でもあるトヨタを始め、日本の製造業が世界を圧巻した時代であった。(1979年にJapan as No.1が発売された)
そして気持ちは浮きたち、ティファニーは飛ぶように売れ、アッシー君、メッシ―君、ミツグ君と恋愛至上主義的な時代とも言われている。
個人的には女性が待ったり、媚びを売ったり、革命を起こしたり忙しい時代だとも思っているが(「待つわ(1982年)」「セーラー服を脱がさないで(1985年)」「My Revolution(1986年)」)これも男性目線の理想の女性像と、女性目線の応援ソングが入り混じる複雑な感情を抱く女性が多かったのではないかとも思っている。

【バブル崩壊】

そして1991年バブルが崩壊し、失われた30年のスタート地点に立つこととなる。
銀行の貸しはがしに始まり、人件費を抑えるため外国への工場移転やヒトやモノへの投資が鈍化し、激安が売りのデフレ時代である。

そしてついに1993年にはちょうど、方働きと共働きが交差し、その後逆転するのである。
つまり女性も結婚後もパート等なにかしら仕事をしている人が半数を超えたということとなる。
その頃の女性の大学進学率は20%程だが、程なくして短大の進学率は低迷し始め、1996年には四年制大学への進学が短大進学を上回ることとなる。

そしてその頃の第一子出生年齢は27.6歳と、女性は20代後半で子どもを生み始めるという時代となる。
バブルの少し前から2.0を割り込んでいた特殊合計出生率は右肩下がりで下がり始め、少子高齢化社会の始まりでもある。

これはあくまで想像であるがそれでもこの頃の日本はまだなんとか未来に希望を持とうとしていたように思う。21世紀に突入し、「明日があるさ(吉本)」や「LOVEマシーン(モーニング娘)」を口ずさみ、安室ちゃんやギャル文化が流行った時代でもある。
まだまだJapan as No.1を信じていた。

そして世界はインダストリー3.0から4.0へ突入していく。


ご存知かもしれないが、日本のIT革命は失敗したと思っている人が多い。
その頃女性たちは、男性とほぼ同等の進学率で大学へ進学し、就職を目指すこととなる。
社会は「女性に男性と同じように働いてほしい」のか、それとも「お茶くみなどの簡単な?仕事に従事していてほしい」のかよく分からないままに、ハラスメントや様々な組織人事的なトラブルが目立つようになってくる。
(忘れないでほしいのが、過去に高度経済成長期やバブル期を経験した多くの男性は会社に普通にいるのだ。

そんなカオスな社会で働きながらも女性たちは、母親世代が専業主婦が主流であったため、会社に女性のロールモデルがおらず迷い始めるのである。

男性とほとんど同じ教育課程を終え、男性とほとんど同じように就職する。しかし家事や子育ては自分たちがしないといけない気がする。出産に関しては望むのであれば100%自分がすることとなる。つまり産休が必要だ。女性活躍推進法が策定される。働かないといけない気がする。しかし産休を取った場合、キャリアはどうなるのか?旦那は子育てに協力的なのか・・・不安になる。


日本は、男女平等を目指すと言った。それなら男性にも子どもを生んでもらってはどうだろうか?

2010年代には第一子出生年齢がついに30歳を超える。合計特殊出生率は1.5を下る。
そして2016年出生数は100万人を割り、第一次ベビーブームによる超高齢化社会と少子化社会が誕生するのである。

【現在】

さて、ここまで戦後約80年の出来事である。
女性の進学、就業環境が大きく変化してきたことを理解していただけるだろう。

もちろん、男性が楽だなんて一言も言っていないし、思ってもいない。
戦後80年の男性をなにかの指標で表すのであれば、「失業率」と「賃金」であろうか。特に就職氷河期世代の人たちは(会社に)入るのも出るのも大変な世代である。
そう、男性はずっとなにをしてきたのかを言うと、働いてきたのだ。家族を養うため、生活のため。男性としてのプライドを守るため。

しかし昨今の日本では男性のプライドを守ることが難しいことも想像だに難くないだろう。むしろ適切な自信を持つ方が難しいかもしれない。
一方で男女間賃金格差は依然埋まってはいない。
また日本はジェンダーギャップ指数が年々悪化し、各国が取り組んでいるため遅れを取っていることも分かる。


なぜだろうか。



なにがあったのだろうか。


どうしたらよかったのだろうか。



ただ、わたしは、女性のままに、好きにいきたいのだ。


参考:
【生まれ変わるなら男性か女性か】性別が選べるとしたらどっちがいい?アンケート調査・統計してみた結果 | トイントのプレスリリース | 共同通信PRワイヤー (kyodonewsprwire.jp)
日本の高齢出産の実情をさぐる(2023年公開版)(不破雷蔵) - エキスパート - Yahoo!ニュース
第6期 男女の雇用機会均等に向かって <1975 年-1985年> | 一般財団法人 女性労働協会 (jaaww.or.jp)
100年続いた日本の皆婚時代の終焉。女性の大学進学率と生涯未婚率との奇妙な一致(荒川和久) - エキスパート - Yahoo!ニュース
第1節 教育をめぐる状況 | 内閣府男女共同参画局 (gender.go.jp)
I-5-1図 学校種類別進学率の推移 | 内閣府男女共同参画局 (gender.go.jp)
図表1-1-7 出生数、合計特殊出生率の推移|令和2年版厚生労働白書-令和時代の社会保障と働き方を考える-|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
バブル時代が生んだ”3兄弟”「アッシーくん」「メッシーくん」「ミツグくん」を英語で言うと?【アンちゃんの死語の世界】 - ENGLISH JOURNAL (alc.co.jp)
産業革命 - インダストリー 1.0からインダストリー4.0へ - Desoutter Industrial Tools (desouttertools.jp)
我が国の失われた30年の元凶はどこにあるのか? - セミナー&研修.net【急ぎ対応OK】研修・講演・セミナーの講師派遣、オンライン研修対応 (semi-ken.net)
図表1-1-7 出生数、合計特殊出生率の推移|令和2年版厚生労働白書-令和時代の社会保障と働き方を考える-|厚生労働省 (mhlw.go.jp)


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